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岡本綺堂

半七捕物帳 菊人形の昔——- 岡本綺堂

一 「幽霊の観世物」の話が終ると、半七老人は更にこんな話を始めた。 「観世物ではまだこんなお話があります。こんにちでも繁昌している団子坂の菊人形、あれは江戸でも旧《ふる》いものじゃあありません。いったい江戸の菊細工は――などと、あなた方の前...
岡本綺堂

半七捕物帳 幽霊の観世物——- 岡本綺堂

一  七月七日、梅雨《つゆ》あがりの暑い宵であったと記憶している。そのころ私は銀座の新聞社に勤めていたので、社から帰る途中、銀座の地蔵の縁日をひやかして歩いた。電車のまだ開通しない時代であるから、尾張町の横町から三十間堀の河岸《かし》へかけ...
岡本綺堂

半七捕物帳 大森の鶏——- 岡本綺堂

一  ある年の正月下旬である。寒い風のふく宵に半七老人を訪問すると、老人は近所の銭湯《せんとう》から帰って来たところであった。その頃はまだ朝湯《あさゆ》の流行っている時代で、半七老人は毎朝六時を合図に手拭をさげて出ると聞いていたのに、日が暮...
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水鬼—— 岡本綺堂

一  A君――見たところはもう四十近い紳士であるが、ひどく元気のいい学生肌の人物で、「野人《やじん》、礼にならわず。はなはだ失礼ではありますが……。」と、いうような前置きをした上で、すこぶる軽快な弁舌で次のごとき怪談を説きはじめた。  僕の...
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半七捕物帳 弁天娘—– 岡本綺堂

一  安政と年号のあらたまった年の三月十八日であった。半七はこれから午飯《ひるめし》を食って、浅草の三社《さんじゃ》祭りを見物に出かけようかと思っているところへ、三十五六の男がたずねて来た。かれは神田の明神下の山城屋という質屋の番頭で、利兵...
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半七捕物帳 薄雲の碁盤 ——-岡本綺堂

一  ある日、例のごとく半七老人を赤坂の家にたずねると、老人はあたかも近所の碁会所から帰って来た所であった。 「あなたは碁がお好きですか」と、わたしは訊いた。 「いいえ、別に好きという程でもなく、いわゆる髪結床《かみゆいどこ》将棋のお仲間で...
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半七捕物帳 河豚太鼓—— 岡本綺堂

一  種痘の話が出たときに、半七老人はこんなことをいった。 「今じゃあ種痘《しゅとう》と云いますが、江戸時代から明治の初年まではみんな植疱瘡《うえぼうそう》と云っていました。その癖が付いていて、わたくしのような昔者《むかしもの》は今でも植疱...
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蜘蛛の夢—— 岡本綺堂

一  S未亡人は語る。  わたくしは当年七十八歳で、嘉永《かえい》三年|戌歳《いぬどし》の生れでございますから、これからお話をする文久《ぶんきゅう》三年はわたくしが十四の年でございます。むかしの人間はませ[#「ませ」に傍点]ていたなどと皆さ...
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半七捕物帳 川越次郎兵衛 ——岡本綺堂

一  四月の日曜と祭日、二日つづきの休暇を利用して、わたしは友達と二人連れで川越の喜多院の桜を見物して来た。それから一週間ほどの後に半七老人を訪問すると、老人は昔なつかしそうに云った。 「はあ、川越へお出ででしたか。わたくしも江戸時代に二度...
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半七捕物帳 吉良の脇指—— 岡本綺堂

一  極月《ごくげつ》の十三日――極月などという言葉はこのごろ流行らないが、この話は極月十三日と大時代《おおじだい》に云った方が何だか釣り合いがいいようである。その十三日の午後四時頃に、赤坂の半七老人宅を訪問すると、わたしよりもひと足先に立...
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鳥辺山心中—– 岡本綺堂

一  裏の溝川《どぶがわ》で秋の蛙《かわず》が枯れがれに鳴いているのを、お染《そめ》は寂しい心持ちで聴いていた。ことし十七の彼女《かれ》は今夜が勤めの第一夜であった。店出しの宵――それは誰でも悲しい経験に相違なかったが、自体が内気な生まれつ...
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人狼 ―Were-Wolf―— 岡本綺堂

登場人物 田原弥三郎 弥三郎の妻おいよ 弥三郎の妹お妙 猟師 源五郎 ホルトガルの宣教師 モウロ モウロの弟子 正吉 村の男 善助 小坊主 昭全 村の娘 おあさ、おつぎ 第一幕           一  桃山時代の末期、慶長初年の頃。秋も暮...
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半七捕物帳 新カチカチ山 ——岡本綺堂

一  明治二十六年の十一月なかばの宵である。わたしは例によって半七老人を訪問すると、老人はきのう歌舞伎座を見物したと云った。 「木挽町《こびきちょう》はなかなか景気がようござんしたよ。御承知でしょうが、中幕は光秀の馬盥《ばだらい》から愛宕《...
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半七捕物帳 唐人飴—– 岡本綺堂

一  こんにちでも全く跡を絶ったというのではないが、東京市中に飴売りのすがたを見ることが少なくなった。明治時代までは鉦《かね》をたたいて売りに来る飴売りがすこぶる多く、そこらの辻に屋台の荷をおろして、子どもを相手にいろいろの飴細工を売る。こ...
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半七捕物帳 かむろ蛇—— 岡本綺堂

一  ある年の夏、わたしが房州の旅から帰って、形《かた》ばかりの土産物《みやげもの》をたずさえて半七老人を訪問すると、若いときから避暑旅行などをしたことの無いという老人は、喜んで海水浴場の話などを聴いた。  そのうちに、わたしが鋸山《のこぎ...
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半七捕物帳 二人女房—– 岡本綺堂

一  四月なかばの土曜日の宵である。 「どうです。あしたのお天気は……」と、半七老人は訊《き》いた。 「ちっと曇っているようです」と、わたしは答えた。 「花どきはどうも困ります」と、老人は眉をよせた。「それでもあなた方はお花見にお出かけでし...
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世界怪談名作集 上床 クラウフォード Francis Marion Crawford—— 岡本綺堂訳

一  誰かが葉巻《シガー》を注文した時分には、もう長いあいだ私たちは話し合っていたので、おたがいに倦《あ》きかかっていた。煙草のけむりは厚い窓掛けに喰い入って、重くなった頭にはアルコールが廻っていた。もし誰かが睡気をさまさせるようなことをし...
岡本綺堂

世界怪談名作集 貸家 リットン Edward George Earle Bulwer-Lytton—– 岡本綺堂訳

一  わたしの友達――著述家で哲学者である男が、ある日、冗談と真面目と半分まじりな調子で、わたしに話した。 「われわれは最近思いもつかないことに出逢ったよ。ロンドンのまんなかに化《ば》け物《もの》屋敷を見つけたぜ」 「ほんとうか。何が出る。...
岡本綺堂

寄席と芝居と—– 岡本綺堂

一 高坐の牡丹燈籠  明治時代の落語家《はなしか》と一と口に云っても、その真打《しんうち》株の中で、いわゆる落とし話を得意とする人と、人情話を得意とする人との二種がある。前者は三遊亭円遊、三遊亭遊三、禽語楼小さんのたぐいで、後者は三遊亭円朝...
岡本綺堂

半七捕物帳 正雪の絵馬—— 岡本綺堂

一  これも明治三十年の秋と記憶している。十月はじめの日曜日の朝、わたしが例によって半七老人を訪問すると、老人は六畳の座敷の縁側に近いところに坐って、東京日日新聞を読んでいた。老人は歴史小説が好きで、先月から連載中の塚原|渋柿園《じゅうしえ...