国木田独歩

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恋を恋する人——国木田独歩

一  秋の初《はじめ》の空は一片の雲もなく晴《はれ》て、佳《い》い景色《けしき》である。青年《わかもの》二人は日光の直射を松の大木の蔭によけて、山芝の上に寝転んで、一人は遠く相模灘を眺め、一人は読書している。場所は伊豆と相模の国境にある某《...
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夜の赤坂——國木田獨歩

東京の夜の有様を話して呉れとの諸君《みなさん》のお望、可《よろ》しい、話しましよう、然し僕は重に赤坂区に住んで居たから、赤坂区だけの、実地に見た処を話すことに致します。  先づ第一に叔母様《をばさん》などは東京を如何《どんな》にか賑かな処と...
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忘れえぬ人々——国木田独歩

多摩川《たまがわ》の二子《ふたこ》の渡しをわたって少しばかり行くと溝口《みぞのくち》という宿場がある。その中ほどに亀屋《かめや》という旅人宿《はたごや》がある。ちょうど三月の初めのころであった、この日は大空かき曇り北風強く吹いて、さなきだに...
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武蔵野——国木田独歩

一 「武蔵野の俤《おもかげ》は今わずかに入間《いるま》郡に残れり」と自分は文政年間にできた地図で見たことがある。そしてその地図に入間郡「小手指原《こてさしはら》久米川は古戦場なり太平記元弘三年五月十一日源平小手指原にて戦うこと一日がうちに三...
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富岡先生——国木田独歩

一  何|公爵《こうしゃく》の旧領地とばかり、詳細《くわし》い事は言われない、侯伯子男の新華族を沢山出しただけに、同じく維新の風雲に会しながらも妙な機《はずみ》から雲梯《うんてい》をすべり落ちて、遂《つい》には男爵どころか県知事の椅子|一《...
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非凡なる凡人——国木田独歩

上  五六人の年若い者が集まって互いに友の上を噂《うわさ》しあったことがある、その時、一人が――  僕の小供《こども》の時からの友に桂正作《かつらしょうさく》という男がある、今年二十四で今は横浜のある会社に技手として雇われもっぱら電気事業に...
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疲労——国木田独歩

京橋区|三十間堀《さんじっけんぼり》に大来館《たいらいかん》という宿屋がある、まず上等の部類で客はみな紳士紳商、電話は客用と店用と二種かけているくらいで、年じゅう十二三人から三十人までの客があるとの事。  ある年の五月半ばごろである。帳場に...
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二老人——国木田独歩

上  秋は小春のころ、石井という老人が日比谷公園《ひびやこうえん》のベンチに腰をおろして休んでいる。老人とは言うものの、やっと六十歳で足腰も達者、至って壮健のほうである。  日はやや西に傾いて赤とんぼの羽がきらきらと光り、風なきに風あるがご...
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二少女——国木田独歩

上  夏の初、月色|街《ちまた》に満つる夜の十時ごろ、カラコロと鼻緒のゆるそうな吾妻下駄《あずまげた》の音高く、芝琴平社《しばこんぴらしゃ》の後のお濠ばたを十八ばかりの少女《むすめ》、赤坂《あかさか》の方から物案じそうに首をうなだれて来る。...
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湯ヶ原より——国木田独歩

内山君《うちやまくん》足下《そくか》  何故《なぜ》そう急《きふ》に飛《と》び出《だ》したかとの君《きみ》の質問《しつもん》は御尤《ごもつとも》である。僕《ぼく》は不幸《ふかう》にして之《これ》を君《きみ》に白状《はくじやう》してしまはなけ...
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湯ヶ原ゆき——国木田独歩

一  定《さだ》めし今《いま》時分《じぶん》は閑散《ひま》だらうと、其《その》閑散《ひま》を狙《ねら》つて來《き》て見《み》ると案外《あんぐわい》さうでもなかつた。殊《こと》に自分《じぶん》の投宿《とうしゆく》した中西屋《なかにしや》といふ...
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都の友へ、B生より—国木田独歩

(前略)  久《ひさ》しぶりで孤獨《こどく》の生活《せいくわつ》を行《や》つて居《ゐ》る、これも病氣《びやうき》のお蔭《かげ》かも知《し》れない。色々《いろ/\》なことを考《かんが》へて久《ひさ》しぶりで自己《じこ》の存在《そんざい》を自覺...
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竹の木戸——国木田独歩

上  大庭《おおば》真蔵という会社員は東京郊外に住んで京橋区辺の事務所に通っていたが、電車の停留所まで半里《はんみち》以上もあるのを、毎朝欠かさずテクテク歩いて運動にはちょうど可《い》いと言っていた。温厚《おとな》しい性質だから会社でも受が...
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置土産——国木田独歩

餅《もち》は円形《まる》きが普通《なみ》なるわざと三角にひねりて客の目を惹《ひ》かんと企《たく》みしようなれど実は餡《あん》をつつむに手数《てすう》のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店《ちゃや》の小さ...
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怠惰屋の弟子入り—-木田独歩

亞弗利加洲《アフリカしう》にアルゼリヤといふ國《くに》がある、凡そ世界中《せかいぢゆう》此國《このくに》の人《ひと》ほど怠惰者《なまけもの》はないので、それといふのも畢竟《ひつきやう》は熱帶地方《ねつたいちはう》のことゆえ檸檬《れもん》や、...
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節操——国木田独歩

『房《ふさ》、奥様《おくさん》の出る時何とか言つたかい。』と佐山銀之助《さやまぎんのすけ》は茶の間に入《はひ》ると直《す》ぐ訊《きい》た。 『今日《けふ》は講習会から後藤様《ごとうさん》へ一寸《ちよつと》廻《まは》るから少《すこ》し遅くなる...
国木田独歩

石清虚——國木田獨歩

雲飛《うんぴ》といふ人は盆石《ぼんせき》を非常に愛翫《あいぐわん》した奇人《きじん》で、人々から石狂者《いしきちがひ》と言はれて居たが、人が何と言はうと一|切《さい》頓着《とんぢやく》せず、珍《めづら》しい石の搜索《さうさく》にのみ日を送つ...
国木田独歩

星——国木田独歩

都に程《ほど》近き田舎《いなか》に年わかき詩人住みけり。家は小高き丘の麓《ふもと》にありて、その庭は家にふさわしからず広く清き流れ丘の木立《こだ》ちより走り出《い》でてこれを貫き過ぐ。木々は野生《のば》えのままに育ち、春は梅桜乱れ咲き、夏は...
国木田独歩

少年の悲哀——國木田獨歩

少年《こども》の歡喜《よろこび》が詩であるならば、少年の悲哀《かなしみ》も亦《ま》た詩である。自然の心に宿る歡喜にして若《も》し歌ふべくんば、自然の心にさゝやく悲哀も亦《ま》た歌ふべきであらう。  兎《と》も角《かく》、僕は僕の少年の時の悲...
国木田独歩

小春——国木田独歩

一  十一月|某日《それのひ》、自分は朝から書斎にこもって書見をしていた。その書はウォーズウォルス詩集である、この詩集一冊は自分に取りて容易ならぬ関係があるので。これを手に入れたはすでに八年前のこと、忘れもせぬ九月二十一日の夜《よ》であった...