「投稿者: magoroku@tnnt」の記事一覧

ジヨオジ・ムウア—– 蒲原有明
わたくしはこのごろジヨオジ・ムウアの書いたものを讀んでゐる。それについての話を少しして見よう。別に…
『聊斎志異』より—– 蒲原有明
香玉  労山の下清宮といふは名だゝる仙境なり。ここに耐冬あり、その高さ二丈、大さ数十囲。牡丹あり、そ…
『二十五絃』を読む—–蒲原有明
詩はこれを譬ふれば山野の明暗、海波の起伏なり。新しき歌の巻を読むは、また更にわが身に近くして、さな…
『行く春』を読む—— 蒲原有明
薄田泣菫氏の才華はすでに第一の詩集『暮笛集』に於て、わが新詩壇上いちじるしき誉れとなりしを、こたび…
「有明集」前後—– 蒲原有明
明治三十八年に「春鳥集」を出したときには、多少の自信もあり自負もあつた。わたくしのやうな氣弱なもの…
「あひびき」に就て—–蒲原有明
 わたくしが長谷川二葉亭氏の名を知りはじめたのは「國民之友」に出た「あひびき」からである。明治二十…
翩翩–蒲松齢—-田中貢太郎訳
 羅子浮《らしふ》は汾《ふん》の人であった。両親が早く亡くなったので、八、九歳のころから叔父《おじ…
汪士秀–蒲松齢—田中貢太郎訳
 汪士秀《おうししゅう》は盧州《ろしゅう》の人であった。豪傑で力が強く、石舂《いしうす》を持ちあげ…
偸桃–蒲松齢—-田中貢太郎訳
 少年の時郡へいったが、ちょうど立春の節であった。昔からの習慣によるとその立春の前日には、同種類の…
連城–蒲松齢—-田中貢太郎訳
 喬《きょう》は晋寧《しんねい》の人で、少年の時から才子だといわれていた。年が二十あまりのころ、心…
蓮花公主-蒲松齢–田中貢太郎訳
 膠州《こうしゅう》の竇旭《とうきょく》は幼な名を暁暉《ぎょうき》といっていた。ある日昼寝をしてい…
封三娘-蒲松齢—-田中貢太郎訳
 范《はん》十一娘は※[#「田+鹿」、330-1]城《ろくじょう》の祭酒《さいしゅ》の女《むすめ》であっ…
田七郎-蒲松齢—-田中貢太郎訳
武承休《ぶしょうきゅう》は遼陽《りょうよう》の人であった。交際が好きでともに交際をしている者は皆知…
促織- 蒲松齢—- 田中貢太郎訳
 明《みん》の宣宗《せんそう》の宣徳年間には、宮中で促織《こおろぎ》あわせの遊戯を盛んにやったので…
成仙- 蒲松齢—- 田中貢太郎訳
 文登《ぶんとう》の周生《しゅうせい》は成《せい》生と少い時から学問を共にしたので、ちょうど後漢の…
織成- 蒲松齢—- 田中貢太郎訳
洞庭湖《どうていこ》の中には時とすると水神があらわれて、舟を借りて遊ぶことがあった。それは空船《あ…
小翠- 蒲松齢—–田中貢太郎訳
王太常《おうたいじょう》は越人であった。少年の時、昼、榻《ねだい》の上で寝ていると、空が不意に曇っ…
珊瑚 蒲松齢—– 田中貢太郎訳
 安大成《あんだいせい》は重慶《じゅうけい》の人であった。父は孝廉《こうれん》の科に及第した人であ…
庚娘 蒲松齢—– 田中貢太郎訳
 金大用《きんたいよう》は中州《ちゅうしゅう》の旧家の子であった。尤《ゆう》太守の女《むすめ》で幼…
五通 蒲松齢—– 田中貢太郎訳
 南方に五通《ごつう》というみだらにして不思議な神のあるのは、なお北方に狐のあるようなものである。…