「2019年」の記事一覧

汗 ——岡本かの子
 ――お金が汗をかいたわ。」  河内屋の娘の浦子はさういつて松崎の前に掌《てのひら》を開いて見せた。ロ…
褐色の求道—– 岡本かの子
 独逸《ドイツ》に在る唯一の仏教の寺だという仏陀寺《ブッダハウス》へ私は伯林《ベルリン》遊学中三度…
街頭 (巴里のある夕)——- 岡本かの子
 二列に並んで百貨店ギャラレ・ラファイエットのある町の一席を群集は取巻いた。中には雨傘の用意までし…
快走—– 岡本かの子
 中の間で道子は弟の準二の正月着物を縫《ぬ》い終って、今度は兄の陸郎の分を縫いかけていた。 「それお…
過去世—– 岡本かの子
池は雨中の夕陽の加減で、水銀のやうに縁だけ盛り上つて光つた。池の胴を挟んでゐる杉木立と青|蘆《あし…
花は勁し—– 岡本かの子
 青みどろを溜めた大硝子箱の澱んだ水が、鉛色に曇つて来た。いままで絢爛に泳いでゐた二つのキヤリコの…
河明り—– 岡本かの子
 私が、いま書き続けている物語の中の主要人物の娘の性格に、何か物足りないものがあるので、これはいっ…
家霊—– 岡本かの子
 山の手の高台で電車の交叉点になっている十字路がある。十字路の間からまた一筋細く岐《わか》れ出て下…
家庭愛増進術 ―型でなしに—– 岡本かの子
 わたくしは自分|達《たち》を夫とか妻とか考えません。  同棲《どうせい》する親愛なそして相憐《あい…
夏の夜の夢—– 岡本かの子
 月の出の間もない夜更けである。暗さが弛《ゆる》んで、また宵が来たやうなうら懐かしい気持ちをさせる…
岡本一平論 ―親の前で祈祷—- 岡本かの子
「あなたのお宅の御主人は、面白い画《え》をお描《か》きになりますね。嘸《さぞ》おうちのなかも、いつ…
越年—– 岡本かの子
 年末のボーナスを受取って加奈江が社から帰ろうとしたときであった。気分の弾《はず》んだ男の社員達が…
英国メーデーの記—– 岡本かの子
 倫敦に於ける五月一日は新聞の所謂「赤」一党のみが辛うじてメーデーを維持する。  それさへ華やかに趣…
一平氏に—– 岡本かの子
 そちらのお座敷にはもうそろそろ西陽が射す頃で御座いませう? 鋭い斜光線の直射があなたのお机のわき…
異性に対する感覚を洗練せよ—– 岡本かの子
現代の女性の感覚は色調とか形式美とか音とかに就《つ》いて著《いちじ》るしく発達して来た。全《あら》…
異国食餌抄—– 岡本かの子
 夕食前の小半時《こはんとき》、巴里《パリ》のキャフェのテラスは特別に混雑する。一日の仕事が一段落…
愛よ愛—– 岡本かの子
 この人のうえをおもうときにおもわず力が入る。この人とのくらしに必要なわずらわしき日常生活もいやな…
愛—– 岡本かの子
 その人にまた逢《あ》ふまでは、とても重苦しくて気骨《きぼね》の折れる人、もう滅多《めった》には逢…
みちのく—– 岡本かの子
 桐《きり》の花の咲《さ》く時分であった。私は東北のSという城下町の表通りから二側目《ふたかわめ》…
バットクラス—– 岡本かの子
 スワンソン夫人は公園小路《パークレーン》の自邸で目が覚めた。彼女は社交季節が来ると、倫敦《ロンド…