「2019年」の記事一覧

とと屋禅譚—— 岡本かの子
        一  明治も改元して左程《さほど》しばらく経たぬ頃、魚河岸《うおがし》に白魚と鮎《あ…
ドーヴィル物語—– 岡本かの子
   一 日本留学生小田島春作は女友イベットに呼び寄せられ、前夜|晩《おそ》く巴里《パリ》を発《た》…
ガルスワーシーの家———- 岡本かの子
 ロンドン市の北郊ハムステットの丘には春も秋もよく太陽が照り渡った。此《こ》の殆《ほと》んど何里四…
かの女の朝—– 岡本かの子
 K雑誌先月号に載ったあなたの小説を見ました。ママの処女作というのです ね、これが。ママの意図《いと…
おせっかい夫人—– 岡本かの子
 午前十一時半から十二時ちょっと過ぎまでの出来事です。うらうらと晴れた春の日の暖気に誘われて花子夫…
ある男の死—– 岡本かの子
 A! 女学校では、当時有名な話でありました。それは 『二時間目事件。』  といふのでした。  新学期…
蠅——横光利一
      一   真夏の宿場は空虚であった。ただ眼の大きな一疋《いっぴき》の蠅だけは、薄暗い厩《う…
罌粟《けし》の中——横光利一
 しばらく芝生の堤が眼の高さでつづいた。波のように高低を描いていく平原のその堤の上にいちめん真紅の…
旅愁—–横光利一
家を取り壊した庭の中に、白い花をつけた杏の樹がただ一本立っている。復活祭の近づいた春寒い風が河岸か…
洋灯—–横光利一
このごろ停電する夜の暗さをかこっている私に知人がランプを持って来てくれた。高さ一尺あまりの小さな置…
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)—–横光利一
 八月――日  駈けて来る足駄《あしだ》の音が庭石に躓《つまず》いて一度よろけた。すると、柿の木の下へ…
黙示のページ—–横光利一
終始末期を連続しつつ、愚な時計の振り子の如く反動するものは文化である。かの聖典黙示の頁に埋れたまま…
盲腸—–横光利一
Fは口から血を吐いた。Mは盲腸炎で腹を切つた。Hは鼻毛を抜いた痕から丹毒に浸入された。此の三つの報…
無常の風—–横光利一
 幼い頃、「無常の風が吹いて来ると人が死ぬ」と母は云つた。それから私は風が吹く度に無常の風ではない…
夢もろもろ—–横光利一
    夢  私の父は死んだ。二年になる。  それに、まだ私は父の夢を見たことがない。     良い夢…
父—–横光利一
 雨が降りさうである。庭の桜の花が少し凋れて見えた。父は夕飯を済ませると両手を頭の下へ敷いて、仰向…
琵琶湖—–横光利一
 思ひ出といふものは、誰しも一番夏の思ひ出が多いであらうと思ふ。私は二十歳前後には、夏になると、近…
微笑—–横光利一
 次の日曜には甲斐《かい》へ行こう。新緑はそれは美しい。そんな会話が擦れ違う声の中からふと聞えた。…
碑文—–横光利一
雨は降り続いた。併し、ヘルモン山上のガルタンの市民は、誰もが何日太陽を眺め得るであらうかと云ふ予想…
比叡《ひえい》——横光利一
 結婚してから八年にもなるのに、京都へ行くというのは定雄夫妻にとって毎年の希望であった。今までにも…