国枝史郎

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紅白縮緬組—— 国枝史郎

一 「元禄の政《まつりごと》は延喜に勝れり」と、北村季吟は書いているが、いかにも表面から見る時は、文物典章燦然と輝き、まさに文化の極地ではあったが、しかし一度裏へはいって見ると、案外諸所に暗黒面があって、蛆《うじ》の湧いているようなところが...
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甲州鎮撫隊—— 国枝史郎

滝と池 「綺麗《きれい》な水ですねえ」  と、つい数日前に、この植甚《うえじん》の家へ住込みになった、わたり[#「わたり」に傍点]の留吉《とめきち》は、池の水を見ながら、親方の植甚へ云った。 「これが俺《おれ》んとこの金箱さ」  と、石に腰...
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五右衛門と新左—– 国枝史郎

一 「大分世の中が静かになったな」  こう秀吉が徳善院へ云った。 「殿下のご威光でございます」  徳善院、ゴマを磨り出した。 「ところが俺は退屈でな」 「こまったものでございます」 「趣向は無いか、変った趣向は?」 「美人でもお集めになられ...
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犬神娘—– 国枝史郎

一  安政五年九月十日の、午《うま》の刻のことでございますが、老女村岡様にご案内され、新関白|近衛《このえ》様の裏門から、ご上人《しょうにん》様がご発足なされました際にも、私はお附き添いしておりました。(と、洛東清水寺|成就院《じょうじゅい...
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剣侠—— 国枝史郎

木剣試合 1  文政×年の初夏のことであった。  杉浪之助《すぎなみのすけ》は宿を出て、両国をさして歩いて行った。  本郷の台まで来たときである。榊原式部少輔《さかきばらしきぶしょうゆう》様のお屋敷があり、お長屋が軒を並べていた。  と、 ...
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血曼陀羅紙帳武士—–国枝史郎

腰の物拝見 「お武家お待ち」  という声が聞こえたので、伊東|頼母《たのも》は足を止めた。ここは甲州街道の府中から、一里ほど離れた野原で、天保××年三月十六日の月が、朧《おぼ》ろに照らしていた。頼母は、江戸へ行くつもりで、街道筋を辿《たど》...
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血ぬられた懐刀—– 国枝史郎

別るる恋 「相手の権勢に酔わされたか! ないしは美貌に魅せられたか! よくも某《それがし》を欺むかれたな!」  こう罵ったのは若い武士で、その名を北畠秋安《きたばたけあきやす》と云って、年は二十三であった。  罵られているのは若い娘で、名は...
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銀三十枚—– 国枝史郎

1 「おいおいマリア、どうしたものだ。そう嫌うにもあたるまい。まんざら[#「まんざら」に傍点]の男振りでもない意《つもり》だ。いう事を聞きな、いう事を聞きな」  ユダはこう云って抱き介《かか》えようとした。  猶太《ユダヤ》第一美貌の娼婦、...
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郷介法師——- 国枝史郎

1  初夏の夜は静かに明け放れた。  堺の豪商|魚屋《ととや》利右衛門家では、先ず小僧が眼を覚ました。眠い眼を渋々こすりながら店へ行って門《かど》の戸を明けた。朝靄蒼く立ちこめていて戸外《そと》は仄々と薄暗かったが、見れば一本の磔《はりつけ...
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弓道中祖伝—— 国枝史郎

1 「宿をお求めではござらぬかな、もし宿をお求めなら、よい宿をお世話《せわ》いたしましょう」  こう云って声をかけたのは、六十歳ぐらいの老人で、眼の鋭い唇の薄い、頬のこけた顔を持っていた。それでいて不思議に品位があった。 「さよう宿を求めて...
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仇討姉妹笠—— 国枝史郎

袖の中には?  舞台には季節にふさわしい、夜桜の景がかざられてあった。  奥に深々と見えているのは、祗園辺りの社殿《やしろ》であろう、朱の鳥居や春日燈籠などが、書割の花の間に見え隠れしていた。  上から下げられてある桜の釣花の、紙細工の花弁...
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開運の鼓—— 国枝史郎

一  将軍家斉の時代であった。天保の初年から天候が不順で旱天と洪水とが交※[#二の字点、1-2-22]《こもごも》襲い夏寒く冬暑く日本全国の田や畑には実らない作物が枯れ腐って凶年の相を現わしたが、俄然大飢饉が見舞って来た。将軍家お膝元大江戸...
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怪しの者—— 国枝史郎

一  乞食の権七が物語った。  尾張の国春日井郡、庄内川の岸の、草の中に寝ていたのは、正徳三年六月十日の、午後のことでありました。いくらか靄《もや》を含んでいて、白っぽく見えてはおりましたが、でもよく晴れた夏の空を、自分の遊歩場《あそびば》...
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加利福尼亜の宝島 (お伽冒険談) ——国枝史郎

一 「小豆島《あずきじま》紋太夫が捕らえられたそうな」 「いよいよ天運尽きたと見える」 「八幡船の後胤もこれでいよいよ根絶やしか。ちょっと惜しいような気もするな」 「住吉の浜で切られるそうな」 「末代までの語り草じゃ、これは是非とも見に行か...
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猿ヶ京片耳伝説—— 国枝史郎

痛む耳 「耳が痛んでなりませぬ」  と女は云って、掌《てのひら》で左の耳を抑えた。  年増《としま》ではあるが美しいその武士の妻女は、地に据えられた駕籠の、たれ[#「たれ」に傍点]のかかげられた隙から顔を覗かせて、そう云ったのであった。  ...
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隠亡堀—– 国枝史郎

一 「伊右衛門《いえもん》さん、久しぶりで」  こう云ったのは直助《なおすけ》であった。  今の商売は鰻掻《うなぎかき》であった。  昔の商売は薬売であった。  一名直助|権兵衛《ごんべえ》とも呼ばれた。 「うん、暫く逢わなかったな」  こ...
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印度の詩人—— 国枝史郎

印度《インド》独立運動が活溌になりガンジーの名が国際舞台へ大きくうつしだされてきた。  ガンジーにつれて思い出されるのは同国の詩人タゴールのことである。  タゴールがノーベル賞金を受けて世界的有名になった頃、日本観光に来た。それを招待してタ...
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一枚絵の女—— 国枝史郎

一  ご家人《けにん》の貝塚三十郎が、また芝山内で悪事をした。  一太刀で仕止めた死骸から、スルスルと胴巻をひっぱり出すと、中身を数えて苦笑いをし、 (思ったよりは少なかった)  でも衣更《ころもがえ》の晴着ぐらいは、買ってやれるとそう思っ...
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ローマ法王と外交—- 国枝史郎

一  帝国政府は今回ローマの法王庁へ原田健氏を初代公使として派遣することになったが時局がら洵《まこと》に機宜を得た外交手段だと思う。  この機会に歴代|羅馬《ローマ》法王のうち特にすぐれた外交家について検討を加えてみよう。  一体に歴代の羅...
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レモンの花の咲く丘へ– 国枝史郎

この Exotic の一巻を 三郎兄上に献ず、 兄上は小弟を愛し小弟 を是認し小弟を保護し たまう一人の人なり。 序に代うるの詩二編 孤独の楽調 三味線の音が秋の都会を流れて行く。 霧と瓦斯《ガス》との青白き光が Mitily の邦《くに》...