岡本綺堂 世界怪談名作集 スペードの女王 プーシキンAlexander S Pushkin ——岡本綺堂訳 一 近衛騎兵のナルモヴの部屋で骨牌《かるた》の会があった。長い冬の夜はいつか過ぎて、一同が夜食《ツッペ》の食卓に着いた時はもう朝の五時であった。勝負に勝った組はうまそうに食べ、負けた連中は気がなさそうに喰い荒らされた皿を見つめていた。しかし... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳– 柳原堤の女——- 岡本綺堂 一 なにかの話から、神田の柳原の噂が出たときに、老人はこう語った。 「やなぎ原の堤《どて》が切りくずされたのは明治七、八年の頃だと思います。今でも柳原河岸の名は残っていて、神田川の岸には型ばかりの柳が植えてあるようですが、江戸時代には筋違橋... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 世界怪談名作集 ラッパチーニの娘 アウペパンの作から ホーソーンNathaniel Hawthorne ——岡本綺堂訳 一 遠い以前のことである。ジョヴァンニ・グァスコンティという一人の青年が、パドゥアの大学で学問の研究をつづけようとして、イタリーのずっと南部の地方から遙《はる》ばると出て来た。 財嚢のはなはだ乏しいジョヴァンニは、ある古い屋敷の上の方の陰... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 青蛙神—– 岡本綺堂 第一幕の登場人物 李中行 その妻 柳 その忰 中二 その娘 阿香 高田圭吉 旅の男 第一幕 時は現代。陰暦八月十五日のゆうぐれ。 満州、大連市外の村はずれにある李中行の家。すべて農家の作りにて、家内の大部分は土間。正面... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳–津の国屋—— 岡本綺堂 一 秋の宵であった。どこかで題目太鼓の音《ね》がきこえる。この場合、月並の鳴物だとは思いながらも、じっと耳をすまして聴いていると、やはり一種のさびしさを誘い出された。 「七偏人が百物語をしたのは、こんな晩でしょうね」と、わたしは云い出した。... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 箕輪心中—– 岡本綺堂 一 お米《よね》と十吉《じゅうきち》とは南向きの縁に仲よく肩をならべて、なんにも言わずに碧《あお》い空をうっとりと見あげていた。 天明《てんめい》五年正月の門松《かどまつ》ももう取られて、武家では具足びらき、町家では蔵《くら》びらきという... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 両国の秋—–岡本綺堂 一「ことしの残暑は随分ひどいね」 お絹《きぬ》は楽屋へはいって水色の《かみしも》をぬいだ。八月なかばの夕日は孤城を囲んだ大軍のように筵張《むしろば》りの小屋のうしろまでひた寄せに押し寄せて、すこしの隙《すき》もあらば攻め入ろうと狙っている... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 籠釣瓶—–岡本綺堂 一 次郎左衛門《じろざえもん》が野州《やしゅう》佐野の宿《しゅく》を出る朝は一面に白い霜が降《お》りていた。彼に伴うものは彼自身のさびしい影と、忠実な下男《げなん》の治六《じろく》だけであった。彼はそのほかに千両の金と村正《むらまさ》の刀と... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳 白蝶怪—–岡本綺堂 一 文化九年――申《さる》年の正月十八日の夜である。その夜も四ツ半(午後十一時)を過ぎた頃に、ふたりの娘が江戸小石川の目白不動堂を右に見て、目白坂から関口駒井|町《ちょう》の方角へ足早にさしかかった。 駒井町をゆき抜ければ、音羽《おとわ》... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 小坂部姫—–岡本綺堂 双《ならび》ヶ|岡《おか》一「物|申《も》う、案内《あない》申う。あるじの御坊おわすか。」 うす物の被衣《かつぎ》の上に檜木笠を深くした上※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26]ふうの若い女が草ぶかい庵《いおり》の前に... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 三浦老人昔話—– 岡本綺堂 桐畑の太夫 一 今から二十年あまりの昔である。なんでも正月の七草すぎの日曜日と記憶している。わたしは午後から半七老人の家をたずねた。老人は彼の半七捕物帳の材料を幾たびかわたしに話して聞かせてくれるので、きょうも年始の礼を兼ねてあ... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 青蛙堂鬼談 —–岡本綺堂 青蛙神《せいあじん》 一「速達!」 三月三日の午《ひる》ごろに、一通の速達郵便がわたしの家の玄関に投げ込まれた。 拝啓。春雪|霏々《ひひ》、このゆうべに一会なかるべけんやと存じ候。万障を排して、本日午後五時頃より御参会くだされ度《... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 玉藻の前—– 岡本綺堂 清水詣《きよみずもう》で一「ほう、よい月じゃ。まるで白銀《しろがね》の鏡を磨《と》ぎすましたような」 あらん限りの感嘆のことばを、昔から言いふるしたこの一句に言い尽くしたというように、男は晴れやかな眉をあげて、あしたは十三夜という九月なか... 2019.05.02 岡本綺堂
岡本綺堂 探偵夜話—— 岡本綺堂 火薬庫《かやくこ》 例の青蛙堂主人から再度の案内状が来た。それは四月の末で、わたしの庭の遅桜も散りはじめた頃である。定刻の午後六時までに小石川の青蛙堂へ着到《ちゃくとう》すると、今夜の顔ぶれはこの間の怪談会とはよほど変わっていた。例によって... 2019.05.02 岡本綺堂
岡本かの子 鮨—– 岡本かの子 東京の下町と山の手の境い目といったような、ひどく坂や崖《がけ》の多い街がある。 表通りの繁華から折れ曲って来たものには、別天地の感じを与える。 つまり表通りや新道路の繁華な刺戟《しげき》に疲れた人々が、時々、刺戟を外《は》ずして気分を転... 2019.05.01 岡本かの子
岡本かの子 蝙蝠—— 岡本かの子 それはまだ、東京の町々に井戸のある時分のことであつた。 これらの井戸は多摩川から上水を木樋でひいたもので、その理由から釣瓶《つるべ》で鮎《あゆ》を汲《く》むなどと都会の俳人の詩的な表現も生れたのであるが、鮎はゐなかつたが小鯉《こごい》や鮒... 2019.05.01 岡本かの子
岡本かの子 渾沌未分—– 岡本かの子 小初は、跳《は》ね込《こ》み台の櫓《やぐら》の上板に立ち上った。腕《うで》を額に翳《かざ》して、空の雲気を見廻《みまわ》した。軽く矩形《くけい》に擡《もた》げた右の上側はココア色に日焦《ひや》けしている。腕の裏側から脇《わき》の下へかけては... 2019.05.01 岡本かの子
岡本かの子 朧 —–岡本かの子 早春を脱け切らない寒さが、思ひの外にまだ肩や肘を掠める。しかし、宵の小座敷で燈に向つてゐると、夜のけはひは既に朧である。うるめる物音、物影。「日本的なるもの」の一つに「朧」がある。よし、それが淨土教の影響によるにもせよ、老莊道學の示唆を得た... 2019.05.01 岡本かの子
岡本かの子 老主の一時期—– 岡本かの子 「お旦那《だんな》の眼の色が、このごろめつきり鈍つて来たぞ。」 店の小僧や番頭が、主人宗右衛門のこんな陰口を囁《ささや》き合ふやうになつた。宗右衛門の広大な屋敷内に、いろは番号で幾十戸前の商品倉が建て連ねてある。そのひとつひとつを数人|宛... 2019.05.01 岡本かの子
岡本かの子 老妓抄—– 岡本かの子 平出園子というのが老妓の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のように当人の感じになずまないところがある。そうかといって職業上の名の小そのとだけでは、だんだん素人《しろうと》の素朴な気持ちに還ろうとしている今日の彼女の気品にそぐわない。 ここ... 2019.05.01 岡本かの子