2019-05

国木田独歩

疲労——国木田独歩

京橋区|三十間堀《さんじっけんぼり》に大来館《たいらいかん》という宿屋がある、まず上等の部類で客はみな紳士紳商、電話は客用と店用と二種かけているくらいで、年じゅう十二三人から三十人までの客があるとの事。  ある年の五月半ばごろである。帳場に...
国木田独歩

二老人——国木田独歩

上  秋は小春のころ、石井という老人が日比谷公園《ひびやこうえん》のベンチに腰をおろして休んでいる。老人とは言うものの、やっと六十歳で足腰も達者、至って壮健のほうである。  日はやや西に傾いて赤とんぼの羽がきらきらと光り、風なきに風あるがご...
国木田独歩

二少女——国木田独歩

上  夏の初、月色|街《ちまた》に満つる夜の十時ごろ、カラコロと鼻緒のゆるそうな吾妻下駄《あずまげた》の音高く、芝琴平社《しばこんぴらしゃ》の後のお濠ばたを十八ばかりの少女《むすめ》、赤坂《あかさか》の方から物案じそうに首をうなだれて来る。...
国木田独歩

湯ヶ原より——国木田独歩

内山君《うちやまくん》足下《そくか》  何故《なぜ》そう急《きふ》に飛《と》び出《だ》したかとの君《きみ》の質問《しつもん》は御尤《ごもつとも》である。僕《ぼく》は不幸《ふかう》にして之《これ》を君《きみ》に白状《はくじやう》してしまはなけ...
国木田独歩

湯ヶ原ゆき——国木田独歩

一  定《さだ》めし今《いま》時分《じぶん》は閑散《ひま》だらうと、其《その》閑散《ひま》を狙《ねら》つて來《き》て見《み》ると案外《あんぐわい》さうでもなかつた。殊《こと》に自分《じぶん》の投宿《とうしゆく》した中西屋《なかにしや》といふ...
国木田独歩

都の友へ、B生より—国木田独歩

(前略)  久《ひさ》しぶりで孤獨《こどく》の生活《せいくわつ》を行《や》つて居《ゐ》る、これも病氣《びやうき》のお蔭《かげ》かも知《し》れない。色々《いろ/\》なことを考《かんが》へて久《ひさ》しぶりで自己《じこ》の存在《そんざい》を自覺...
国木田独歩

竹の木戸——国木田独歩

上  大庭《おおば》真蔵という会社員は東京郊外に住んで京橋区辺の事務所に通っていたが、電車の停留所まで半里《はんみち》以上もあるのを、毎朝欠かさずテクテク歩いて運動にはちょうど可《い》いと言っていた。温厚《おとな》しい性質だから会社でも受が...
国木田独歩

置土産——国木田独歩

餅《もち》は円形《まる》きが普通《なみ》なるわざと三角にひねりて客の目を惹《ひ》かんと企《たく》みしようなれど実は餡《あん》をつつむに手数《てすう》のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店《ちゃや》の小さ...
国木田独歩

怠惰屋の弟子入り—-木田独歩

亞弗利加洲《アフリカしう》にアルゼリヤといふ國《くに》がある、凡そ世界中《せかいぢゆう》此國《このくに》の人《ひと》ほど怠惰者《なまけもの》はないので、それといふのも畢竟《ひつきやう》は熱帶地方《ねつたいちはう》のことゆえ檸檬《れもん》や、...
国木田独歩

節操——国木田独歩

『房《ふさ》、奥様《おくさん》の出る時何とか言つたかい。』と佐山銀之助《さやまぎんのすけ》は茶の間に入《はひ》ると直《す》ぐ訊《きい》た。 『今日《けふ》は講習会から後藤様《ごとうさん》へ一寸《ちよつと》廻《まは》るから少《すこ》し遅くなる...
国木田独歩

石清虚——國木田獨歩

雲飛《うんぴ》といふ人は盆石《ぼんせき》を非常に愛翫《あいぐわん》した奇人《きじん》で、人々から石狂者《いしきちがひ》と言はれて居たが、人が何と言はうと一|切《さい》頓着《とんぢやく》せず、珍《めづら》しい石の搜索《さうさく》にのみ日を送つ...
国木田独歩

星——国木田独歩

都に程《ほど》近き田舎《いなか》に年わかき詩人住みけり。家は小高き丘の麓《ふもと》にありて、その庭は家にふさわしからず広く清き流れ丘の木立《こだ》ちより走り出《い》でてこれを貫き過ぐ。木々は野生《のば》えのままに育ち、春は梅桜乱れ咲き、夏は...
国木田独歩

少年の悲哀——國木田獨歩

少年《こども》の歡喜《よろこび》が詩であるならば、少年の悲哀《かなしみ》も亦《ま》た詩である。自然の心に宿る歡喜にして若《も》し歌ふべくんば、自然の心にさゝやく悲哀も亦《ま》た歌ふべきであらう。  兎《と》も角《かく》、僕は僕の少年の時の悲...
国木田独歩

小春——国木田独歩

一  十一月|某日《それのひ》、自分は朝から書斎にこもって書見をしていた。その書はウォーズウォルス詩集である、この詩集一冊は自分に取りて容易ならぬ関係があるので。これを手に入れたはすでに八年前のこと、忘れもせぬ九月二十一日の夜《よ》であった...
国木田独歩

女難——国木田独歩

一  今より四年前のことである、(とある男が話しだした)自分は何かの用事で銀座を歩いていると、ある四辻《よつつじ》の隅《すみ》に一人の男が尺八を吹いているのを見た。七八人の人がその前に立っているので、自分もふと足を止めて聴《き》く人の仲間に...
国木田独歩

初恋——国木田独歩

僕の十四の時であった。僕の村に大沢先生という老人が住んでいたと仮定したまえ。イヤサ事実だが試みにそう仮定せよということサ。  この老人の頑固《がんこ》さ加減は立派な漢学者でありながらたれ一人《ひとり》相手にする者がないのでわかる。地下《じげ...
国木田独歩

初孫——国木田独歩

この度《たび》は貞夫《さだお》に結構なる御《おん》品|御《おん》贈り下されありがたく存じ候、お約束の写真ようよう昨日でき上がり候間二枚さし上げ申し候、内一枚は上田の姉に御《おん》届け下されたく候、ご覧のごとくますます肥え太りてもはや祖父《じ...
国木田独歩

春の鳥——国木田独歩

一  今より六七年前、私はある地方に英語と数学の教師をしていたことがございます。その町に城山《しろやま》というのがあって、大木暗く茂った山で、あまり高くはないが、はなはだ風景に富んでいましたゆえ、私は散歩がてらいつもこの山に登りました。  ...
国木田独歩

酒中日記 国木田独歩

五月三日(明治三十〇年) 「あの男はどうなったかしら」との噂《うわさ》、よく有ることで、四五人集って以前の話が出ると、消えて去《な》くなった者の身の上に、ツイ話が移るものである。  この大河|今蔵《いまぞう》、恐らく今時分やはり同じように噂...
国木田独歩

鹿狩り——国木田独歩

『鹿狩《しかが》りに連れて行《い》こうか』と中根《なかね》の叔父《おじ》が突然《だしぬけ》に言ったので僕はまごついた。『おもしろいぞ、連れて行こうか、』人のいい叔父はにこにこしながら勧めた。 『だッて僕は鉄砲がないもの。』 『あはははははば...