岡本綺堂 半七捕物帳 大森の鶏——- 岡本綺堂 一 ある年の正月下旬である。寒い風のふく宵に半七老人を訪問すると、老人は近所の銭湯《せんとう》から帰って来たところであった。その頃はまだ朝湯《あさゆ》の流行っている時代で、半七老人は毎朝六時を合図に手拭をさげて出ると聞いていたのに、日が暮れ... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 水鬼—— 岡本綺堂 一 A君――見たところはもう四十近い紳士であるが、ひどく元気のいい学生肌の人物で、「野人《やじん》、礼にならわず。はなはだ失礼ではありますが……。」と、いうような前置きをした上で、すこぶる軽快な弁舌で次のごとき怪談を説きはじめた。 僕の郷里... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳 弁天娘—– 岡本綺堂 一 安政と年号のあらたまった年の三月十八日であった。半七はこれから午飯《ひるめし》を食って、浅草の三社《さんじゃ》祭りを見物に出かけようかと思っているところへ、三十五六の男がたずねて来た。かれは神田の明神下の山城屋という質屋の番頭で、利兵衛... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳 薄雲の碁盤 ——-岡本綺堂 一 ある日、例のごとく半七老人を赤坂の家にたずねると、老人はあたかも近所の碁会所から帰って来た所であった。 「あなたは碁がお好きですか」と、わたしは訊いた。 「いいえ、別に好きという程でもなく、いわゆる髪結床《かみゆいどこ》将棋のお仲間です... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳 河豚太鼓—— 岡本綺堂 一 種痘の話が出たときに、半七老人はこんなことをいった。 「今じゃあ種痘《しゅとう》と云いますが、江戸時代から明治の初年まではみんな植疱瘡《うえぼうそう》と云っていました。その癖が付いていて、わたくしのような昔者《むかしもの》は今でも植疱瘡... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 蜘蛛の夢—— 岡本綺堂 一 S未亡人は語る。 わたくしは当年七十八歳で、嘉永《かえい》三年|戌歳《いぬどし》の生れでございますから、これからお話をする文久《ぶんきゅう》三年はわたくしが十四の年でございます。むかしの人間はませ[#「ませ」に傍点]ていたなどと皆さんは... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳 川越次郎兵衛 ——岡本綺堂 一 四月の日曜と祭日、二日つづきの休暇を利用して、わたしは友達と二人連れで川越の喜多院の桜を見物して来た。それから一週間ほどの後に半七老人を訪問すると、老人は昔なつかしそうに云った。 「はあ、川越へお出ででしたか。わたくしも江戸時代に二度行... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳 吉良の脇指—— 岡本綺堂 一 極月《ごくげつ》の十三日――極月などという言葉はこのごろ流行らないが、この話は極月十三日と大時代《おおじだい》に云った方が何だか釣り合いがいいようである。その十三日の午後四時頃に、赤坂の半七老人宅を訪問すると、わたしよりもひと足先に立っ... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 鳥辺山心中—– 岡本綺堂 一 裏の溝川《どぶがわ》で秋の蛙《かわず》が枯れがれに鳴いているのを、お染《そめ》は寂しい心持ちで聴いていた。ことし十七の彼女《かれ》は今夜が勤めの第一夜であった。店出しの宵――それは誰でも悲しい経験に相違なかったが、自体が内気な生まれつき... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 人狼 ―Were-Wolf―— 岡本綺堂 登場人物 田原弥三郎 弥三郎の妻おいよ 弥三郎の妹お妙 猟師 源五郎 ホルトガルの宣教師 モウロ モウロの弟子 正吉 村の男 善助 小坊主 昭全 村の娘 おあさ、おつぎ 第一幕 一 桃山時代の末期、慶長初年の頃。秋も暮れか... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳 新カチカチ山 ——岡本綺堂 一 明治二十六年の十一月なかばの宵である。わたしは例によって半七老人を訪問すると、老人はきのう歌舞伎座を見物したと云った。 「木挽町《こびきちょう》はなかなか景気がようござんしたよ。御承知でしょうが、中幕は光秀の馬盥《ばだらい》から愛宕《あ... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳 唐人飴—– 岡本綺堂 一 こんにちでも全く跡を絶ったというのではないが、東京市中に飴売りのすがたを見ることが少なくなった。明治時代までは鉦《かね》をたたいて売りに来る飴売りがすこぶる多く、そこらの辻に屋台の荷をおろして、子どもを相手にいろいろの飴細工を売る。この... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳 かむろ蛇—— 岡本綺堂 一 ある年の夏、わたしが房州の旅から帰って、形《かた》ばかりの土産物《みやげもの》をたずさえて半七老人を訪問すると、若いときから避暑旅行などをしたことの無いという老人は、喜んで海水浴場の話などを聴いた。 そのうちに、わたしが鋸山《のこぎり... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳 二人女房—– 岡本綺堂 一 四月なかばの土曜日の宵である。 「どうです。あしたのお天気は……」と、半七老人は訊《き》いた。 「ちっと曇っているようです」と、わたしは答えた。 「花どきはどうも困ります」と、老人は眉をよせた。「それでもあなた方はお花見にお出かけでしょ... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 世界怪談名作集 上床 クラウフォード Francis Marion Crawford—— 岡本綺堂訳 一 誰かが葉巻《シガー》を注文した時分には、もう長いあいだ私たちは話し合っていたので、おたがいに倦《あ》きかかっていた。煙草のけむりは厚い窓掛けに喰い入って、重くなった頭にはアルコールが廻っていた。もし誰かが睡気をさまさせるようなことをしな... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 世界怪談名作集 貸家 リットン Edward George Earle Bulwer-Lytton—– 岡本綺堂訳 一 わたしの友達――著述家で哲学者である男が、ある日、冗談と真面目と半分まじりな調子で、わたしに話した。 「われわれは最近思いもつかないことに出逢ったよ。ロンドンのまんなかに化《ば》け物《もの》屋敷を見つけたぜ」 「ほんとうか。何が出る。…... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 寄席と芝居と—– 岡本綺堂 一 高坐の牡丹燈籠 明治時代の落語家《はなしか》と一と口に云っても、その真打《しんうち》株の中で、いわゆる落とし話を得意とする人と、人情話を得意とする人との二種がある。前者は三遊亭円遊、三遊亭遊三、禽語楼小さんのたぐいで、後者は三遊亭円朝、... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳 正雪の絵馬—— 岡本綺堂 一 これも明治三十年の秋と記憶している。十月はじめの日曜日の朝、わたしが例によって半七老人を訪問すると、老人は六畳の座敷の縁側に近いところに坐って、東京日日新聞を読んでいた。老人は歴史小説が好きで、先月から連載中の塚原|渋柿園《じゅうしえん... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 半七捕物帳 大阪屋花鳥—– 岡本綺堂 一 明治三十年三月十五日の暁方《あけがた》に、吉原|仲《なか》の町《ちょう》の引手茶屋桐半の裏手から出火して、廓内《かくない》百六十戸ほどを焼いたことがある。無論に引手茶屋ばかりでなく、貸座敷も大半は煙りとなって、吉原近来の大火と云われた。... 2019.05.03 岡本綺堂
岡本綺堂 深見夫人の死—– 岡本綺堂 一 実業家深見家の夫人多代子が一月下旬のある夜に、熱海の海岸から投身自殺を遂げたという新聞記事が世間を騒がした。 多代子はことし三十七歳であるが、実際の年よりも余ほど若くみえるといわれるほどの美しい婦人で、種々の婦人事業や貧民救済事業にも... 2019.05.03 岡本綺堂