2019-05

国枝史郎

染吉の朱盆—— 国枝史郎

一  ぴかり!  剣光!  ワッという悲鳴!  少し間を置いてパチンと鍔音。空には満月、地には霜。[#底本ではこの段落は1字下げになっている]  切り仆《たお》したのは一人の武士、黒の紋付、着流し姿、黒頭巾で顔を包んでいる。お誂え通りの辻切...
国枝史郎

赤坂城の謀略—— 国枝史郎

一 (これは駄目だ)  と正成《まさしげ》は思った。 (兵糧が尽き水も尽きた。それに人数は僅か五百余人だ。然るに寄手《よせて》の勢と来ては、二十万人に余るだろう。それも笠置を落城させて、意気軒昂たる者共だ。しかも長期の策を執《と》り、この城...
国枝史郎

赤格子九郎右衛門の娘—— 国枝史郎

何とも云えぬ物凄い睨視!  海賊赤格子九郎右衛門が召捕り処刑になったのは寛延《かんえん》二年三月のことで、所は大阪千日前、弟七郎兵衛、遊女かしく、三人同時に斬られたのである。訴え人は駕籠屋重右衛門。実名船越重右衛門と云えば阿波の大守蜂須賀侯...
国枝史郎

赤格子九郎右衛門—- 国枝史郎

一  江川太郎左衛門、名は英竜、号は坦庵、字は九淵世々韮山の代官であって、高島秋帆の門に入り火術の蘊奥を極わめた英傑、和漢洋の学に秀で、多くの門弟を取り立てたが、中に二人の弟子が有って出藍の誉を謳われた。即ち、一人は川路聖謨、もう一人は佐久...
国枝史郎

生死卍巴—— 国枝史郎

占われたる運命は? 「お侍様え、お買いなすって。どうぞあなた様のご運命を」  こういう女の声のしたのは享保十五年六月中旬の、後夜《ごや》を過ごした頃であった。月が中空に輝いていたので、傍らに立っている旗本屋敷の、家根の甍《いらか》が光って見...
国枝史郎

正雪の遺書—— 国枝史郎

1  丸橋忠弥《まるばしちゅうや》召捕りのために、時の町奉行|石谷左近将監《いしがやさこんしょうげん》が与力同心三百人を率いて彼の邸へ向かったのは、慶安四年七月二十二日の丑刻《うしのこく》を過ぎた頃であった。  染帷《そめかたびら》に鞣革《...
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神秘昆虫館—– 国枝史郎

一 「お侍様というものは……」女役者の阪東|小篠《こしの》は、微妙に笑って云ったものである。「お強くなければなりません」 「俺は随分強いつもりだ」こう答えたのは一式小一郎で、年は二十三で、鐘巻流《かねまきりゅう》の名手であり、父は田安家《た...
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真間の手古奈—— 国枝史郎

一  一人の年老いた人相見が、三河の国の碧海郡の、八ツ橋のあたりに立っている古風な家を訪れました。  それは初夏のことでありまして、河の両岸には名に高い、燕子花《かきつばた》の花が咲いていました。  茶など戴こうとこのように思って、人相見は...
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十二神貝十郎手柄話—– 国枝史郎

ままごと狂女         一 「うん、あの女があれ[#「あれ」に傍点]なんだな」  大|髻《たぶさ》に黒紋付き、袴なしの着流しにした、大兵の武士がこういうように云った。独り言のように云ったのであった。  そこは稲荷堀の往来で、向こうに田...
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秀吉・家康二英雄の対南洋外交 ——国枝史郎

上  仏印問題、蘭印問題がわが国の関心事となり、近衛内閣はそれについて、満支、南洋をつつむ東亜新秩序を示唆する声明を発した。  これに関連して想起されることは、往昔に於ける日本の南洋政策のことである。       ×     ×      ...
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首頂戴—— 国枝史郎

一  サラサラサラと茶筌の音、トロリと泡立った緑の茶、茶碗も素晴らしい逸品である。それを支えた指の白さ! と、茶碗が下へ置かれた。  茶を立てたのは一人の美女、立兵庫にお裲襠《かいどり》、帯を胸元に結んでいる。凛と品のある花魁《おいらん》で...
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支那の思出 国枝史郎

私が支那へ行ったのは満洲事変の始まった年の、まだ始まらない頃であった。  上海、南京、蘇州、杭州、青島、旅順、大連、奉天と見て廻った。約一ヶ月を費した。  汽船は秩父丸であった。船がウースン河へ這入《はい》り、岸の楊柳が緑青のような色に萌え...
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三甚内—— 国枝史郎

一 「御用! 御用! 神妙にしろ!」  捕り方衆の叫び声があっちからもこっちからも聞こえて来る。  森然《しん》と更けた霊岸島の万崎河岸の向こう側で提灯の火が飛び乱れる。 「抜いたぞ! 抜いたぞ! 用心しろ」  口々に呼び合う殺気立った声。...
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沙漠の古都—— 国枝史郎

第一回 獣人         一 「マドリッド日刊新聞」の記事…… [#ここから4字下げ] 怪獣再び市中を騒がす。 [#ここから1字下げ]  去月十日午前二時燐光を発する巨大の怪獣|何処《いずこ》よりともなく市中に現われ通行の人々を脅かし府...
国枝史郎

今昔茶話—— 国枝史郎

今昔茶話 国枝史郎  一 風見章さんのこと  前司法大臣風見章閣下、と、こう書くと、ずいぶん凄いことになって、僕など手がとどかないことになる。しかし、前大阪朝日新聞記者風見章、と、こう書くと、僕といえども気安くもの[#「もの」に傍点]が云え...
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高島異誌—– 国枝史郎

妖僧の一泊 「……ええと、然らば、匁という字じゃ、この文字の意義ご存知かな?」  本条純八はやや得意気に、旧《ふる》い朋友の筒井松太郎へ、斯う改めて訊いて見た。二人は無聊のつれづれから、薄縁《うすべり》を敷いた縁側へ、お互にゴロリと転りなが...
国枝史郎

高島異誌—— 国枝史郎

妖僧の一泊 「……ええと、然らば、匁という字じゃ、この文字の意義ご存知かな?」  本条純八はやや得意気に、旧《ふる》い朋友の筒井松太郎へ、斯う改めて訊いて見た。二人は無聊のつれづれから、薄縁《うすべり》を敷いた縁側へ、お互にゴロリと転りなが...
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紅白縮緬組—— 国枝史郎

一 「元禄の政《まつりごと》は延喜に勝れり」と、北村季吟は書いているが、いかにも表面から見る時は、文物典章燦然と輝き、まさに文化の極地ではあったが、しかし一度裏へはいって見ると、案外諸所に暗黒面があって、蛆《うじ》の湧いているようなところが...
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甲州鎮撫隊—— 国枝史郎

滝と池 「綺麗《きれい》な水ですねえ」  と、つい数日前に、この植甚《うえじん》の家へ住込みになった、わたり[#「わたり」に傍点]の留吉《とめきち》は、池の水を見ながら、親方の植甚へ云った。 「これが俺《おれ》んとこの金箱さ」  と、石に腰...
国枝史郎

五右衛門と新左—– 国枝史郎

一 「大分世の中が静かになったな」  こう秀吉が徳善院へ云った。 「殿下のご威光でございます」  徳善院、ゴマを磨り出した。 「ところが俺は退屈でな」 「こまったものでございます」 「趣向は無いか、変った趣向は?」 「美人でもお集めになられ...