2019-05

岡本綺堂

半七捕物帳 あま酒売—-岡本綺堂

一 「また怪談ですかえ」と、半七老人は笑った。「時候は秋で、今夜は雨がふる。まったくあつらえ向きに出来ているんですが、こっちにどうもあつらえむきの種がないんですよ。なるほど、今とちがって江戸時代には怪談がたくさんありました。わたくしもいろい...
岡本綺堂

半七捕物帳 ズウフラ怪談—— 岡本綺堂

一  まず劈頭《へきとう》にズウフラの説明をしなければならない。江戸時代に遠方の人を呼ぶ機械があって、俗にズウフラという。それに就いて、わたしが曖昧《あいまい》の説明を試みるよりも、大槻《おおつき》博士の『言海』の註釈をそのまま引用した方が...
岡本綺堂

中国怪奇小説集 捜神記(六朝)——- 岡本綺堂

主人の「開会の辞」が終った後、第一の男は語る。 「唯今御主人から御説明がありました通り、今晩のお話は六朝《りくちょう》時代から始める筈で、わたくしがその前講《ぜんこう》を受持つことになりました。なんといっても、この時代の作で最も有名なものは...
岡本綺堂

半七捕物帳 旅絵師—– 岡本綺堂

一 「江戸時代の隠密《おんみつ》というのはどういう役なんですね」と、ある時わたしは半七老人に訊《き》いた。 「芝居や講釈でも御存知の通り、一種の国事探偵というようなものです」と、老人は答えた。「徳川幕府で諸大名の領分へ隠密を入れるというのは...
岡本綺堂

半七捕物帳 松茸—— 岡本綺堂

一  十月のなかばであった。京都から到来の松茸の籠《かご》をみやげに持って半七老人をたずねると、愛想のいい老人はひどく喜んでくれた。 「いや、いいところへお出でなすった、実は葉書でも上げようかと考えていたところでした。なに、別にこれという用...
岡本綺堂

半七捕物帳 海坊主—– 岡本綺堂

一 「残念、残念。あなたは運がわるい。ゆうべ来ると大変に御馳走があったんですよ」と、半七老人は笑った。  それは四月なかばのうららかに晴れた日であった。 「まったく残念でした。どうしてそんなに御馳走があったんです」と、わたしも笑いながら訊《...
岡本綺堂

半七捕物帳 冬の金魚— 岡本綺堂

一  五月のはじめに赤坂をたずねると、半七老人は格子のまえに立って、稗蒔売《ひえまきうり》の荷をひやかしていた。わたしの顔をみると笑いながら会釈《えしゃく》して、その稗蒔のひと鉢を持って内へはいって、ばあやにいいつけて幾らかの代を払わせて、...
岡本綺堂

世界怪談名作集 廃宅 エルンスト・テオドーア・アマーデウス・ホフマン Ernst Theodor Amadeus Hoffmann—- 岡本綺堂訳

諸君はすでに、わたしが去年の夏の大部分をX市に過ごしたことを御承知であろう――と、テオドルは話した。  そこで出逢った大勢《おおぜい》の旧友や、自由な快闊な生活や、いろいろな芸術的ならびに学問上の興味――こうしたすべてのことが一緒になって、...
岡本綺堂

半七捕物帳 広重と河獺——- 岡本綺堂

一  むかしの正本《しょうほん》風に書くと、本舞台一面の平ぶたい、正面に朱塗りの仁王門、門のなかに観音境内の遠見《とおみ》、よきところに銀杏の立木、すべて浅草公園仲見世の体《てい》よろしく、六区の観世物の鳴物にて幕あく。――と、上手《かみて...
岡本綺堂

白髪鬼—— 岡本綺堂

一  S弁護士は語る。  私はあまり怪談などというものに興味をもたない人間で、他人からそんな話を聴こうともせず、自分から好んで話そうともしないのですが、若いときにたった一度、こんな事件に出逢ったことがあって、その謎だけはまだ本当に解けないの...
岡本綺堂

半七捕物帳 菊人形の昔——- 岡本綺堂

一 「幽霊の観世物」の話が終ると、半七老人は更にこんな話を始めた。 「観世物ではまだこんなお話があります。こんにちでも繁昌している団子坂の菊人形、あれは江戸でも旧《ふる》いものじゃあありません。いったい江戸の菊細工は――などと、あなた方の前...
岡本綺堂

半七捕物帳 幽霊の観世物——- 岡本綺堂

一  七月七日、梅雨《つゆ》あがりの暑い宵であったと記憶している。そのころ私は銀座の新聞社に勤めていたので、社から帰る途中、銀座の地蔵の縁日をひやかして歩いた。電車のまだ開通しない時代であるから、尾張町の横町から三十間堀の河岸《かし》へかけ...
岡本綺堂

半七捕物帳 大森の鶏——- 岡本綺堂

一  ある年の正月下旬である。寒い風のふく宵に半七老人を訪問すると、老人は近所の銭湯《せんとう》から帰って来たところであった。その頃はまだ朝湯《あさゆ》の流行っている時代で、半七老人は毎朝六時を合図に手拭をさげて出ると聞いていたのに、日が暮...
岡本綺堂

水鬼—— 岡本綺堂

一  A君――見たところはもう四十近い紳士であるが、ひどく元気のいい学生肌の人物で、「野人《やじん》、礼にならわず。はなはだ失礼ではありますが……。」と、いうような前置きをした上で、すこぶる軽快な弁舌で次のごとき怪談を説きはじめた。  僕の...
岡本綺堂

半七捕物帳 弁天娘—– 岡本綺堂

一  安政と年号のあらたまった年の三月十八日であった。半七はこれから午飯《ひるめし》を食って、浅草の三社《さんじゃ》祭りを見物に出かけようかと思っているところへ、三十五六の男がたずねて来た。かれは神田の明神下の山城屋という質屋の番頭で、利兵...
岡本綺堂

半七捕物帳 薄雲の碁盤 ——-岡本綺堂

一  ある日、例のごとく半七老人を赤坂の家にたずねると、老人はあたかも近所の碁会所から帰って来た所であった。 「あなたは碁がお好きですか」と、わたしは訊いた。 「いいえ、別に好きという程でもなく、いわゆる髪結床《かみゆいどこ》将棋のお仲間で...
岡本綺堂

半七捕物帳 河豚太鼓—— 岡本綺堂

一  種痘の話が出たときに、半七老人はこんなことをいった。 「今じゃあ種痘《しゅとう》と云いますが、江戸時代から明治の初年まではみんな植疱瘡《うえぼうそう》と云っていました。その癖が付いていて、わたくしのような昔者《むかしもの》は今でも植疱...
岡本綺堂

蜘蛛の夢—— 岡本綺堂

一  S未亡人は語る。  わたくしは当年七十八歳で、嘉永《かえい》三年|戌歳《いぬどし》の生れでございますから、これからお話をする文久《ぶんきゅう》三年はわたくしが十四の年でございます。むかしの人間はませ[#「ませ」に傍点]ていたなどと皆さ...
岡本綺堂

半七捕物帳 川越次郎兵衛 ——岡本綺堂

一  四月の日曜と祭日、二日つづきの休暇を利用して、わたしは友達と二人連れで川越の喜多院の桜を見物して来た。それから一週間ほどの後に半七老人を訪問すると、老人は昔なつかしそうに云った。 「はあ、川越へお出ででしたか。わたくしも江戸時代に二度...
岡本綺堂

半七捕物帳 吉良の脇指—— 岡本綺堂

一  極月《ごくげつ》の十三日――極月などという言葉はこのごろ流行らないが、この話は極月十三日と大時代《おおじだい》に云った方が何だか釣り合いがいいようである。その十三日の午後四時頃に、赤坂の半七老人宅を訪問すると、わたしよりもひと足先に立...