2019-05

沖野岩三郎

山さち川さち—– 沖野岩三郎

一  昔、紀州《きしう》の山奥に、与兵衛《よへゑ》といふ正直な猟夫《かりうど》がありました。或日《あるひ》の事いつものやうに鉄砲|肩《かた》げて山を奥へ奥へと入つて行きましたがどうしたものか、其日《そのひ》に限つて兎《うさぎ》一|疋《ぴき》...
沖野岩三郎

源八栗 —–沖野岩三郎

一  もうりい博士は、みなとの汽船会社から、こまりきつたかほをして、かへつて来ました。それは、午後一時に、出るはずの汽船が、四時にのびたからです。  もうりい博士は今晩の八時から、次の町でお話をする、やくそくをしてあるのです。だから、四時の...
沖野岩三郎

硯箱と時計—– 沖野岩三郎

石之助《いしのすけ》が机にむかつて、算術をかんがへてゐますと、となりの金《きん》さんが来て、 「佐太《さだ》さん。石さんはよく勉強するね。きつと硯箱《すずりばこ》になりますよ。」と、言ひました。すると佐太夫は、 「いいえ。石之助はとても硯箱...
沖野岩三郎

熊と猪—— 沖野岩三郎

一  紀州《きしう》の山奥に、佐次兵衛《さじべゑ》といふ炭焼がありました。五十の時、妻《かみ》さんに死なれたので、たつた一人子の京内《きやうない》を伴《つ》れて、山の奥の奥に行つて、毎日々々木を伐《き》つて、それを炭に焼いてゐました。或日《...
沖野岩三郎

愚助大和尚—– 沖野岩三郎

愚助《ぐすけ》は忘れん坊でありました。何を教へましても、直《す》ぐ忘れてしまふので、お父様は愚助を馬鹿《ばか》だと思ひ込んで、お寺の和尚《をしやう》さまに相談にまゐりました。すると和尚さまは、 「其《そ》の子は御飯を食べますか。」と、ききま...
沖野岩三郎

岩を小くする—– 沖野岩三郎

後村上《ごむらかみ》天皇さまの皇子さまに、寛成《ひろなり》さまと申すお方がございました。  まだ、ごく御幼少の時、皇子さまは、多勢の家来たちと、御一しよに、吉野川の上流、なつみの川岸へ、鷹狩《たかがり》を御覧においでになりました。  川岸に...
沖野岩三郎

蚊帳の釣手—– 沖野岩三郎

一 万作《まんさく》は十二歳になりました。けれども馬鹿《ばか》だから字を書く事も本を読む事も出来ません。数の勘定もやつと一から十二までしか知らないのでした。 「おい万作! お前は幾歳《いくつ》になつた。」と問ひますと「十二です!」と元気よく...
沖野岩三郎

ばべるの塔—– 沖野岩三郎

まだ、電話も電信も、なんにもない、五六千年も、まへのおはなしです。  ひろいひろい、のはらを、みつけた男がありました。あまり、けしきがよいので、そのまんなかに、一けんの家を、たてました。すると、いつのまにか、われもわれもと、そこへ、何十万の...
沖野岩三郎

バークレーより——- 沖野岩三郎

サンフランシスコから渡船《フェリー》でオークランドに渡り、更にエス・ビーの電車で五哩程行くと、セミナリー・アヴェニュに出る。ここで下車して山手の方へ十町ばかり行くと、そこにユーカリプタスの森がある。その森の中には太平洋沿岸最古の女子大学ミル...
沖野岩三郎

にらめつくらの鬼瓦—– 沖野岩三郎

今雄《いまを》さんは、五年級甲組の一番でした。  京一《きやういち》さんは、五年級乙組の一番でした。  今雄さんのお父さまは、ごん七さんといふ名で、東山《ひがしやま》の中ほどに、大きな家を建てて、瓦屋《かはらや》をしてゐました。  京一さん...
沖野岩三郎

アラメダより——- 沖野岩三郎

アラメダの飛行場へ行った。 『飛行機に乗ろう?』 『およしなさい。落ちたら大変です。奥様に申訳がない。』  それはミセス山田の制止であった。そこへのこのこやって来たのはプーシャイドという男。おれの飛行機は美しいから見せてやろうという。見るだ...
岡本綺堂

雪女—— 岡本綺堂

一  O君は語る。  大正の初年から某商会の満洲支店詰を勤めていた堀部君が足かけ十年振りで内地へ帰って来て、彼が満洲で遭遇した雪女の不思議な話を聞かせてくれた。  この出来事の舞台は奉天《ほうてん》に近い芹菜堡子《ぎんさいほし》とかいう所だ...
岡本綺堂

火薬庫—— 岡本綺堂

例の青蛙堂主人から再度の案内状が来た。それは四月の末で、わたしの庭の遅桜も散りはじめた頃である。定刻の午後六時までに小石川の青蛙堂へ着到《ちゃくとう》すると、今夜の顔ぶれはこの間の怪談会とはよほど変わっていた。例によって夜食の御馳走になって...
岡本綺堂

こま犬—— 岡本綺堂

一  春の雪ふる宵に、わたしが小石川の青蛙堂に誘い出されて、もろもろの怪談を聞かされたことは、さきに発表した「青蛙堂鬼談」にくわしく書いた。しかしその夜の物語はあれだけで尽きているのではない。その席上でわたしがひそかに筆記したもの、あるいは...
岡本綺堂

五色蟹—— 岡本綺堂

一  わたしはさきに「山椒の魚」という短い探偵物語を紹介した。すると、読者の一人だというT君から手紙をよこして、自分もかつて旅行中にそれにやや似た事件に遭遇した経験をもっているから、何かの御参考までにその事実をありのままに御報告するといって...
岡本綺堂

経帷子の秘密—— 岡本綺堂

一  吉田君は語る。  万延元年――かの井伊大老の桜田事変の年である。――九月二十四日の夕七つ半頃(午後五時)に二挺の駕籠《かご》が東海道の大森を出て、江戸の方角にむかって来た。  その当時、横浜《ハマ》見物ということが一種の流行であった。...
岡本綺堂

兜 ——岡本綺堂

一  わたしはこれから邦原君の話を紹介したい。邦原君は東京の山の手に住んでいて、大正十二年の震災に居宅と家財全部を焼かれたのであるが、家に伝わっていた古い兜が不思議に唯ひとつ助かった。  それも邦原君自身や家族の者が取出したのではない。その...
岡本綺堂

女侠伝 ——岡本綺堂

一  I君は語る。  秋の雨のそぼ降る日である。わたしはK君と、シナの杭州、かの西湖《せいこ》のほとりの楼外楼《ろうがいろう》という飯館《はんかん》で、シナのひる飯を食い、シナの酒を飲んだ。のちに芥川龍之介氏の「支那游記」をよむと、同氏もこ...
岡本綺堂

廿九日の牡丹餅—— 岡本綺堂

一  六月末の新聞にこんな記事が発見された。今年は暑気が強く、悪疫《あくえき》が流行する。これを予防するには、家ごとに赤飯を炊《た》いて食えと言い出した者がある。それが相当に行われて、俄かに赤飯を炊いて疫病《やくびょう》よけをする家が少くな...
岡本綺堂

影を踏まれた女 ―「近代異妖編」—– 岡本綺堂

一  Y君は語る。  先刻も十三夜のお話が出たが、わたしも十三夜に縁のある不思議な話を知つてゐる。それは影を踏まれたといふことである。  影を踏むといふ子供遊びは今は流行《はや》らない。今どきの子供はそんな詰らない遊びをしないのである。月の...