横光利一

馬妖記—— 岡本綺堂

一  M君は語る。  僕の友人の神原君は作州《さくしゅう》津山《つやま》の人である。その祖先は小早川|隆景《たかかげ》の家来で、主人と共に朝鮮にも出征して、かの碧蹄館《へきていかん》の戦いに明《みん》の李如松《りじょしょう》の大軍を撃ち破っ...
岡本綺堂

鰻に呪われた男—— 岡本綺堂

一 「わたくしはこの温泉へ三十七年つづけて参ります。いろいろの都合で宿は二度ほど換えましたが、ともかくも毎年かならず一度はまいります。この宿へは震災前から十四年ほど続けて来ております。」  痩形《やせがた》で上品な田宮夫人はつつましやかに話...
岡本綺堂

半七捕物帳 お文の魂—-岡本綺堂

一  わたしの叔父は江戸の末期に生れたので、その時代に最も多く行はれた化物屋敷の不入《いらず》の間や、嫉み深い女の生靈《いきりやう》や、執念深い男の死靈や、さうしたたぐひの陰慘な幽怪な傳説を澤山《たくさん》に知つてゐた。しかも叔父は「武士た...
岡本綺堂

くろん坊 ——岡本綺堂

一  このごろ未刊随筆百種のうちの「享和《きょうわ》雑記」を読むと、濃州《のうしゅう》徳山くろん坊の事という一項がある。何人《なんぴと》から聞き伝えたのか知らないが、その附近の地理なども相当にくわしく調べて書いてあるのを見ると、全然架空の作...
岡本綺堂

半七捕物帳 三河万歳—-岡本綺堂

一  ある年の正月、門松《かどまつ》のまだ取れないうちに赤坂の家《うち》をたずねると、半七老人は格子の前に突っ立って、初春の巷《ちまた》のゆきかいを眺めているらしかった。 「やあ、いらっしゃい。まずおめでとうございます」  いつもの座敷へ通...
岡本綺堂

半七捕物帳 小女郎狐—-岡本綺堂

一  なにかのことから大岡政談の話が出たときに、半七老人は云った。 「江戸時代には定まった刑法がなかったように考えている人もあるようですが、それは間違いですよ。いくら其の時代だからといって、芝居や講釈でする大岡|捌《さば》きのように、なんで...
岡本綺堂

半七捕物帳 半七先生—-岡本綺堂

一  わたしがいつでも通される横六畳の座敷には、そこに少しく不釣合いだと思われるような大きい立派な額《がく》がかけられて、額には草書《そうしょ》で『報恩額』と筆太《ふでぶと》にしるしてあった。嘉永|庚戌《かのえいぬ》、七月、山村菱秋書という...
岡本綺堂

半七捕物帳 化け銀杏———- 岡本綺堂

一  その頃、わたしはかなり忙がしい仕事を持っていたので、どうかすると三月《みつき》も四月も半七老人のところへ御無沙汰することがあった。そうして、ときどき思い出したように、ふらりと訪ねてゆくと老人はいつも同じ笑い顔でわたしを迎えてくれた。 ...
岡本綺堂

二階から—— 岡本綺堂

二階からといって、眼薬をさす訳《わけ》でもない。私が現在|閉籠《とじこも》っているのは、二階の八畳と四畳の二間で、飯でも食う時のほかは滅多《めった》に下座敷などへ降りたことはない。わが家ながらあたかも間借りをしているような有様で、私の生活は...
岡本綺堂

半七捕物帳 むらさき鯉——- 岡本綺堂

一 「むかし者のお話はとかく前置きが長いので、今の若い方たちには小焦《こじ》れったいかも知れませんが、話す方の身になると、やはり詳しく説明してかからないと何だか自分の気が済まないというわけですから、何も因果、まあ我慢してお聴きください」  ...
岡本綺堂

半七捕物帳 あま酒売—-岡本綺堂

一 「また怪談ですかえ」と、半七老人は笑った。「時候は秋で、今夜は雨がふる。まったくあつらえ向きに出来ているんですが、こっちにどうもあつらえむきの種がないんですよ。なるほど、今とちがって江戸時代には怪談がたくさんありました。わたくしもいろい...
岡本綺堂

半七捕物帳 ズウフラ怪談—— 岡本綺堂

一  まず劈頭《へきとう》にズウフラの説明をしなければならない。江戸時代に遠方の人を呼ぶ機械があって、俗にズウフラという。それに就いて、わたしが曖昧《あいまい》の説明を試みるよりも、大槻《おおつき》博士の『言海』の註釈をそのまま引用した方が...
岡本綺堂

中国怪奇小説集 捜神記(六朝)——- 岡本綺堂

主人の「開会の辞」が終った後、第一の男は語る。 「唯今御主人から御説明がありました通り、今晩のお話は六朝《りくちょう》時代から始める筈で、わたくしがその前講《ぜんこう》を受持つことになりました。なんといっても、この時代の作で最も有名なものは...
岡本綺堂

半七捕物帳 旅絵師—– 岡本綺堂

一 「江戸時代の隠密《おんみつ》というのはどういう役なんですね」と、ある時わたしは半七老人に訊《き》いた。 「芝居や講釈でも御存知の通り、一種の国事探偵というようなものです」と、老人は答えた。「徳川幕府で諸大名の領分へ隠密を入れるというのは...
岡本綺堂

半七捕物帳 松茸—— 岡本綺堂

一  十月のなかばであった。京都から到来の松茸の籠《かご》をみやげに持って半七老人をたずねると、愛想のいい老人はひどく喜んでくれた。 「いや、いいところへお出でなすった、実は葉書でも上げようかと考えていたところでした。なに、別にこれという用...
岡本綺堂

半七捕物帳 海坊主—– 岡本綺堂

一 「残念、残念。あなたは運がわるい。ゆうべ来ると大変に御馳走があったんですよ」と、半七老人は笑った。  それは四月なかばのうららかに晴れた日であった。 「まったく残念でした。どうしてそんなに御馳走があったんです」と、わたしも笑いながら訊《...
岡本綺堂

半七捕物帳 冬の金魚— 岡本綺堂

一  五月のはじめに赤坂をたずねると、半七老人は格子のまえに立って、稗蒔売《ひえまきうり》の荷をひやかしていた。わたしの顔をみると笑いながら会釈《えしゃく》して、その稗蒔のひと鉢を持って内へはいって、ばあやにいいつけて幾らかの代を払わせて、...
岡本綺堂

世界怪談名作集 廃宅 エルンスト・テオドーア・アマーデウス・ホフマン Ernst Theodor Amadeus Hoffmann—- 岡本綺堂訳

諸君はすでに、わたしが去年の夏の大部分をX市に過ごしたことを御承知であろう――と、テオドルは話した。  そこで出逢った大勢《おおぜい》の旧友や、自由な快闊な生活や、いろいろな芸術的ならびに学問上の興味――こうしたすべてのことが一緒になって、...
岡本綺堂

半七捕物帳 広重と河獺——- 岡本綺堂

一  むかしの正本《しょうほん》風に書くと、本舞台一面の平ぶたい、正面に朱塗りの仁王門、門のなかに観音境内の遠見《とおみ》、よきところに銀杏の立木、すべて浅草公園仲見世の体《てい》よろしく、六区の観世物の鳴物にて幕あく。――と、上手《かみて...
岡本綺堂

白髪鬼—— 岡本綺堂

一  S弁護士は語る。  私はあまり怪談などというものに興味をもたない人間で、他人からそんな話を聴こうともせず、自分から好んで話そうともしないのですが、若いときにたった一度、こんな事件に出逢ったことがあって、その謎だけはまだ本当に解けないの...