佐々木味津三

旗本退屈男 第二話 続旗本退屈男—- 佐々木味津三

一  ――その第二話です。  前話でその面目の片鱗をあらましお話ししておいた通り、なにしろもう退屈男の退屈振りは、殆んど最早今では江戸御免の形でしたから、あの美男小姓霧島京弥奪取事件が、愛妹菊路の望み通り造作なく成功してからというもの、その...
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旗本退屈男 第一話 旗本退屈男 —–佐々木味津三

一  ――時刻は宵の五ツ前。  ――場所は吉原仲之町。  それも江戸の泰平《たいへい》が今絶頂という元禄《げんろく》さ中の仲之町の、ちらりほらりと花の便りが、きのう今日あたりから立ちそめかけた春の宵の五ツ前でしたから、無論|嫖客《ひょうきゃ...
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右門捕物帖 やまがら美人影絵— 佐々木味津三

1  その第三十八番てがらです。 「ご記録係!」 「はッ。控えましてござります」 「ご陪席衆!」 「ただいま……」 「ご苦労でござる」 「ご苦労でござる」 「みなそろいました」 「のこらず着席いたしました」 「では、川西|万兵衛《まんべえ》...
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右門捕物帖 血の降るへや—– 佐々木味津三

1  その第三十七番てがらです。  二月の末でした。あさごとにぬくみがまして江戸も二月の声をきくと、もう春が近い。  初午《はつうま》に雛市《ひないち》、梅見に天神祭り、二月の行事といえばまずこの四つです。  初午はいうまでもなく稲荷《いな...
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右門捕物帖 子持ちすずり—— 佐々木味津三

1  その第三十六番てがらです。  事の起きたのは正月中旬、えりにえってまたやぶ入りの十五日でした。 「えへへ……話せるね、まったく。一月万歳、雪やこんこん、ちくしょうめ、降りやがるなと思ったら、きょうにかぎってこのとおりのぽかぽか天気なん...
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右門捕物帖 左刺しの匕首—— 佐々木味津三

1  その第三十五番てがらです。  鼻が吹きちぎられるような寒さでした。  まったく、ひととおりの寒さではない。いっそ雪になったらまだましだろうと思われるのに、その雪も降るけしきがないのです。 「おお、つめてえ、ちきしょう。やけにまた寒がら...
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右門捕物帖 首つり五人男 —–佐々木味津三

1  その第三十四番てがらです。  事の起きたのは九月初め。  蕭々落莫《しょうしょうらくばく》として、江戸はまったくもう秋でした。  濠《ほり》ばたの柳からまずその秋がふけそめて、上野、両国、向島《むこうじま》、だんだんと秋が江戸にひろが...
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右門捕物帖 死人ぶろ ——佐々木味津三

1  その第三十三番てがらです。  朝ごとに江戸は深い霧でした……。  これが降りるようになると、秋が近い。秋が近づくと、江戸の町に景物が決まって二つふえる。角兵衛獅子《かくべえじし》に柳原お馬場の朝げいこ、その二つです。  トウトウトウト...
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右門捕物帖 朱彫りの花嫁—— 佐々木味津三

1  その第三十二番てがらです。  ザアッ――と、刷毛《はけ》ではいたようなにわか雨でした。空も川も一面がしぶきにけむって、そのしぶきが波をうちながら、はやてのように空から空へ走っていくのです。  まことに涼味|万斛《ばんこく》、墨田の夏の...
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右門捕物帖 毒を抱く女—— 佐々木味津三

1  その三十一番です。  江戸城、内濠《うちぼり》の牛《うし》ガ淵《ふち》。――名からしてあんまり気味のいい名まえではない。半蔵門から左へつづいたあの一帯が、今もその名の伝わる牛ガ淵ですが、むかしはあれを隠し井の淵ともいって、むしろそのほ...
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右門捕物帖 闇男—— 佐々木味津三

1  ――その第三十番てがらです。  事の起きたのは新緑半ばの五月初め。  さみだれにかわずのおよぐ戸口かな、という句があるが、これがさみだれを通り越してつゆになったとなると、かわずが戸口に泳ぐどころのなまやさしいものではない。へそまでもか...
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右門捕物帖 開運女人地蔵—– 佐々木味津三

1  その第二十九番てがらです……。  事の起きたのは四月初め。――もう春も深い。  小唄《こうた》にも、浮かれ浮かれて大川を、下る猪牙《ちょき》船影淡く、水にうつろうえり足は、紅の色香もなんじゃやら、エエまあ憎らしいあだ姿、という穏やかで...
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右門捕物帖 お蘭しごきの秘密— 佐々木味津三

1  ――その第二十八番てがらです。 「一ツ、三月十二日。チクショウメ、ふざけたまねをしやがる。女ノ女郎めが、不忍《しのばず》弁天サマ裏ニテ、お参リノ途中、腰ニ結ンデおったる、シゴキを盗み取られたとなり。くやしいが、ベッピンなり。昼間のこと...
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右門捕物帖 献上博多人形—— 佐々木味津三

1  ――その第二十七番てがらです。  場所は芝。事の起きたのは、お正月も末の二十四日でした。風流人が江戸雪といったあの雪です。舞いだしたとなると、鉄火というか、伝法というか、雪までがたいそうもなく江戸前に気短なところがあって、豪儀といえば...
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右門捕物帖 七七の橙 ——佐々木味津三

1  その第二十六番てがらです。  物語の起きたのは年改まった正月のそうそう。それも七草がゆのその七日の朝でした。起きても御慶、寝ても御慶の三カ日はとうにすぎたが、なにしろまだめでたいし、松の内はお昼勤めとお許しの出ているその出仕には時刻が...
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右門捕物帖 卒塔婆を祭った米びつ——- 佐々木味津三

1  その第二十五番てがらです。  事の起きたのは仲秋|上浣《じょうかん》。  鳶《とび》ノ巣山《すやま》初陣《ういじん》を自慢の大久保|彦左《ひこざ》があとにも先にもたった一度|詠《よ》んだという句に、 「おれまでが朝寝をしたわい月の宿」...
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右門捕物帖 のろいのわら人形 佐々木味津三

1  ――その第二十四番てがらです。  時は八月初旬。むろん旧暦ですから今の九月ですが、宵々《よいよい》ごとにそろそろと虫が鳴きだして、一年十二カ月を通じ、この月ぐらい人の世が心細く、天地|蕭条《しょうじょう》として死にたくなる月というもの...
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右門捕物帖 幽霊水 ——佐々木味津三

1  その二十三番てがらです。  時は真夏。それもお盆のまえです。なにしろ暑い。旧暦だからちょうど土用さなかです。だから、なおさら暑い。 「べらぼうめ、心がけが違うんだ、心がけがな。おいらは日ごろ善根を施してあるんで、ちゃあんとこういうとき...
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右門捕物帖 因縁の女夫雛—– 佐々木味津三

1  ――その第二十二番てがらです。  場所は少しく飛んで、いわゆる江戸八宿のうちの一つの新宿。竹にすずめは仙台《せんだい》侯、内藤様は下がり藤《ふじ》、と俗謡にまでうたわれたその内藤駿河守《ないとうするがのかみ》の広大もないお下屋敷が、街...
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右門捕物帖 妻恋坂の怪—— 佐々木味津三

1  ――その第二十一番てがらです。  事件の起きたのは、年を越して、それも松の内の二日《ふつか》。 「めでたさも中ぐらいなりおらが春」――というのが俳諧寺一茶《はいかいじいっさ》の句にありますが、中ぐらいでも、下の下の下々であっても、やり...