昔、ある村に重吉《じゅうきち》と六兵衛《ろくべえ》という二人の少年が住んでいました。二人は子供《こども》の時分から大の仲《なか》よしで、今まで一度だって喧嘩《けんか》をしたこともなく口論《こうろん》したことさえありませんでした。しかし奇妙《きみょう》なことには、重吉は目から鼻へ抜《ぬ》けるほどの利口者《りこうもの》でしたが、六兵衛は反対《はんたい》に何をやらせても、のろまで馬鹿《ばか》でした。また重吉の家は村一番の大金持ちでしたが、六兵衛の家は村一番の貧乏《びんぼう》でした。それでいて二人が兄弟のように仲がいいのですから、村の人々が不思議《ふしぎ》に思ったのも無理《むり》はありません。六兵衛は、その生まれつきの馬鹿のために、仲間《なかま》からしょっちゅうからかわれて、とんま[#「とんま」に傍点]の六兵衛というあだ名をつけられていました。
「とんま[#「とんま」に傍点]の六兵衛さん、川へ鰹節《かつおぶし》をつりに行かねえか。」
「お前とお父さんは、どっちがさきに生まれたんだい。」
こんなことを言われても、六兵衛は怒《おこ》りもせず、にやにや笑《わら》っているばかりでした。それを見ている重吉はつくづく六兵衛がかわいそうになりました。そしてどうしたら六兵衛を利口にして、金持ちにすることが出来るかと、そればかりを考えていました。それで、
「六さんは金持ちになりたくないかい?」と尋《たず》ねると、六さんは、
「うん、なりてえよ。」と答えます。
「利口《りこう》になりたくないかい?」と尋ねると、
「うん、なりてえよ。」と言って、いつものようににやにや笑《わら》っています。
ある日のこと、重吉《じゅうきち》はなにを思ったか、お父さんが大切にしまって置《お》いた掛《か》け物《もの》を、そっと取り出して、台所の片隅《かたすみ》にかくしてしまいました。するとお正月が来て、お父さんがその掛け物を床《とこ》の間へかけようとすると、いつもしまってある場所に見当たりません。お父さんはびっくりして、家中を探《さが》し回りましたが、どうしても見つかりません。お父さんは弱ってしまいました。これを見すまして重吉はお父さんの前に行って、
「お父さん、私の友達《ともだち》の六さんはうらないがうまいよ。だから掛け物のある場所をうらなわせてみてごらんよ。」と言いました。
すると、お父さんは笑《わら》いながら、
「なに、とんま[#「とんま」に傍点]の六兵衛《ろくべえ》がうらなうって? これほどさがしても見つからぬものを、あんな馬鹿《ばか》にどうしてわかるものかえ。」と言って、まるで取り合ってくれません。
「お父さん違《ちが》うよ。お父さんはまだ六兵衛さんのえらいことを知らないんだ。六兵衛さんはうらないにかけては日本一なんだよ。」
あまり重吉がまじめに言い張《は》るので、お父さんもついその気になって、
「じゃ一つうらなわせてみようか。」と言いましたので、とんま[#「とんま」に傍点]の六兵衛は、いよいよお父さんの掛け物のありかをうらなうことになりました。
「あのとんま[#「とんま」に傍点]の六兵衛のうらないが当たったら、あしたからおてんとう様が西から出らあ。」と、村の人々は笑《わら》いました。
使いのものにつれられて六兵衛《ろくべえ》は、重吉《じゅうきち》の家にやって来ました。そして座敷《ざしき》のまん中に落ちつきはらって座《すわ》り、勿体《もったい》ぶって考えていましたが、やがてぽんとひざを叩《たた》いて、とんま[#「とんま」に傍点]に似合《にあ》わないおごそかな声で言いました。
「皆《みな》さん、掛《か》け物《もの》のありかはわかりました。こちらです。」と言って台所の方をゆびさしました。そこで重吉のお父さんは、その台所のあたりを探《さが》しますと、果《は》たして掛け物が出て来ました。六兵衛は、もとより重吉から掛け物のありかを教えられていたのですから、こんなことはわけもないことだったのです。でも重吉のお父さん始め家の人々は、そんなことは知りませんから、六兵衛のうらないにびっくりしてしまいました。そして、
「六兵衛は、すばらしいうらないの名人だ。」ということがやがて家から村へ、村から城下《じょうか》へとひろがって、六兵衛は重吉のちょっとしたいたずら半分のはかりごとのために、うらないの大先生になってしまったのです。
ちょうどその頃《ころ》、その国の殿《との》様のお屋敷《やしき》につたわっている家宝《かほう》の名刀が、だれかのために盗《ぬす》まれました。これはまったくの一大事《いちだいじ》ですから、殿様は国中に命令《めいれい》を下して、盗人《ぬすびと》を探させましたが、どうしても見つけることが出来ませんでした。
その頃またちょうど、六兵衛先生の名が殿様のお耳に達《たっ》しました。そこで殿様は早速《さっそく》、六兵衛先生をむかえて、名刀のありかをうらなわせることになりました。
さすがの六兵衛もこれには驚《おどろ》きました。あんまり重吉のいたずらがすぎたために、とんだことになったと、内心びくびくしていますと、やがて殿様から使いがやって来て、六兵衛ははるばると殿様のお城《しろ》につれられて来ました。六兵衛《ろくべえ》は心配でたまりませんでした。どうしてうらなったらいいのかまるで見当もつきません。
さて、いよいよ明日は登城《とじょう》して、殿《との》様の御前《ごぜん》でうらないをするという晩《ばん》です。六兵衛はまんじりともせず考えこんでいましたが、なんにもいい考えは浮《う》かんで来ません。そのうちに頭がぼんやりして来たので、六兵衛は頭をひやすつもりで庭の方に出て行きました。と、その時、一|匹《ぴき》の虫が六兵衛の大きな鼻の穴《あな》へとびこんだのです。そこで六兵衛は、持ちまえの大声をはり上げて、
「ハックショ、ハックショ。」とくさめをしました。ところがだしぬけに、縁《えん》の下で何か言うものがありました。六兵衛は、
「だれだっ。」と言おうとしましたが、鼻の中がくすぐったいので、また大きなくさめをしました。と、こんどは、縁の下からおろおろ声で、
「ハイ、白状《はくじょう》いたします。実は私《わたくし》が殿様の名刀を盗《ぬす》んだものでございます。名高いうらないの先生がうらなうということをきいて、どんなものかと思って、今までここにしのんでいたのでございます。ところが、あなた様は私がここにしのんでいることまでうらない当てて、ただいま『白状、白状』と申されました。名刀は、お城《しろ》の裏《うら》のいちばん大きな松《まつ》の根元にうずめてありますから、どうぞ命だけはお助け下さいまし。」
六兵衛はこりゃすてきなことをきいたと思い、大|喜《よろこ》びで盗人《ぬすっと》はそのまま逃《に》がしてやりました。
次の日六兵衛は、生まれてから一度も手を通したことのない礼服《れいふく》をきせられ、お城に参上《さんじょう》しました。百|畳《じょう》敷《じき》もある大広間には、たくさんの家来《けらい》がきら星のようにずらりと居流《いなが》れています。六兵衛はとんま[#「とんま」に傍点]ですからあまり驚《おどろ》きませんでしたが、それでもおどおどしながら殿様の御前《ごぜん》に平伏《へいふく》しました。
「六兵衛《ろくべえ》とはその方か。御苦労《ごくろう》、御苦労。」と殿《との》様は声をかけました。
「さて、余《よ》の家に伝《つた》わる名刀のありかについて、そのうらないをその方に申しつける。正しく名刀のありかを判《はん》じ当てるならば、ぞんぶんの褒美《ほうび》を取らすぞ。」
六兵衛はこれをきくと、頭をあげてピョッコリとあいさつをして、
「はい、はい、ありがとうございます。」と答え、それから勿体《もったい》ぶって考えこみました。ずらりとならんでいる家来《けらい》たちは、せきばらい一つせず、六兵衛の振舞《ふるまい》を見ています。すると、やがて六兵衛はひざをぽんと叩《たた》いて、
「殿様、わかりました。お家の名刀はたしかに、お城《しろ》のうらのいちばん大きな松《まつ》の根元にうずめてございます。」と申し上げました。
そこで、家来たちがさっそくその松の根元を掘《ほ》って見ますと、果《は》たして宝物の名刀が出て来ました。
ところが殿様は、大|喜《よろこ》びと思いのほか、ことのほかの御立腹《ごりっぷく》でありました。
「さてはその方、あらかじめ自分で盗《ぬす》み、松の根元にかくし置《お》いたものにちがいあるまい。不届《ふとど》きもの奴《め》!」
こう言うや、殿様はそばの刀を取って引き抜《ぬ》こうとしました。とんま[#「とんま」に傍点]の六兵衛も、これには驚《おどろ》き、がたがたふるえ出しました。
すると、かたわらに座《すわ》っていた家来の一人が、
「恐《おそ》れながら申し上げます。当人はあだ名をとんま[#「とんま」に傍点]の六兵衛とか申し、生まれつきの馬鹿者《ばかもの》のゆえ、かかるものを切っては殿の刀のけがれ、いかがなものでしょうか、もう一度外のことをうらなわせて、それで当たらずば殿の前にて拙者《せっしゃ》が真っ二つにいたしましては。」
殿様も、これにも一理《いちり》があると思いましたのか、さっそく六兵衛《ろくべえ》を次のうらないに取りかからせました。
殿《との》様はこんどは、手のひらに何やら字を書きました。そしてその手のひらをかたくにぎって、言いました。
「こりゃ六兵衛、汝《なんじ》が盗人《ぬすっと》でない証拠《しょうこ》を見せるために、余《よ》の手のひらに書いた文字を当ててみよ。うまく判《はん》じ当てたならば、のぞみ通りの褒美《ほうび》をとらせよう。判じそこねた時は、汝の首は汝の胴《どう》にはつけて置《お》かぬぞ。」
さあこんどこそ、六兵衛も死にものぐるいです。どうかして考え出そうとしましたが、もとよりのろま[#「のろま」に傍点]でとんま[#「とんま」に傍点]なのですから、とうてい考え出せません。のろま[#「のろま」に傍点]のとんま[#「とんま」に傍点]でなくとも、これを判じ当てることはちょっと出来ないことでしょう。六兵衛は急に悲しくなりました。このまま自分は殿様に殺《ころ》されるのかと思うと、涙《なみだ》が出て来ました。
「コラ! 早く判じ当てんか。」と殿様は催促《さいそく》しました。
いよいよ絶体絶命《ぜったいぜつめい》です。これももとはといえば重吉《じゅうきち》のいたずらから出たことです。思えば重吉がうらめしくなりました。で、とうとう六兵衛はおろおろ声で、
「重吉さんがうらめしい。」と言おうとしましたが、涙《なみだ》が、こみ上げて来て、
「重……重……」とどもってしまいました。
「なに、十だと。六兵衛、でかしたでかした。」
殿様はさっと手をひろげて、そう叫《さけ》びました。
どうでしょう。殿様の手のひらには、たしかに十という字が書いてあったのです。六兵衛はびっくりするやら、ホッとするやら、夢《ゆめ》のような気がしてぼんやりしてしまいました。が、やがてたくさんの御褒美《ごほうび》をいただいて、喜《よろこ》び勇《いさ》んで村へ帰って来ました。
それからはだれも、六兵衛をとんまの六兵衛と呼《よ》ぶものはありませんでした。
底本:「あたまでっかち――下村千秋童話選集――」茨城県稲敷郡阿見町教育委員会
1997(平成9)年1月31日初版発行
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
1925(大正14)年7月
※表題は底本では、「とんまの六兵衛《ろくべえ》」となっています。
入力:林 幸雄
校正:富田倫生
2012年2月2日作成
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