その一
大海《おほうみ》かたち定めぬ劫初《はじめ》の代《よ》に
水泡《みなわ》の嵐たゆたふ千尋《ちひろ》の底。
折しも焔《ほのほ》はゆるき『時』の鎖《くさり》、
まひろく永き刻みに囚《とらは》れつつ、
群鳥《むらどり》翔《かけ》る翼のその噪《さわ》ぎと、
その疾《と》さあらめ、宛《あたか》も眠《ねぶ》り転《まろ》び、
無際の上枝《ほつえ》下枝《しづえ》を火の殻《から》負《お》ひ
這《は》ひもてわたる蝸牛《くわぎゆう》の姿しめす。
火と水、相遇はざりし心を、今、
夜《よ》とせば、かりそめならぬ朝や日や、
舞ひたつ疾風《はやち》歓喜《よろこび》空を揺《ゆ》りて、
擁《いだ》きぬ、触れぬ、燃えなす願ひよ、将《は》た、
霑《うるほ》すおもひよ、ここに力の芽《め》は
男子《をのこ》と燻《くゆ》りて、雙手《もろて》、見よ、披《ひら》けり。
その二
水と火、噫《あゝ》相遇へり、青き膏《あぶら》、
浮浪ただよふひまをかぎろひたち、
くちづけ、手握《たにぎ》るや、このひと時こそ
生命《いのち》の精《き》なれ、よろづの調《しらべ》のもと。
歌へり『劫初《ごふしよ》』、かかれば極《はて》のくまも
讃頌《ほめうた》こだまにこたへ、化《な》り出でたる
真白き姿―しぶきと消えぬ花や、
奇《くす》しきにほひ焔の蘂《ずゐ》をまとふ。
現ぜる女《をみな》よ、胸乳|抑《おそ》ふる手の
とこしへ解きもあへざる深きおもひ
つゝみて独りながむるけはひ著《し》るし
なべての秘事《ひめごと》孕《はら》むこは母ぞと
知れりや、水泡胡蝶のつばさ浮び、
千条《ちすじ》の烟いぶきて薫りみちぬ。
(月刊スケツチ 第十一号 明治三十九年二月)
底本:「蒲原有明論考」明治書院
1965(昭和40)年3月5日初版発行
初出:「月刊スケッチ 第十一号」
1906(明治39)年2月
入力:広橋はやみ
校正:小林繁雄
2010年12月8日作成
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