愚かな男の話—– 岡本かの子

「或る田舎に二人の農夫があった。両方共農作自慢の男であった。或る時、二人は自慢の鼻突き合せて喋《しゃ》べり争った末、それでは実際の成績の上で証拠を見せ合おうという事になった。それには互に甘蔗《かんしょ》を栽培して、どっちが甘いのが出来るか、それによって勝負を決しようと約束した。
 ところで一方の男が考えた。甘蔗は元来甘いものであるが、その甘いものへもって来て砂糖の汁を肥料としてかけたら一層甘い甘蔗が出来るに相違ない。これは名案々々! と、せっせと甘蔗の苗に砂糖汁をかけた。そしたら苗は腐ってしまった」

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「或ところに愚な男があった。知人が家屋を新築したというので拝見に出かけた。普請《ふしん》は上出来で、何処《どこ》も彼処《かしこ》も感心した中に特に壁の塗りの出来栄えが目に止まった。そこで男は知人に其の塗り方を訊いてみた。知人が言うには、此の壁は土に籾殻《もみがら》を混ぜて塗ったので斯《こ》う丈夫に出来たのであると答えた。
 愚な男は考えた。土に籾殻を混ぜてさえああ美事に出来るのである。一層、実の入っている籾を混ぜて塗ったらどんなに立派な壁が出来るだろう。そして今度は自分の家を新築する際に、此のプランを実行してみた。そしたら壁は腐った」
 以上二話とも、あまり意気込んで程度を越した考えは、却《かえ》って不成績を招くという道理の譬《たと》え話になるようである。

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「或るところに狡《ずる》くて知慧の足りない男があった。一月ばかり先に客を招んで宴会をすることになった。ところで其の宴会に使う牛乳であるが、相当|沢山《たくさん》の分量が要るのである。
 それを其の時、方々から買い集めるのでは費用もかかり手数もかかると、男は考えたのである。そこで知人から乳の出る牝牛を一ヶ月の約束で賃借りして庭に繋《つな》いで飼って置いた。
 牝牛の腹から出る牛乳を毎日|搾《しぼ》らずに牝牛の腹に貯めて置いたなら、宴会までには三十日分のものが貯って充分入用の量にはなるだろうと思ったのである。
 宴会の日が来た。男はしてやったり[#「してやったり」に傍点]と許《ばか》り牝牛の乳を搾った。そしたら牝牛の腹からはやっぱり一日分の分量しか牛乳は出なかった」

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「何か勲功《てがら》があったので褒美《ほうび》に王様から屠《ほふ》った駱駝《らくだ》を一匹|貰《もら》った男があった。男は喜んで料理に取りかかった。なにしろ大きな駱駝一匹料理するのであるから手数がかかる。切り剖く庖丁はじき切れなくなって何遍も研《と》ぎ直さねばならなかった。男は考えた。こう一々研ぎ直すのでは手数がかかってやり切れない。一遍に幾度分も研いどいてやろう。そこで男は二三日がかりで庖丁ばかり研ぎにかかった。
 かくて、庖丁の刃金は研ぎ減り、駱駝は暑気に腐ってしまった」

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「やはり愚な男があった。腹が減っていたので有り合せの煎餅《せんべい》をつまんでは食べた。一枚食べ、二枚食べして行って七枚目の煎餅を半分食べたとき、彼の腹はちょうど一ぱいになったのを感じた。男は考えた、腹をくちく[#「くちく」に傍点]したのは此の七枚目の半分であるのだ。さすれば前に食べた六枚の煎餅は無駄というものである。それからというものは、この男は腹が減って煎餅を食べるときには、先ず煎餅を取って数えた。一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、そしてこれ等の六枚の煎餅は数えただけで食わないのである。彼は七枚目に当った煎餅を口へ持って行き半分だけ食った。そしてそれだけでは一向腹がくちく[#「くちく」に傍点]ならないのを如何にも不思議そうに考え込んだ」(百喩経より)

底本:「岡本かの子全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1994(平成6)年2月24日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集 第十四卷」冬樹社
   1977(昭和52)年5月15日初版第1刷
初出:「キング」講談社
   1936(昭和11)年5月号
入力:門田裕志
校正:オサムラヒロ
2008年10月15日作成
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