悪魔の尾—– 宮原晃一郎

 それはずつと大昔のことでした。その頃《ころ》は地球が出来てからまだ新しいので、人間はもちろんのこと、鳥や獣すら住まつてゐませんでした。住まつてゐるものはたゞ悪魔ばかりであつたのです。
 悪魔たちはみんな恐ろしく長い尾をもつてをりましたので、それを人間で言へば槍《やり》や刀の代りに使つて、のべつ幕なしに喧嘩《けんくわ》をしたり、戦争をしたり、始末におへないので、世界中は治まりがつきませんでした。
 こんな悪い悪魔たちでも、やはり仲間とは一緒に住みたいと見えて、とある山の中ほどに大きな湖水のある、見晴らしのよい場所を見付けて、市街をつくつてゐました。
 けれどもこの湖からは、一筋の大きな河が流れて丁度《ちやうど》悪魔の市《まち》の真ん中をとほるものですから、いつかしら悪魔たちは右の岸、左の岸と二派に分れましたので、とう/\喧嘩を始めました。すると両方へどこからともなく他の悪魔が来て、加勢するものですから、その喧嘩が愈々《いよいよ》大きくなり、遂《つひ》に戦争になつてしまひました。
 それからといふものは、夜昼の区別なく、春夏秋冬、年がら年中、のべつ幕なしの大戦争で、お互に敵に打勝つ手段を考へては、その魔法をつかつて戦ひました。
 腹の黒い悪魔の吐く息は、雲か霞《かすみ》のやうに空を立《たて》こめて、まだ生れてから若い、お天道様の美しい光りも覆ひ隠し、地上はまだ世界がひらけない前のやうに真暗《まつくら》になりました。おまけに唸《うな》り合ひ、啀《いが》み合ふ声は、山々谷々をゆり動かし、足踏み鳴らすその響は地震と雷とを一緒くたにしたやうで、その恐ろしさといつたらありません。
 右の岸の悪魔が大きな岩を雨か霰《あられ》のやうに投げつければ、左の岸の悪魔は、まるで火山のやうに口から火焔《くわえん》を噴き出すといふ具合で、互に魔法のありつたけを尽して戦争しましたが、いたづらに双方が怪我《けが》をしたり、死んだりするばかりで、一向勝負はつきません。
 ところで丁度その時分、神様は余り世界が悪魔ばかりでは、殺風景だからと言つて、鳥や獣や、それから人間もこしらへて、住まはせようと、まづ、草や木の種子《たね》をお播《ま》きになつたのが、ほんの少しばかり芽を出しかけてをりました。それだのに悪魔どもがこの大戦争を始めましたおかげで、せつかくの神様の思召《おぼしめし》も無駄《むだ》になつて、そんなものは皆踏みにじられ焼き枯らされてしまひました。
 けれどもこの悪魔のうちに、一|疋《ぴき》の大きな悪魔がゐました。この悪魔は体が大きいばかりでなく、魔術を一番沢山知つてゐて、元は神様の御使ひの一等よい一人でありましたから、よく神様の御心《みこころ》を察することが出来ました。ですから、自分では余り戦争なんて下らないことはしないで、他の悪魔が一生懸命に生命《いのち》の取遣《とりや》りをしてゐるのに、お尻《しり》をそこにドツカと据《す》ゑ込み、煙草なんか吹かして、たゞ見てゐるだけでした。
 ところが、こんなに戦争がひどくなると、大悪魔はお日様が曇るやうな大きな眉《まゆ》のよせ方をして、独り言を申しました。
「これはどうも賢いことでない。こんなに大きな戦争を永く続けては、しまひには我々悪魔の種族は皆殺されて、根絶やしになつてしまふ。ひよつとしたら、神様もそのつもりで、黙つて、内輪喧嘩をおゆるしになつてゐるのかも知れない。せつかく神様がお播きになつた木や草の種子までも、悪魔が踏み荒しても黙つておいでなさるところを見ると、これからおつくりになる人間にこの世界を渡してしまふため、先づ悪魔同志喧嘩をさして、悪魔が自分から滅びるやうにお仕掛なすつたかも知れない。これは早く戦争をやめさしたがいゝぞ。」
 で、大悪魔は大きな声で叫びました。まつたく大きな声――まるでお寺の鐘を千も一時に搗《つ》き鳴らしたやうな大きな声で、ゴーンと山から山へ、谷から谷へ響き渡るほどの声で叫びました。
「皆しづまれツ! 戦争|止《や》めツ!」
 とにかく、大悪魔の声に、戦争は一時中止されました。けれども平和会議を開いて、今後は悪魔の仲間では、戦争をしないことにきめなければなりません。
 さて当日の会議には例の大悪魔が大演説をやりました。
「諸君、私《わたし》は神様が人間といふものをこの世界におつくりになつて、それに世界ぢうのものを皆与へ、世界の主とする御決心をなさつたことを勘付きました。諸君の足の下に踏みにじつた草や木の芽生えはその人間にお与へになるつもりで、おつくりなされたものです。神様は私共悪魔がこの世界にゐることをお好みなさらんので、どこか遠い/\ところへ追ひやつておしまひなさるつもりです。なぜかといへば悪魔がゐては人間の邪魔になるからです。神様は深く人間をお愛しになつて、その心に十分の九まで自分の魂をお吹込みなさるつもりです。ですから殆《ほと》んど神様と同じになるわけです。たゞあと一分だけをお残しになつて、神様との区別となさるのであります。しかし人間が本当に神様の思召《おぼしめし》どほりの行ひをするなら、その残りの一分も神様の御心を頂戴《ちやうだい》出来て神様と同じになれるのです。さうなつたら大変です。我々悪魔はもうこの世にはをられません。たゞ幸なことには、人の魂のその残りの一分には我々悪魔も又指をいれることが出来ます。ですから我々はそこにつけこんで、そこから人間の魂を全部腐らしてしまへばよいわけです。しかし今のやうに我々悪魔の仲間が戦争ばかりしてゐては、皆自滅してしまふばかりですから、これからは仲よくして、力を合せて人間を堕落させることに致しませう。」
 ところが他の悪魔たちは、この大悪魔ほど悧巧《りかう》でなかつたものですから、その言葉を聞きいれません。
「あいつ。いゝ加減なこと言つてゐやがる。」
「さうとも、あんなずるい奴《やつ》だから、何をたくらんでゐるか知れやしない。」
「えらさうなことを言つて、自分がこの悪魔の国の王様になるつもりだらう。」
「さうにちがひない。」
「やつゝけろ。」
「殺してしまへ。」
 一人が言へば二人、三人と、しまひには、ありつたけの悪魔がよつてたかつて、この大悪魔ひとりをめがけて、打つて、かゝりました。
 大悪魔はたゞ一人ではかなひませんから、放々のていで逃げ出しました。すると悪魔は皆ドン/\後を追ひかけて来ます。丁度《ちやうど》大悪魔が山の湖の岸まで逃げて来たとき、追ひつかれさうで、大分危くなりました。でどうしようかと困つてゐるとき、ふと思ひ付いたのは例の力強い尾です。大悪魔はこれはよいことがあると、その尾を振つて地面を一打ち打ちました。すると、地面が大きく裂けて、その割れ目へ湖の水がどし/\流れ込み、大きな河になりました。ですから追つて来た悪魔のうち、足の早い者だけがこの割れ目を跳び越してゐましたけれど、後《おく》れたものはその中に落ちて、アブ/\/\しながら、溺《おぼ》れるやら、流されるやら大騒ぎでした。
 けれども割れ目をとんだ悪魔も沢山ゐましたから、そんな奴がやはり追つかけて来ます。
 また/\近く追ひつかれさうになりましたから、二度大悪魔は例の尾で力一ぱいに地面を打ちますと地面は割れて、湖の水が流れ込みました。今度の割れ目は前のよりも大きかつたので、また沢山の悪魔が落込みました。
 けれども悪魔の方はあとからつゞいてくる者が多いので、やはりドン/\と追ひかけて、また/\追ひつかれさうになります。大悪魔は苦しくて/\たまらないものですから、三度目には力一ぱい、無茶苦茶に尾で地面をたゝきつけましたので、いくつもいくつも大きな河が出来て、湖から水が矢を射るやうにゴウ/\音を立てゝ流れました。追ひかけて来た悪魔どもは大抵その中に落ちて、海へ押し流されてしまひました。
 大悪魔は、だいぶ働いたので、すつかり疲れ、ぐつたりとして道端に臥《ね》てゐましたが、ふと気がついて驚いたのは、自分の強い尾がなくなつてゐることでした。
「あんまり強く地面をたゝいたので、切れてしまつたものと見える。」と大悪魔はそこをさがしてみましたが、きつと河の中に落ちて、水に流されたのでせう。影も形も見えませんでした。
「驚いた/\、尾がなくなつたら、どうして他の悪魔を防げるだらうか。」
 大悪魔は心配しながら、自分が拵《こしら》へた、大きな川を幾つも/\跳び越えて、自分の家に帰りました。
 けれども他の悪魔から攻撃を受ける心配はなくなつてゐました。といふのは大悪魔の敵はみな大抵川に溺れて死んでしまつたからでした。で後に残つた僅《わづ》かの悪魔に、仲間同志の喧嘩は決してするものでない。それよりも人間がいまに出来たら、その魂をくさらすことに力をいれるがよいと教へました。他の悪魔どもゝ今度はよく分りましたから、もう手向ひせず、大悪魔の家来になりましたので、大悪魔の子孫はだん/\数がふへて、地上に栄えました。けれどもそれからは皆尾がなくなりましたので、悪魔の姿は大変人間にまぎらはしくなり、その為《た》め愚な人間は悪魔と友達になつて堕落しました。たゞ賢い人の眼《め》にだけは、その無い尾がちやんと見えるので、どんなにうまく化けても悪魔の正体はすぐ分るのです。

底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「悪魔の尾」講談社
   1927(昭和2)年2月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1924(大正13)年8月
入力:tatsuki
校正:鈴木厚司
2005年8月21日作成
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