国枝史郎

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鸚鵡蔵代首伝説—— 国枝史郎

仇な女と少年武士 「可愛い坊ちゃんね」 「何を申す無礼な」 「綺麗な前髪ですこと」 「うるさい」 「お幾歳《いくつ》?」 「幾歳でもよい」 「十四、それとも十五かしら」 「うるさいと申すに」 「お寺小姓? それとも歌舞伎の若衆?」 「斬るぞ...
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鵞湖仙人—— 国枝史郎

一 時は春、梅の盛り、所は信州諏訪湖畔。  そこに一軒の掛茶屋があった。  ヌッと這入って来た武士《さむらい》がある。野袴に深編笠、金銀こしらえの立派な大小、グイと鉄扇を握っている、足の配り、体のこなし、将しく武道では入神者。 「よい天気だ...
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鴉片を喫む美少年—- 国枝史郎

1 (水戸の武士早川弥五郎が、清国|上海《シャンハイ》へ漂流し、十数年間上海に居り、故郷の友人吉田惣蔵へ、数回長い消息をした。その消息を現代文に書きかえ、敷衍し潤色したものがこの作である。――作者附記) 友よ、今日は「鴉片を喫む美少年」の事...
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岷山の隠士——- 国枝史郎

1 「いや彼は隴西《ろうせい》の産だ」 「いや彼は蜀《しょく》の産だ」 「とんでもないことで、巴西《はせい》の産だよ」 「冗談を云うな山東《さんとう》の産を」 「李広《りこう》[#「李広《りこう》」は底本では「季広《りこう》」]の後裔だとい...
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柳営秘録かつえ蔵—- 国枝史郎

1  天保元年正月五日、場所は浅草、日は午後《ひるさがり》、人の出盛る時刻であった。大道手品師の鬼小僧、傴僂《せむし》で片眼で無類の醜男《ぶおとこ》、一見すると五十歳ぐらい、その実年は二十歳《はたち》なのであった。 「浅草名物鬼小僧の手品、...
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名人地獄—— 国枝史郎

消えた提灯《ちょうちん》、女の悲鳴「……雪の夜半《よわ》、雪の夜半……どうも上《かみ》の句が出ないわい」  寮のあるじはつぶやいた。今、パッチリ好《よ》い石を置いて、ちょっと余裕が出来たのであった。 「まずゆっくりお考えなされ。そこで愚老は...
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娘煙術師——- 国枝史郎

楽書きをする女 京都所司代の番士のお長屋の、茶色の土塀《どべい》へ墨《すみ》黒々と、楽書きをしている女があった。  照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧《おぼろ》月夜にしくものはなしと、歌人によって詠ぜられた、それは弥生《やよい》の春の夜のこと...
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北斎と幽霊—– 国枝史郎

一 文化年中のことであった。  朝鮮の使節が来朝した。  家斉《いえなり》将軍の思《おぼ》し召しによって当代の名家に屏風を描かせ朝鮮王に贈ることになった。  柳営|絵所《えどころ》預りは法眼|狩野融川《かのうゆうせん》であったが、命に応じて...
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八ヶ嶽の魔神—— 国枝史郎

邪宗縁起         一 十四の乙女《おとめ》久田姫は古い物語を読んでいる。 (……そは許婚《いいなずけ》ある若き女子《おなご》のいとも恐ろしき罪なりけり……) 「姫やどうぞ読まないでおくれ。妾《わたし》聞きたくはないのだよ」 「いいえ...
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日置流系図—— 国枝史郎

帷子姿の半身 トントントントントントン……トン。  表戸を続けて打つ者がある。 「それまた例のお武家様だ……誰か行って潜戸《くぐり》を開けてやんな」  こう忠蔵は云いながらズラリと仲間を見廻したが俺が開けようというものはない。  トントント...
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二人町奴—— 国枝史郎

1 「それ喧嘩だ」 「浪人組同志だ」 「あぶないあぶない、逃げろ逃げろ」  ワーッ[#「ワーッ」は底本では「ワーツ」]と群衆なだれを打ち、一時に左右へ開いたが、遠巻きにして眺めている。  浪人組の頭深見十左衛門、その子息の十三郎、これが一方...
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南蛮秘話森右近丸—- 国枝史郎

1 「将軍|義輝《よしてる》が弑《しい》された。三好|長慶《ちょうけい》が殺された、松永|弾正《だんじょう》も殺された。今は下克上の世の中だ。信長が義昭を将軍に立てた。しかし間もなく追って了《しま》った。その信長も弑されるだろう。恐ろしい下...
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独逸の範とすべき点—-国枝史郎

第一次世界戦争での戦敗国といえば、いうまでもなく独逸《ドイツ》であるが、その独逸《ドイツ》から表現主義文学という、破天荒の形式の文学が産れて、世界の芸術界を驚倒させた。  ゲオルク、カイゼルなどがその代表的作家であり「朝から夜中まで」などが...
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銅銭会事変—— 国枝史郎

女から切り出された別れ話 天明六年のことであった。老中筆頭は田沼主殿頭《たぬまとのものかみ》、横暴をきわめたものであった。時世は全く廃頽期《はいたいき》に属し、下剋上の悪風潮が、あらゆる階級を毒していた。賄賂請託《わいろせいたく》が横行し、...
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天草四郎の妖術—– 国枝史郎

一 天草騒動の張本人天草四郎時貞は幼名を小四郎と云いました。九州天草大矢野郷越野浦の郷士であり曾ては小西行長の右筆まで為た増田甚兵衛の第三子でありましたが何より人を驚かせたのは其珠のような容貌で、倫を絶した美貌のため男色流行の寛永年間として...
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天主閣の音—— 国枝史郎

一 元文年間の物語。――  夜な夜な名古屋城の天主閣で、気味の悪い不思議な唸り声がした。  天主閣に就いて語ることにしよう。 「尾張名古屋は城で持つ」と、俚謡《りよう》にまでも唄われている、その名古屋の大城は、慶長十四年十一月から、同十六年...
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稚子法師——- 国枝史郎

一 木曽の代官山村蘇門は世に謳《うた》われた学者であったが八十二才の高齢を以て文政二年に世を終った。謙恭温容の君子であったので、妻子家臣の悲嘆は殆ど言語に絶したもので、征矢野《そやの》孫兵衛、村上右門、知遇を受けた此両人などは、当時の国禁を...
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大鵬のゆくえ—– 国枝史郎

吉備彦来訪 読者諸君よ、しばらくの間、過去の事件について語らしめよ。……などと気障《きざ》な前置きをするのも実は必要があるからである。  一人の貧弱《みすぼらし》い老人が信輔《のぶすけ》の邸を訪ずれた。  平安朝時代のことである。  当時藤...
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大捕物仙人壺—— 国枝史郎

1 女軽業の大一座が、高島の城下へ小屋掛けをした。  慶応末年の夏の初であった。  別荘の門をフラリと出ると、伊太郎《いたろう》は其方《そっち》へ足を向けた。 「いらはいいらはい! 始まり始まり!」と、木戸番の爺《おやじ》が招いていた。 「...
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村井長庵記名の傘—- 国枝史郎

娘を売った血の出る金  今年の初雷の鳴った後をザーッと落して来た夕立の雨、袖を濡らして帰って来たのは村井長庵と義弟《おとうと》十兵衛、十兵衛の眼は泣き濡れている。  年貢の未進も納めねばならず、不義理の借金も嵩んでいる、背に腹は代えられぬ。...