佐々木味津三

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老中の眼鏡—— 佐々木味津三

一  ゆらりとひと揺《ゆ》れ大きく灯《ほ》ざしが揺れたかと見るまに、突然パッと灯《あか》りが消えた。奇怪な消え方である。 「……?」  対馬守《つしまのかみ》は、咄嗟《とっさ》にキッとなって居住いを直すと、書院のうちの隅《すみ》から隅へ眼を...
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流行暗殺節—– 佐々木味津三

一 「足音が高いぞ。気付かれてはならん。早くかくれろっ」  突然、鋭い声があがったかと思うと一緒に、バラバラと黒い影が塀《へい》ぎわに平《ひら》みついた。  影は、五つだった。  吸いこまれるように、黒い板塀の中へとけこんだ黒い五つの影は、...
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十万石の怪談—- 佐々木味津三

一  燐《りん》の火だ!  さながらに青白く燃えている燐の火を思わすような月光である。――書院の障子いちめんにその月光が青白くさんさんとふりそそいで、ぞおっと襟首《えりくび》が寒《さ》む気《け》立つような夜だった。  そよとの風もない……。...
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山県有朋の靴 佐々木味津三

一 「平七《へいしち》。――これよ、平七平七」 「…………」 「耳が遠いな。平七はどこじゃ。平《へい》はおらんか!」 「へえへえ。平はこっちにおりますんで、只今、お靴《くつ》を磨《みが》いておりますんで」 「庭へ廻れ」 「へえへえ。近ごろま...
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旗本退屈男 第十一話 千代田城へ乗り込んだ退屈男—- 佐々木味津三

一  その第十一話です。少し長物語です。  神田明神《かんだみょうじん》の裏手、江戸ッ児が自慢のご明神様だが、あの裏手は、地つづきと言っていい湯島天神へかけて、あんまり賑やかなところではない。藤堂家《とうどうけ》の大きな屋敷があって、内藤豊...
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旗本退屈男 第十話 幽霊を買った退屈男—— 佐々木味津三

一  ――その第十話です。 「おういよう……」 「何だよう……」 「かかった! かかった! めでたいお流れ様がまたかかったぞう!」 「品は何だよう!」 「対《つい》じゃ。対じゃ。男仏《おぼとけ》、女仏《めぼとけ》一対が仲よく抱きあっておるぞ...
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旗本退屈男 第九話 江戸に帰った退屈男—— 佐々木味津三

一  ――その第九話です。  とうとう江戸へ帰りました。絲の切れた凧《たこ》のような男のことであるから、一旦退屈の虫が萌《きざ》して来たら最後、気のむくまま足のむくまま、風のまにまに、途方もないところへ飛んで行くだろうと思われたのに、さても...
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旗本退屈男 第八話 日光に現れた退屈男 ——佐々木味津三

一  ――その第八話です。  現れたところは日光。  それにしても全くこんな捉まえどころのない男というものは沢山ない。まるで煙のような男です。仙台から日光と言えば、江戸への道順は道順であるから、物のはずみでふらふらとここへ寄り道したのに不思...
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旗本退屈男 第七話 仙台に現れた退屈男—— 佐々木味津三

一  ――第七話です  三十五反の帆を張りあげて行く仙台《せんだい》石《いし》の巻とは、必ずしも唄空事《うたそらごと》の誇張ではない。ここはその磯節にまでも歌詞滑らかに豪勢さを謳《うた》われた、関東百三十八大名の旗頭《はたがしら》、奥羽五十...
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旗本退屈男 第六話 身延に現れた退屈男—— 佐々木味津三

一  その第六話です。  シャン、シャンと鈴が鳴る……。  どこかでわびしい鈴が鳴る……。  駅路の馬の鈴にちがいない。シャン、シャンとまた鳴った。  わびしくどこかでまた鳴った。だが、姿はない。  どこでなるか、ちらとの影もないのです。見...
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旗本退屈男 第五話 三河に現れた退屈男 ——佐々木味津三

一  ――その第五話です。  まことにどうも退屈男は、言いようもなく変な男に違いない。折角京までやって来たことであるから、長崎、薩摩とまでは飛ばなくとも、せめて浪華《なにわ》あたりにその姿を現すだろうと思われたのに、いとも好もしくいとも冴《...
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旗本退屈男 第四話 京へ上った退屈男—— 佐々木味津三

一  その第四話です。  第三話において物語ったごとく、少しばかり人を斬り、それゆえに少し憂欝になって、その場から足のむくまま気の向くままの旅を思い立ち、江戸の町の闇から闇を縫いながら、いずこへともなく飄然《ひょうぜん》と姿を消したわが退屈...
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旗本退屈男 第三話 後の旗本退屈男—- 佐々木味津三

一  ――その第三話です。  江戸年代記に依りますと、丁度この第三話が起きた月――即ち元禄七年の四月に至って、お犬公方《いぬくぼう》と綽名《あだな》をつけられている時の将軍|綱吉《つなよし》の逆上は愈々その極点に達し、妖僧|護持院隆光《ごう...
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旗本退屈男 第二話 続旗本退屈男—- 佐々木味津三

一  ――その第二話です。  前話でその面目の片鱗をあらましお話ししておいた通り、なにしろもう退屈男の退屈振りは、殆んど最早今では江戸御免の形でしたから、あの美男小姓霧島京弥奪取事件が、愛妹菊路の望み通り造作なく成功してからというもの、その...
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旗本退屈男 第一話 旗本退屈男 —–佐々木味津三

一  ――時刻は宵の五ツ前。  ――場所は吉原仲之町。  それも江戸の泰平《たいへい》が今絶頂という元禄《げんろく》さ中の仲之町の、ちらりほらりと花の便りが、きのう今日あたりから立ちそめかけた春の宵の五ツ前でしたから、無論|嫖客《ひょうきゃ...
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右門捕物帖 やまがら美人影絵— 佐々木味津三

1  その第三十八番てがらです。 「ご記録係!」 「はッ。控えましてござります」 「ご陪席衆!」 「ただいま……」 「ご苦労でござる」 「ご苦労でござる」 「みなそろいました」 「のこらず着席いたしました」 「では、川西|万兵衛《まんべえ》...
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右門捕物帖 血の降るへや—– 佐々木味津三

1  その第三十七番てがらです。  二月の末でした。あさごとにぬくみがまして江戸も二月の声をきくと、もう春が近い。  初午《はつうま》に雛市《ひないち》、梅見に天神祭り、二月の行事といえばまずこの四つです。  初午はいうまでもなく稲荷《いな...
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右門捕物帖 子持ちすずり—— 佐々木味津三

1  その第三十六番てがらです。  事の起きたのは正月中旬、えりにえってまたやぶ入りの十五日でした。 「えへへ……話せるね、まったく。一月万歳、雪やこんこん、ちくしょうめ、降りやがるなと思ったら、きょうにかぎってこのとおりのぽかぽか天気なん...
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右門捕物帖 左刺しの匕首—— 佐々木味津三

1  その第三十五番てがらです。  鼻が吹きちぎられるような寒さでした。  まったく、ひととおりの寒さではない。いっそ雪になったらまだましだろうと思われるのに、その雪も降るけしきがないのです。 「おお、つめてえ、ちきしょう。やけにまた寒がら...
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右門捕物帖 首つり五人男 —–佐々木味津三

1  その第三十四番てがらです。  事の起きたのは九月初め。  蕭々落莫《しょうしょうらくばく》として、江戸はまったくもう秋でした。  濠《ほり》ばたの柳からまずその秋がふけそめて、上野、両国、向島《むこうじま》、だんだんと秋が江戸にひろが...