右門捕物帖 足のある幽霊—— 佐々木味津三

     

 ――今回は第十三番てがらです。
 それがまた妙なもので、あとを引くと申しますのか、それともこういうのがまえの世からの約束ごととでも申しますのか、この十三番てがらにおいて、ひきつづき、またまたあのあばたの敬四郎がおちょっかいを出して、がらにもなく右門とさや当てをすることになりましたから、まことに捕物《とりもの》名人としては、こうるさい同僚をかたき役に持ったというべきですが、事の端を発しましたのは、二月もずっと押しつまって、二十八日の朝でした。
 しばしば申しますとおり、二月は二月であっても旧暦の二月なんだから、もう少しはぽかぽかしてもいっこうに不思議はないはずですが、それにしてもちょっと狂い陽気で、おまけに朝からしとしとと、絹糸のような小ぬか雨です。いきにいえば、忍び音の糸もみだるる春の雨――というあの雨なのですが、あいきょう者の伝六は来ず、たずねていくべき四畳半はなし、せっかくいきな春雨が降るのに、寝ころがってあごばかりまさぐっていても芸のない話だと思いつきましたものでしたから、ふと右門の気がついたところは、このごろ席を始めたという向こう横町の碁会席でありました。
 さいわいご番所は非番でしたので、まだちっと時刻が早すぎるとは思いましたが、久方ぶりにしみじみと碁でも打ちながら、いきな春雨に聞きほれるのも時にとっての風流と思いましたものでしたから、じゃのめを片手になにげなく表へ出ると、ところがその出会いがしらに往来ばたに、何がけげんでならないものか、しきりと首をひねりながらたたずんでいた者は、だれでもないあいきょう者のその伝六でした。根が伝六のことだから、そのひねり方というものがまた並みたいていではないので、傘《かさ》もささずに絹雨を頭からしょぼしょぼと浴びながら、しきりと町の向こうをながめながめ、右へ左へいとも必死にひねりつづけていたものでしたから、ちょっと右門も不審に思って呼びかけました。
「大将ッ。おい、伝六大将ッ」
「えッ?」
「そっちじゃねえ、うしろだよ、うしろだよ。おれじゃねえか、おれがわからねえのか」
「あッ、だんなでござんしたか! いいところへおいでなさいました。ちっと、どうも不思議なことがあるんですがね」
「なんでえ。からかさ小僧でも通ったのか」
「ちぇッ、あっしがまじめな口をきくと、いちいちそれだからな。ね! 今、あばたのやつこが通ったんですよ」
「なにも不思議はねえじゃねえか。あいつにだって足は二本くっついてるぜ」
「きまってまさあ。その二本の足で、いやに目色を変えながら、走っていきゃあがったから、いっしょうけんめいで頭をひねっているんですよ」
「というと、なにかい、いくらか事件《あな》のにおいでもするというのかい」
「する段じゃねえ、ひょっとすると、何かでか物じゃねえかと思うんですがね。だって、あのやつこもきょうは非番のはずでがしょう。しかるにもかかわらず、今あっしがここまで来たらね、ご番所のほうからあばたの野郎の手下が、ふうふういいながら駆けてきやがったから、はてなと思ってここのところに隠れているてえと、手下め、あばたのやつを連れ出して、またあっちへ目の色変えながら走っていったんですよ」
「いかにもな。ちっとくせえかな」
 相手が余人ならばおそらく歯牙《しが》にもかけなかったことでしょうが、どうかして一度抜けがけの功名をしてやろうやろうと、栃眼《とちまなこ》になっている敬四郎でしたから、右門はちょっと気にかけながらたたずんでいると、突然向こうから、おうい、おういという呼び声でした。どうやら、そのおういが、自分たちふたりへ呼びかけているようでしたから、ふた足み足近づいて待ち迎えながら顔を見定めると、だれでもないご番所の小者です。それも普通の小者ではなく、何か事件が突発したとき、非番の者をそうして呼び出しに駆け歩く小者であることがわかりましたものでしたから、さては伝六、きょうばかりはホシを当てたかなと思って、用向きを待っていると、小者は駆け寄りながら、やにわと口をとがらして右門をきめつけました。
「さっきおことづてをしてあげましたのに、なぜご出仕なさらないんでございますか!」
「おれのことかい」
「そうですよ、ほんのいましがた、たしかにおことづてをしたんですが、お聞きにならなかったんでございますか」
「知らねえよ、だれも使いなんか来やしなかったぜ」
「えッ、行かなかったんですか! どうしたんだろうな。あんなにくどく、念を押しましたのにな」
 おどろきながら小者が、不審にたえないといったように首をかしげましたものでしたから、早くもその烱眼《けいがん》のピカピカとさえたものは名人右門です。伝六はまだぽかんとしながら目をきょときょとさせていましたが、名人の頭には、いっさいのからくりが察せられましたので、微笑しながら尋ねました。
「わかったよ、わかったよ。おめえがあんまり人を信じすぎたので、ことづてが途中で消えたのだ。おそらく、頼んだ相手というのは、あばたの敬公の手下じゃねえのかい」
「ええ、そうですよ。そうなんですよ。お奉行《ぶぎょう》さまがすぐにあなたを呼んでまいれとおっしゃいましたのでね、駆けだそうとしたら、門のところに敬だんなのお手下がおいでなさって、ことづてならばおれんが今お組屋敷へ帰るところだから、ついでに伝えてやろうといいましたんで、ついうっかりとお頼みしたんですよ」
「よし、わかった、わかった。おめえが悪いんじゃねえ、人の仏心を裏切るやつが悪いんだよ。あばたがあばたなら、手下も手下だが、それでご用向きはどんなことかい。お奉行さまからのお呼び出しというと、尋常一様のあなじゃなさそうだが、おれでなくちゃとでもおっしゃっていられるのかい」
「そうなんですよ、そうなんですよ。こりゃ右門でなくちゃ手に負えまいとおっしゃいましたのでね。すぐにまたこうしてお呼びに参ったんですが、ゆうべ二ところへおかしな押し込みがはいりましてね、変なものを盗み取られたという訴えがあったんですよ」
「なんだ、押し込みどろぼうか。そんなものなら、なにもおれがわざわざ出るにも当たらねえじゃねえか」
「いいえ、それがただの豆どろぼうや、小ぬすっとじゃねえんですよ。一カ所は小石川の台町、一カ所は方面違いの厩河岸《うまやがし》ぎわですがね、その飛び離れたところへ、半刻《はんとき》と違わねえのに同一人らしいおかしな野郎が押し込みゃがってね、両方ともそこの主人の手の指を二本ずつ切り取っていったというんですよ」
「なに、手の指? なるほど、からだについている品をとられたとすると、品物がちっと変わっているな。じゃ、なにかい、ふたりともぐっすり寝ついているときにでも、知らずに切りとられたというのかい」
「いいえ、床にこそはついていたが、はいってきたのをちゃんと知っていながら、相手の野郎がとても怪力なんで、どうもこうもしようのねえうちに、そろいもそろってふたりとも、左手の親指と人差し指を二本切りとられちまったというんだから、ちっとばかりおかしいじゃござんせんか。それも、厩河岸《うまやがし》のほうは町人だから、相手の怪力に手も足も出なかったとて不思議もありますまいが、小石川の台町のほうは一刀流だかをよく使うりっぱな若侍だっていうんだからね。こいつああっしだっても、どうしたって、だんなの畑だと思うんですがね」
「なるほどな。じゃ、なんだな、相手の野郎は大入道みたいなやつででもあったというんだな」
「ところが大違いですよ。みたところ五尺とねえ小男でね、そのうえ女みたいな優男だったというんだから、ご番所のみなさまがたもその怪力っていうのが不思議だ不思議だとご評定しなさっていらっしゃるんですがね」
「いかさまな。そうするてえと、おれもちっとてつだうかな」
 物静かにいいながら、ではまた、そろそろはなばなしいところをお目にかけるかな、というようにゆうぜんとあごをなでだしたものでしたから、すっかり有頂天になってしまったものは伝六です。
「ちぇッ、ありがてえ。筋書きがこうおいでなさらなくちゃ、せっかくおれさまが雨にぬれながらここでつっ立っていたかいがねえんだ。じゃ、また駕籠《かご》ですね」
 言いざま、もう早がてんをして、しりはしょりをやりだしましたものでしたから、右門が笑いわらい呼びとめました。
「駕籠なんぞ遠くもねえのに、いらねえよ。いらねえよ。春雨に降られていくのもおつだから、そろそろおひろいで行こうじゃねえか」
「だって、あばたの野郎が、あのとおりことづてを横取りしたとわかりゃ、捨てておけねえじゃござんせんか」
「忘れっぽいやつだな。いったい、おめえは何度おれにその啖呵《たんか》をきらせるんだい」
「どの啖呵ですい」
「わからねえのか。だてや酔狂でおれあご番所のおまんまをいただいているんじゃねえんだよ。はばかりながら、あばたの敬公なんかとは、ちっとできが違わあ」
「だって、あば芋のだんなも、今度しくじりゃ五へんめだから、ただじゃしっぽを巻きませんぜ」
「うるせえな。口があいていると、しゃべってしようがねえから、あめチョコでも買ってしゃぶっていなよ」
 しかりすてると、伝六がやきもきするのもまんざら無理はあるまいと思われるのに、右門はいたって悠揚《ゆうよう》と春雨の優雅を愛しながら、ご番所のほうへ歩を運ばせてまいりました。

     

 ところが、ご番所へ行ってみると、果然伝六の言が的中いたしました。今度失敗すれば五へんめであり、かたがた相手はあばたの敬四郎という破廉恥漢なんだから、いかなむっつり右門でも、もう少し警戒したほうがよさそうにと思われたのに、少しおちついていすぎたものか、敬四郎の魔の手がすでに伸びていたあとでした。
 それも、根が敬四郎のことだから、普通の魔の手ではないので、右門のはいっていった姿を見ると、それに居合わした同僚のひとりが、きのどくそうにいいました。
「せっかくじゃが、ひと足おそうござったな。お奉行《ぶぎょう》さまがだいぶそなたをお待ちかねの様子じゃったが、お越しがなかったから敬四郎どのにご命令が下りましたぞ。もっとも、ああいうかただから、しきりと敬四郎どののほうからお頼みしていた様子じゃったがな」
「ではもう、てまえが手を下さなくともよろしいとのご諚《じょう》でござりまするな」
「そのような仰せでござりましたよ。敬四郎だけではちっと心もとないが、それほど本人が頼むなら、任してみるのもよろしかろうから、右門が参ったならば、いさぎよく手を引くよう申して、二、三日ゆっくり休養いたせと、このような仰せでござりましたよ」
 うまくことづてを横取りしたのをさいわい、お奉行職へ陰険な自薦運動を試みて、あきらかに右門の出馬を阻止した形跡が歴然としていましたものでしたから、さっそく鼻を高くしてがみがみときめつけだしたものは、いわずとしれた伝六でした。
「そら、ご覧なせえましな! 相手が人間の皮をかぶったやつならいいが、どぶねずみみたいなけだものだから、あんなにさっきせきたてたのに、雨がおつだの、柳がどうのと、隠居じみた寝言に夢中でいなすったから、こういうことになるんですよ。あっしゃもう知りませんぜ」
 水の出ばなの美丈夫右門を、とうとう隠居にこきおろしてしまって、しきりと口をとがらしていましたが、しかし右門は静かに微笑したきりでした。そこの訴状箱をかきまわしながら、指を切りとられたという訴えの、小石川台町と厩河岸の所番地を書き取って、そっとそれを懐中しながら、何かうそうそと皮肉そうに笑っていましたが、表へ出るとぽつり伝六にいいました。
「ではひとつ、どこかへ物見|遊山《ゆさん》にでも行こうかな。二、三日ゆっくり休養しろとおっしゃったそうだから、久方ぶりに浅草の見せ物小屋でものぞきに行こうじゃねえか」
「いやですよ!」
「ほう、えらいけんまくだな。では、しかたがねえや。ひとりで出かけようぜ」
 伝六の雲行きがすばらしく険悪でしたので、右門は笑いわらい濠《ほり》ばたのほうへ曲がっていくと、そこに帳場を張っているご番所の町駕籠をあごでしゃくりながら、ゆったりうち乗りました。
 とみて、すねはすねたが、やっぱり伝六はかわいいやつで――
「行きますよ! 行きますよ! あっしのかんしゃくは親のせいなんだから、いまさらひとりぼっちにしなくったっていいじゃござんせんか! ――おうい、駕籠屋! 駕籠屋!」
 べそをかかんばかりに駆け寄りながら、あわてて駕籠を仕立てましたので、右門はくすくす笑いながら、絹雨にけむりたつ枝柳の濠ばたを、ずっと浅草めがけて走らせました。
 だが、いったように浅草へ行くには行ったが、その駕籠を乗りつけさせたところは不思議です。例の苦み走った折り紙つきの男まえに、それも前夜|月代《さかやき》をあたらしたばかりなんだから、いっそう水々しくさえまさってみえる男まえに、おなじみの蝋色鞘《ろいろざや》をおとし差しで、
「許せよ」
 おうようにいいながら、そこの支倉屋《はぜくらや》と書かれた絵双紙屋の店先へずかずかとはいっていったようでしたが、店の奥にこごまっている主人らしい男をみかけると、とつぜん妙な品を尋ねました。
「江戸の絵図面を板《はん》におこして、売りさばいている店は、たしかにそのほうのところだったと存じて参ったが、違うかな」
「いいえ、てまえのところでございます。こればっかりはお許しがないと売り出せぬ品でございますゆえ、てまえの店の一枚看板にしておりますが、ご入用でございますか」
「さよう、あったら一枚売ってくれぬか」
 買いとってだいじそうに懐中すると、見せ物小屋のほうへ行くかと思うとそうではないので、待たしておいた駕籠をうたせながら、ずっと帰ってきたところは八丁堀《はっちょうぼり》の組屋敷です。それも帰ってくると、いまさら江戸の地図なぞを調べて、なんのたしになるかと思われるのに、あちらへこちらへと何本も赤い線を引きつつ、しきりにながめ入っていたものでしたから、またお株を始めたのは伝六でした。
「ちぇッ、がみがみいうまいと思っても、これじゃかんしゃくの起きるのがあたりまえじゃござんせんか。だましたり、すかしたり、うれしがらしたり、かついだり、さんざにおいだけをかがしておいて、奥山の見せ物小屋はいったいどこへひっこしたというんですか! ぽッと出のいなか与力じゃあるめえし、ちゃきちゃきの江戸のだんなが、いまさらおひざもとの絵図面に見とれるがところはねえじゃござんせんか。そうでなくとも、あば芋のやつにしてやられて腹がたっているのに、あんまり人をおなぶりなさると、今度こそは本気にすねますぜ!」
 しかし、右門は馬耳東風と聞き流しながら、しきりと丹念に町から町へ朱線を入れていましたが、と――、不意に莞爾《かんじ》と笑《え》みをみせると、気味のわるいことをぽつりといいました。
「な、おい、伝六大将! 今夜は指切り幽霊、日本橋の本石町と神田の黒門町へ出没するぜ」
「えッ。不意に御嶽《おんたけ》さまでも乗りうつったようなことをいいますが、支倉屋で売る絵図面の中には、そんなことまでが書いてあるんですかい」
「おれの目にゃそう書いてあるように見えるんだから、目玉一つでも安物は生みつけてもらいたくねえじゃねえか。まず、この絵図面のおれがいま引いた赤い線をたどってみろよ。てめえもさっき聞いたろうが、訴えてきたホシの野郎は、たしか、同一人といったろう。にもかかわらず、小石川の台町と浅草の厩河岸みたいな飛び離れたところへ、よくも町方の者に見とがめられねえで、二カ所もつづけて押し込みやがったなと思ったんで、不審に思って地図を調べてみたら、な、ほら、この赤い線をとっくりたどってみねえな。台町から厩橋へ行く道筋のうちにゃ、番太小屋も自身番も一つもねえぜ」
「いかさまね。おそろしい眼力だな。じゃ、なんでしょうかね、ホシの野郎はよっぽど江戸の地勢に明るいやつだろうかね」
「しかり。だから、今夜はきっと本石町と黒門町へ出没するにちげえねえよ。この二つの町をつなぐ道筋が、やっぱりゆうべ出没した町筋と同じように、一カ所だって番太小屋も自身番も見当たらねえんだからな」
「なるほどね。するてえと、野郎ちゃんとそれを心得ていて、恐れ多いまねをしやあがるんだね」
「あたりめえさ。どんな姿の野郎だか知らねえが、人が寝床へはいっているような寝しずまった夜ふけに、のそのそそこらを歩いていりゃ、どっかで番太小屋か自身番の寝ずの番に、ひっかからねえってはずあねえんだからな。野郎め、そいつを恐れやがって、番所のねえ町をたどりながら押し込みやがるんだよ」
「するてえと、敬公の野郎、そいつを気がついているでしょうかね」
「と申してあげたいが、あの下司《げす》の知恵じゃ、まず知るめえな。おおかた、今ごろは、まんまとおれに手を引かすることができたんで、のぼせかえりながら、せっせと被害者の身がらでも洗っているだろうよ」
「ちくしょう、くやしいな。お奉行さまもまたお奉行さまじゃござんせんか。なんだって、あんな野郎にお任せなすったんでしょうね。もし、今夜もだんなのおっしゃるように、指を盗まれる者があるとするなら、災難に会う者こそきのどくじゃござんせんか」
「だから、おれもさっきから、ちっとそれを悲しく思っているんだよ。おまえはおれのお番所へ行きようがおそかったんで、がみがみどなったようだが、断じておれのおそかったせいじゃねえよ。あばたの大将がことづてを横取りしやがったのが第一にいけねえんだ。第二には、身のほども知らずに、お奉行さまへ食いさがって、おれをのけ者にしたことがいけねえんだ。お奉行さまからいや、それほどあばたの敬公が意気込んでいるのに、おまえでは役にたたぬ、ぜひにも右門にさせろとやつの顔をつぶすようなことはできねえんだからな。それに、敬公といやなにしろ同心の上席で、ちったあ腕のきく仲間として待遇されてもいるんだからな。潔く手を引いていろとご命令があった以上は、それに服するよりしかたがねえさ」
 いうと、黙念としながら腕をくんで、ややしばしうち沈んでいたようでしたが、ふと見ると、右門のまなこの奥に、かすかなしずくの宿されているのが見えましたものでしたから、気早な伝六にはそれがくやし涙と思われたのでしょう。
「お察しします……お察しします。さぞおくやしいでござんしょうが、それもこれもみんなあばたの畜生がいけねえんだから、あんなげじげじ虫ゃ人間の数にへえれねえやつだと思って、おこらえなすってくだせえまし……おこらえなすってくだせえまし……」
 あわてて目がしらを手の甲でぬぐい去ると、くやしそうに歯ぎしりをかみました。伝六としてはまたそう解釈されたのも無理のないことでしたが、しかし名人右門のしずくを見せたのは、そんなせまいくやしさや、そんな狭い了見からではないので、苦痛げに声をくもらせると、しんみりとうち沈んでいいました。
「違うよ、違うよ、おめえの勘違いだよ。おれゃお奉行さまのしうちが恨めしかったり、あばたの敬公が憎かったりして、めめしい泣き顔なんぞするんじゃねえんだよ。敬公に任せろとのご命令ならばすなおに任せもするが、そのためにまた今夜も黒門町と本石町とで、たいせつな指を切りとられるかたがたがあるだろうと思うと、そのかたたちが、きのどくでならねえんだよ。おれが手がけていたらそんなことはさせまいものに、つまらねえ同僚のねたみ根性に犠牲となって、会わなくもいい災難にお会いなさるかたたちのことを思うと、おれゃきのどくで涙が出るよ」
 しみじみとつぶやくと、真実難に会う人たちがきのどくでならないといったように、うるんだ目を伏せました。まことに、聞くだに感激しないではおかれぬ心の清さというべきですが、しかしそのまに不快な一夜は明けて、からりと晴れた朝が参りました。

     

 と――、果然、その翌朝の、それもまだ五ツ少し下がったばかりのころです。命令もないのに、伝六が気をきかしてお番所へ様子探りに駆け走っていったようでしたが、ふうふう息を切りながらもどってくると、わめくようにいいました。
「ね、だんな! さ、啖呵《たんか》ですよ! 啖呵ですよ! いつものように、胸のすっきりするやつをきっておくんなせえよ。お奉行さまからご命令が下りましたぜ。やっぱり、右門でなくちゃだめだとおっしゃいましたぜ」
「えッ、じゃ、おれのいったところへ、ゆうべ出やあがったか」
「出やあがったどころの段じゃねえんですよ。おっしゃったとおり、黒門町と本石町と両方へ現われやがってね。それも、本石町のほうは、ふたりもまたゆうべと同じように左手の人さし指と親指を切られたというんですよ」
「そうか。だから、いわねえこっちゃねえんだ。それで、敬公はどうしたい。どんな顔をしていやがったい」
「そいつがほんとうにあきれるんですよ。身のほども知らねえまねをしやがったんで、こういうのをばちが当たったというんでしょうがね。野郎め、ゆうべ日本橋で、さらわれちまったというんですぜ」
「えッ、じゃ、行くえ知れずになったのか」
「そうなんですよ。そうなんですよ。なんでも、ゆうべまだ宵《よい》のうちだったそうですがね、野郎め、ただのつじ切りでも押えるような了見でいたんでしょう。手下を三人つれて日本橋の橋たもとまでやっていったらね、いきなりぽかぽかとおかしなやつに当て身を食わされて、ぐうと長くなってしまったところを、そのままどっかへさらわれていっちまったというんですよ」
「じゃ、手下もいっしょにさらわれたのか」
「いいえ、それならまだいいんですが、三人ともに、野郎どもめ、目の前で親分ののされちまうのをちゃんとながめていながら、手出しひとつできなかったっていうんですよ」
「うすみっともねえ野郎どもだな。じゃ、けさになるまで、手下たちぁ敬公のさらわれちまったことを、ひたかくしに隠していたんだな」
「ええ、そうなんですよ、そうなんですよ。うっかりしゃべっておこられちゃたいへんだと思って、隠していたというんですがね。だから、今あっしも野郎たちにさんざん啖呵《たんか》をきってやったんですよ。ろくでもねえ親分が、平生ろくでもねえお仕込みをしやがるから、いざというとき、こんなぶざまなことしなきゃならねえんだってね、うんとこきおろしてやったんですよ」
「そうか。じゃ、お奉行さまはすぐとおれに出馬しろとおっしゃったんだな」
「おっしゃった段じゃねえんですよ。手数のかかることをしでかして、さぞかし腹がたつだろうが、お公儀の面目のために、早く敬四郎を救い出してやってくれと、あっしにまでもお頼みなすったんですよ」
「そうか、人のしりぬぐいをするなちっと役不足だが、お公儀の面目とあるなら、お出ましになってやろうよ。では、そろそろ出かけるかな」
「じゃ、駕籠《かご》ですね」
「いいや、いらねえよ」
「だって、敬公、急がねえとゴネってしまうかもしれませんぜ」
「おれがこうとにらんでのさしずじゃねえか。命までもとるんだったら、ゆうべ日本橋で出会ったときに、もう殺されていらあ。わざわざ手数をかけてさらっていったところを見ると、どっか穴倉にでもほうり込まれているにちげえねえよ。でも、おめえは少し遠道しなくちゃならねえからな、一丁だけ駕籠を雇って、すぐ黒門町のほうを洗ってきなよ。おれあ、本石町のほうで待っているからな。ぬからずに洗っておいでよ」
 命じておくと、ひと足先に伝六を駕籠で送り出しておきながら、右門は結城袷《ゆうきあわせ》の渋好みづくりに、細身の蝋色鞘《ろいろざや》をおとし差しにして、ゆうぜんと本石町へやって参りました。
 二軒も騒がしたうえに、あまつさえ盗み取られたものが変わった品でしたから、本石町まで行ってみると、もうよりよりそのうわさばかりで、一軒はつくだに屋の主人、一軒は紙問屋の主人がその被害者であったことがわかりましたものでしたから、右門はさっそくに見つかった紙問屋のほうへやって行くと、つくだに屋の主人をそこへ呼び招いて、例のごとくに右門流吟味方法の憲法にもとづき、すぐにまず被害者両名の身がら素姓を先に洗いたてました。いうまでもなく、この奇怪なる犯行が、恨みをうけての結果からであるか、それとも単なる怪魔のしわざであるか、それを調べたので。
 ところが[#「ところが」は底本では「ところか」]、ふたりとも、これが実に善良そのもののごとき、模範市民でありました。つくだに屋のほうは、親孝行のゆえに二度もご公儀から感状をいただいたほどのほめ者で、紙屋の主人にいたってはむしろ善良すぎてお人よしのあだ名があるほどの好人物であることが判明いたしましたものでしたから、しからばとばかり、右門はただちに両名について、犯行もようの調査を開始いたしました。
「紙屋の亭主」
「へえい」
「そちのところを襲ったのは、何どきごろじゃった」
「さよう、九ツ少しまえだったかと思いますがね、少しかぜけでございましたので、いつもより早寝をいたしまして、ぐっすり寝込んでいると、いきなり雨戸がばりばりとすさまじい音をたてて、破れましたからね。はっと思って目をあけてみると、もうそのとき、野郎があっしのまくらもとに来ていやがったんですよ」
「小がらのやさ男だったという話じゃが、そのとおりか」
「へえい、なにしろこわかったので、しかとした背たけはわかりませんでしたが、五尺の上は出ていなかったように思われますよ。お定まりのような覆面でしてね。着物は唐棧格子《とうざんこうし》の荒いやつでしたが、だのに野郎とても怪力でござんしてな、あっしがはね起きようとしたら、やにわに片足で胸のところを踏んづけておきやがって、声もなにも出す暇がないうちに、短いわきざしでこのとおり、左手の親指と人さし指だけを二本根もとからすぱりと切りゃがって、すうと出てうせやがったんですよ」
「なるほどな。では、つくだに屋の主人、そちのほうはどんなもようじゃった」
「わたしのほうもだいたい手口が同じでございますが、ただ一つ妙なことには、どうしたことか、野郎の着物が水びたしにぐっしょりぬれていたんですがね。そのうえ妙なことには、たしかにぷんとその着物のうちに松やにのにおいがしみ込んでいたんですよ」
「なにッ、着物がぬれていて、松やにのにおいがしみ込んでいたとな※[#疑問符感嘆符、1-8-77] まさか、ねぼけていて勘違いしたのではあるまいな」
 と――、話を奪って、紙屋の主人がとつぜんことばをさしはさみました。
「そうそう、あっしも今つくだに屋さんにいわれて思い出しましたが、べっとり胸のあたりまでぬれていましてな、やっぱりぷんと松やにのにおいがたしかにいたししましたよ」
 聞くや同時でありました。名人の眼光がらんらん烱々《けいけい》として輝いたとみえましたが、あの秀麗きわまりない面に、莞爾《かんじ》とした微笑がのると、ずばりいったもので――
「よし、もうあいわかった。おそくも明朝までには必ずかたきをとってつかわすにより、安心して傷養生をいたせよ」
 いうと、それっきり尋問調査を切りあげながら、すでにもうすべての確信がついたもののごとく、静かにあごをなでていましたが、ところへ息せききりながら駕籠を走りつけてきたものは伝六でした。その伝六がまたすばらしい大車輪で、黒門町のほうばかりではなく、前々夜襲われた小日向《こひなた》台町と厩河岸《うまやがし》へまでも回って調べ、本石町での陳述と同様、やっぱり下手人は右三個所を襲ったときにも、たしかに松やにのしみついた水びたしの着物を着用していたという共通な事実をかぎ出してまいりましたものでしたから、聞くやそろそろ始められだしたものは、名人特有の右門流です。なにかにやにやと笑いながら、しきりにあごをなでさすっていたようでしたが、不意と伝六にいいました。
「きさま、深川筋で、どこか舟宿を知っていねえか」
「えッ? 舟宿というていと、よく女の子をこっそりつれて、舟遊山《ふなゆさん》をやりに行くあの舟宿のことですかい」
「ああ、そうだよ」
「ちぇッ、そんなものなら、おめえ知っているかはすさまじいね。はばかりながら、こうみえてもいきな江戸っ子ですよ。舟宿の二軒や三軒知らねえでどうなるもんですかい。深川ならば軒並み親類も同様でさあ。まず第一は菱形屋《ひしがたや》でしょ。この家の持ち舟は屋台が三艘《さんぞう》。つづいて評判なのは一奴《いちやっこ》。それから海月、丁字屋、舟吉《ふなよし》とね、まず以上五軒が一流ですよ」
「ほほう、だいぶ博学だが、遊んだことでもあるのかい」
「ところが、その、それがつまりなんでしてね」
「はっきりいいなよ、遊んだことでもあるのかい」
「いいえ、その、なんですよ、去年潮干狩りに行ったとき、おれもこういういきな家で、五、六日しみじみと昼寝をしてみたいなと思いながら通ったんで、ついその今も名まえを忘れずにいるんですよ」
「なんでえい、情けねえ江戸っ子もあったもんだな。じゃ、おれが今から思いきり昼寝をさせてやるから、小さくなってついておいでよ」
「えッ、でも、深川の舟宿といやあ、ちっとやそっとのお鳥目じゃ出入りもかないませんぜ」
「しみったれたことをいうと、みなさんがお笑いになるよ。小さくなって、しっぽを振りながらついてきな」
「だって、肝心のホシゃどうするんですかい。それに、敬公のほうだっても急がなきゃならねえんでがしょう。どぶねずみみてえな野郎にゃちげえねえが、さぞやあいつ今ごろは生きた心持ちもしていめえからね。どっちかを先にお急ぎなすったらどうですかい」
「うるせえな、黙ってろよ。おれがお出馬あそばしているじゃねえか。それより、早く駕籠《かご》を呼んできな」
 命じて息づえをあげさせながら、ゆうぜんと深川さして駕籠をうたせていくと、乗りつけたところは伝六のいったその菱形屋でありました。

     

 いかさま舟宿としては一流らしい構えで、数寄《すき》をこらしたへやべやは、いずれも忍ぶ恋路のための調度器具を備えながら、見るからに春意漂ういきな一構えでした。
 だから、伝六のことごとく悦に入ったのは当然なことで、七十五日長生きをしたような顔をしながら、あけっぱなしで始めました。
「ほう、ねえ、だんな、座ぶとんは緞子《どんす》ですぜ。また、このしゃれた長火ばちが、いかにもうれしくなるじゃござんせんか。総桐《そうぎり》の小格子《こごうし》造りで、ここにこうやりながらやにさがってすわってみると、お旗本も五千石ぐらいな気持ちだね――ついでだからちょっと念を押しておきますが、まさか本気に昼寝をなさるおつもりで、わざわざこんなところへ来たんじゃござんすまいね。例の右門流をそろそろここでまた始めなさるんでしょうね」
 しかし、右門はいたってすましたもので、そこへ茶道具を運びながら姿を見せた小女に向かうと、ごくきまじめな顔でいいました。
「こいつが舟宿の二階で、しみじみ昼寝をしてみたいと申したによって連れまいったからな、さっそく床を二つとってもらいましょうかな」
 いうと、けげんな顔をしながら、小女のとってくれた床の中へ、自身先にたってさっさともぐりましたものでしたから、いつもながらに鳴りだしたのは雷の伝六です。
「ちぇッ、後生楽にもほどがあるじゃごわせんか。いくらあっしが昼寝をしてみてえといったからって、こんな火のつくように忙しいとき、眠ったって寝られるもんじゃねえんですよ。きのう浅草の支倉屋で買った江戸の絵図面をあっしがこうしてここに気をきかして持ってきているんだから、とっくりご覧なすって、また今夜出そうな町筋を早く見つけておくんなせえな。そうしなきゃ、また指を切られるものがありますぜ」
 まくらもとへあの地図をひろげてしきりに催促いたしましたが、名人の胸中にはなんの成算あってか、すでに悠々閑々《ゆうゆうかんかん》と夢の国にはいっているらしい様子でありました。それも一刻《いっとき》や二刻の短い時間ではないので、品川浜の海波にほのぼのとして晩景の迫ってきた時分まで、ぐっすり眠りつづけていたようでしたが、と――ようやく起き上がると、そこに寝もやらで、おこりふぐのごとくかんかんになっていた伝六に微笑を送りながら、小女を呼び招いて、ふいっと命令を与えました。
「元気のいい船頭をふたりほど雇うてな、舟足の軽い伝馬船《てんません》を一艘用意してくれませんかな。いうまでもないことじゃが、おいしいものを見つくろって、晩のしたくも整えましてな。そっちにすわっているおこり虫は左がいけるほうじゃから、それも二、三本忘れずに用意しておいてくださいましよ」
 舟遊山ならば屋台船にしそうなものであるが、どうしたことか伝馬船を雇って用意万端の整うのを待ちうけながら、さっさと乗りうつりました。しかも、命じた行き先が不思議です。
「ことによると、墨田の奥まで行くかも知れませぬからな、そのつもりで大川を上ってくださいましよ」
 いいながら、しきりと用意のお料理をおいしそうに用いていたようでしたが、だのに、なにを捜し求めようとするのか、その両眼は絶えず烱々《けいけい》として、川の右岸、すなわち京橋日本橋とは反対側の深川本所側ばかりにそそがれました。それも短い距離ではないので、舟が大川筋にはいると同時から注ぎはじめて、相生河岸《あいおいがし》、安宅河岸《あたかがし》、両国河岸、厩《うまや》河岸と、やがて吾妻《あづま》河岸にさしかかってもなお右岸ばかりを見捜しつづけていたものでしたから、しきりに伝六が首をひねっていると、ちょうど舟が墨田堤にかかろうとしたそのとたんです。土手を隔てたすぐの向こうに、くねりと枝を川に向かって張っている一本の松を邸内にかかえ込んだ、高い厳重な白壁回しの屋敷を発見すると、それこそ今まで捜し求めた目的物だといわぬばかりに、にんめり微笑を漏らしていたようでしたが、不意と船頭に命じました。
「よしッ、あの松の木の見える白壁屋敷のこっ側へ舟をつけろ」
 のみならず、舟|龕燈《がんどう》を船頭から借りうけて、ぬうと枝を壁外にくねらしている松の木の下に近づいていくと、しきりに白壁の表を見照していましたが莞爾《かんじ》として大きな笑《え》みをみせると、とつぜん伝六にいいました。
「もうこっちのものだよ。おれがお出ましになったとなると、このとおりぞうさがねえんだから、たわいがねえじゃないか」
「だって、こりゃ、松の木がへいぎわにはえている白壁のお屋敷というだけのことで、なにもまだ目鼻はつかねえんじゃござんせんか」
「だから、おめえはいつまでたってもあいきょう者だっていうんだよ。まず第一に、この松の木の強いにおいをかいでみねえな」
「かいでみたって、松やにのにおいが少しよけいにするだけのことで、なにも珍しかねえじゃござんせんか」
「あきれたものだな、下手人の野郎の着物に松やにのにおいがしていたってことを、もうおまえは忘れちまったのかい」
「いかさまな、ちげえねえ、ちげえねえ。するていと、下手人の野郎の着物が、水びたしにぐっしょりぬれたっていうな、この大川を泳ぎ越えてきたからなんだね」
「そうさ。きのう支倉屋で買った絵図面を調べたときに、おそらく下手人の野郎は、大川の向こうに根城を構えていやあしねえかなと気がついていたよ。あの二筋の自身番も番太小屋もねえ道筋へ線を引いてたどってみると、不思議にどれもこれもその道の先がこの大川端で止まっていたんだからな。ところへ野郎の着物が水びたしになっていたと、もっけもねえことを聞いたんで、てっきり川向こうだと確信がついたわけさ。そのうえ、松やにのにおいがしみついていたといったろう。だから、こうして川下から松の木のある家を捜してきたというわけさ」
「でも、ちょっと変じゃござんせんか。こんな大きなお屋敷でこそはなかったが、松の木のある家や、今までだってもずいぶん舟の中から見たようでしたぜ」
「それがおれの眼力のちっとばかり自慢していいところさ。まあ、よく考えてみねえな。松やにのにおいが着物にしみついていたといや、野郎が松の木を上り下りした証拠だよ。としたら、どこの家にだって、門もあろうし出入り口もあるんだから、なぜまたわざわざご苦労さまに松の木なんぞを上り下りしなきゃならねえだろうかってことが、不思議に考えられそうなものじゃねえか。そこが不思議に考えられてくりゃ、野郎め、大ぴらに大手をふって門の出入りができねえうしろ暗い身分の者か、さもなくばお屋敷奉公でもしている下男か下働きか、いずれにしても、門を自由に大手をふっては出入りのできねえ野郎だってことが、だれにだっても考えられるんだからな。そこまで眼がついてくりゃ、よしんば松の木はいくらあったにしても、ちっちぇい家には目もくれねえで、大きな屋敷をめどに捜してきたってことがわかりそうなものじゃねえか」
「いかにもね。だが、それにしても、河岸《かし》っぷちだけに見当をつけて上ってきたなあ、少しだんなの勘違いじゃござんせんかい。本所深川を捜していたら、もっと奥にだって、へいぎわに松の木のあるお屋敷がいくらでもあるにちげえねえんだからね」
「いろいろとよく根掘り葉掘り聞くやつだな。もし、河岸の奥に野郎の住み家があったら、水びたしになったうろんなかっこうで夜ふけに通るんだもの、火の番だっても怪しく思って騒ぎたてるに決まっているじゃねえか。しかるにもかかわらず、いっこう、そんなやつの徘徊《はいかい》した訴えが、この奥のどこからもご番所へ届いていねえところをみると、河岸っぷちに住み家があるため、だれにも見とがめられねえんだってことが見当つくじゃねえか。だいいち、何よりの証拠は、この白壁へべたべたとついている足跡をよく見ろよ」
「えッ、ど、どこですか」
「ほら、こことここと、足のかっこうをしたどろの跡が、ちゃんとついているじゃねえか。しかも、松の木の枝の出ている真下に足跡がついているんだから、ここを足場にしやがって、上り下りしたにちげえねえよ」
「なるほどね。おっそろしい眼力だな。じゃ、すぐに踏ん込みましょうよ」
「まあ、そうせくなよ。なにしろ、敬公という人質を取られているうえに、そもそもこのでけえ屋敷なるものが、なにものともわからねえんだからな。細工は粒々、右門様の眼力のすごいところと、捕物さばきのあざやかなところをゆっくり見せてやるから、急がずについておいでよ」
 軽く言い捨てながら、ふたたび舟に帰っていったと見えましたが、まもなく船頭に命じてこがせていったところは、なぞの白壁屋敷とはちょうど真向かいになる反対側の岸でした。しかも、舟をそこの葦叢《あしむら》にとまらせると、あかりをすっかり消させてしまって、船頭たちにもそうすることを命じながら、ぴたり船底に平みついて、じっといま来た向こう岸に耳を傾けだしました。

     

 かくして、時を消すことおよそ小半時《こはんとき》――。もちろん、もうあたりは深夜のような静けさなので、ところへ、やがてのことにいんいんと、風もない初春の夜の川瀬に流れ伝わってきたものは、金竜山《きんりゅうざん》浅草寺《せんそうじ》の四ツの鐘です。と同時に、ぱちゃりと右門の耳を打ったものは、たしかに向こう岸から、だれか大川に飛び入ったらしい水音でした。
「伝六ッ。そら、来るぞ。来るぞ。よほどの怪力らしいから、命を五ツ六ツ用意しておけよ」
「ちくしょうッ、だんなの草香流がありゃ万人力だ。さ、来い!」
 互いにしめし合わせながら、ぴたりと船底に平みついて、いまやおそしと近づくのを待っていましたが、まこと相手はおそるべき水泳の達人でした。いや、おそるべき怪技を有する怪人でした。相当目方があるべきはずなわきざしを鞘《さや》ぐるみしっかと口にくわえて、あざやかな抜き手をきりながら、ご府内名うての大隅田川《おおすみだがわ》を一気にこちらまで泳ぎ渡ってまいりましたので、息をころしながら待ちうけていると、だが、不思議です。じつに不思議です。覆面の小がらなそれなる怪人は、岸へ泳ぎつくと、ぐっしょりぬれた着物からぽたぽたと水玉をおとしながら、まるで何かの物の化《け》につかれてでもいるかのごとく、ひょうひょうふらふらと歩きだしました。それも、尋常普通のふらふらした歩き方ではないので、足のある幽霊がさながら風に乗ってでもいるかのごとく、まっすぐに向こうを向きながら、ふわりふわりと歩きだしましたので、伝六はもとよりのこと、さすがの右門もややぎょッとなっていたようでしたが、やにわとうしろに近づくと、一声鋭く大喝《だいかつ》いたしました。
「バカ者ッ。どこへ行くかッ」
 と――なんたる奇怪さでありましたろう! 右門の大喝一声とともに、ふわりふわりと風に乗ってでもいたかのように歩みつづけていた怪人が、いきなりそこにばたりと倒れてしまいました。その倒れ方がまた尋常ではないので、さながら棒を折りでもしたかのごとく、ポキリとのけぞってしまいましたものでしたから、伝六がくるくると目を丸めながら、何度もなまつばをごくごくのみ下していましたが、ようやく震え声でいいました。
「おっかねえ隠し芸を持っているだんなですね。あっしゃ今まで、だんなの得意は、草香流の柔術と錣正流《しころせいりゅう》の居合い切りだとばかり思い込んでいましたが、いつのまに、どこでこんな気合い術を新しくお仕込みなすったんですかい。まるで雷にでも打たれたように、すっかり長くなってしまったじゃござんせんか」
 しかし、右門ははげしく首を振るといったので――、
「知らねえよ、知らねえよ。おらあ気合い術なんかは知らねえよ。それだのに、どうしたというんだろうな。まるで、妖怪変化《ようかいへんげ》にでも化かされているようじゃねえか」
 けげんな顔をしながら舟龕燈《ふながんどう》をさしつけて、じっとうち倒れている怪人の姿を見調べていましたが、とっぜん意外なことをでも発見したかのごとく、おどろいて叫びました。
「おい、伝六ッ、伝六ッ。こりゃ女だぜ!」
「えッ。ど、どこにそんな証拠がござんすかい!」
「あの胸のところを見ろ! ぬれてぴったり吸いついている着物の下から、ふっくらと乳ぶさの丸みが見えるじゃねえか。念のため、きさまその覆面をはいでみろ!」
「えッ※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」
「えじゃねえ、覆面をはいでみろ!」
「でもだ、だ、だいじょうぶですか」
「いざといや、草香流がものをいわあ。早くはいでみろ!」
 おそるおそる伝六が近よって、こわごわ[#「こわごわ」は底本では「こわごろ」]覆面をはいでいた[#「はいでいた」は底本では「はいでみた」]ようでしたが、と――果然、黒布の下から、妖々《ようよう》として現われ出たものは、まだ二十六、七歳のあだめかしい、根下がりいちょうに結った青白い女の顔でしたから、ふたりが等しく意外な面持ちに打たれているとき、突然でありました。ぱっちりと妖女《ようじょ》がまなこをあけて、夢からさめでもしたかのごとく、きょときょとあたりを見まわしていたようでしたが、そこに右門主従のいたのを見ると、ぎょッとしたように起き上がりながら、あわててすそを直して、不意にいいました。
「ま! では、あの、またあたしは、だいそれたまねをしたんでござんしょうか! 指を切りに出かけたんでござんしょうか!」
 いうと、恐ろしいものをでも見るかのように、自身の身のまわりをうち調べていましたが、ぐっしょり着物の水びたしになっているのを発見すると、
「どうしましょう! どうしましょう! また知らずに夢にうなされて恐ろしいまねをしたとみえます。どうしたらいいでござんしょう! どうやったら、この病が直るんでござんしょう!」
 ぞっとおぞ毛[#「おぞ毛」はママ]を立てながら、おのが身ののろわれた病を嘆き悲しむかのようにつぶやいたものでしたから、伝六はいうまでもないこと、右門も事の意外から意外へ急転直下したのに、したたかおどろいていましたが、しかし、さすが捕物|侠者《きょうしゃ》です。妖女がはしなくもつぶやいた夢にうなされてといった一語を耳にすると、いっさいのなぞがわかったかのごとく、伝六を顧みていいました。
「どうやら、この女、夢癆《むろう》にかかっているらしいよ」
「え? ムロウってなんですかい。かっぱの親類ででもあるんですかい」
「とんきょうなことをいうやつだな。夢癆っていう病気なんだよ。それが証拠には、おれの大喝に出会って夢からさめたものか、きょときょとしているじゃねえか」
「はてね、奇態な病気があるもんですね」
 しきりとけげんそうに首をひねりましたが、伝六としてはまた無理もないことで、夢癆というのは夢の病、すなわち今のことばでいえば夢遊病です。全然原因も動機もなくて、夜きまった時間になると必ず同じ夢にうなされ、本人は少しも知らないで、よく庭先をふらふらと歩きまわったり、あるいはまたお墓場へ行って、卒塔婆《そとば》の表をなでまわしてくるといったような実例をしばしば聞きますが、同時にまたなにか強く脅迫されたり迫害をうけたりすると、それが夢から幻に変じて、本人は全然知らないでいるのに、夢中のその幻に左右されながら、よく人をあやめたり、盗みを働いたりする場合があるので、右門は早くも妖女《ようじょ》の言動動作から夢遊病者だなということを看破しましたものでしたから、ここに問題は、それなる夢癆妖女がいずれの場合に属して、かかるのろうべき犯行をあえてしたか、その詮索《せんさく》が重大となってまいりました。
 まことに、事件は怪奇な犯行より端を発して、さらに怪奇な発展をとげることになりましたが、見ると妖女は夢からさめて正気に返ったためか、水びたしになった五体を寒そうにぶるぶると震わしていたものでしたから、明知のさえとともに、いかなるときも慈悲の心を忘れぬ右門は、さっそく伝六に命じてたき火をこしらえ、女をいたわるようにあたらせてやると、例の烱々《けいけい》とした眼光を鋭く放って、いかなる秘密もなぞもおれにかかってはかなわないぞというように、じっとその身辺を見調べました。と――はしなくも名人の目に強く映ったものは、火にかざした女の両腕首に見える紫色のなまなまとしたあざのあとです。ついぞ今までなわにでもくくられていたために残ったあざあとのようでしたから、いかで名人の目の光らないでいらるべき――鋭くさえた声が飛んでいきました。
「そなた今まで手ごめに会っていたなッ」
「えッ!」
「おどろかいでもいい。そなたもうわさになりと聞いたであろうが、八丁堀のむっつり右門というはわしのことじゃ。白を黒といっても、この目が許さんぞ!」
 鋭くいわれて、女はこわごわ面を上げながら、燃えさかってきたたき火のあかりで、しげしげ右門の姿を下から上に見ながめていましたが、そのみずみずしくも秀麗な美丈夫ぶりに、それとうなずかれたものでありましょう。くちびるまでも青ざめながら、観念したかのごとくにいいました。
「こうしてたき火にあたためさせてくださったご慈悲深さといい、いずれただのおかたではあるまいと存じていましたが、右門のだんなさまだったら、しょせん何もかももうお見のがしはなさりますまいゆえ、ありていに申し上げますでござりましょう」
「さようか、神妙ないたりじゃ。手ごめに会っていたとすると、あの屋敷がそもそも不審じゃが、いったい何者の住まいじゃ」
「あれこそは何を隠しましょう。絵師|眠白《みんぱく》の屋敷でござります」
「なに、眠白とな。眠白といえば、当時この江戸でも一、二といわれる仏画師のはずじゃが、それにしても一介の絵かきふぜいには分にすぎたあの屋敷構えはどうしたことじゃ」
「名代の強欲者でございますゆえ、高い画料をむさぼって、ためあげたものにござります」
「聞いただけでも人の風上に置けなさそうなやつじゃな。して、そなたは、眠白の何に当たる者じゃ。そのあだめいた姿から察するに、たぶん娘やきょうだいではあるまいが、囲われ者ででもあるか」
「はい。お恥ずかしいことながら、お目がねどおり囲われ者として、この三年来情をうけている者にござります」
「もうよほどの年のはずじゃが、眠白は何歳ぐらいじゃ」
「六十を二つすぎましてござります」
「ほほう、六十二とな。よし、もうそれで先はだいたいあいわかった。六十を過ぎたちょぼくれおやじに、そなたのような年の違いすぎるあだ者が囲われ者となっていると聞かば、両腕首のあざのあとも何の折檻《せっかん》かおおよそ察しはついたが、思うに、そなた眠白の情をいとうているな」
「はい……ご眼力恐れ入ってござります。このようなのろわしい病にかかって、夢の間に人の指なんぞを切り盗むようになりましたのも、みんなそれがもとでござりまするが、実は眠白様のおふるまいがあんまりあくどく、しつこうござりますゆえ、いとうとものういとうているうちに、ついお弟子《でし》の五雲様と人目を忍ぶような仲になってしもうたのでございます。その五雲様がまたあいにくと申しますか、このごろめっきり絵のほうがお上達なさいまして、お師匠よりもだんだんと画名が高まってまいりましたので、わたくしたちの仲をお気づきなさいましたとき、つい眠白様の憎しみが二倍したのでござりましょう。おかわいそうに、五雲様は眠白様の嫉刃《ねたば》にお会いなさいまして、画工には何よりもたいせつな右の腕を切りとられたのでござります。それというのも、眠白様のお考えでは、わたくしが五雲様に心を移したのも、あのかたのご名声が高まってきたゆえからと思い違えたのでござりましょう。筆とる右腕を切ってやったら絵はかけぬはずじゃ、絵がかけなくば名声がすたるはずじゃ、名声がすたらばわたくしの恋もさめるはずじゃ、とこのようにあさはかなことを申されまして、おむごたらしいことに根もとからぷっつりとお切り取りなさいましたのでござります。けれども、五雲様にはまだ満足な左腕が一本ござりましたゆえ、人の一心というものはあのように恐ろしい力を見せるものかと驚いてでござりまするが、半年とたたぬうちに、その残った左腕で、またまた五雲様がまえよりもいっそう名声のお高くなるような絵をいくつもいくつもお仕上げなさいましたのでござります。それに、わたくしどもの間がらも、ますます深まってこそまいりましょうとも、そのくらいなことでお考えのようにさめるはずはござりませなんだゆえ、とうとう眠白様の嫉刃《ねたば》が三倍にも八倍にも強まったのでござりましょう。おかわいそうに、今度は残った五雲様のその左腕を、それも意地わるく筆をとるにたいせつな親指と人さし指を、またもむごたらしゅう切りとったのでござります」
「そうか。よし、もうそれでことごとく皆あいわかった。――では、伝六! そろそろあばたの敬公を救い出しに出かけようよ」
「えッ?」
「あばたの敬公をしゃばの風に吹かしてやろうといってるんだよ」
「わからねえことをとつぜん[#「とつぜん」は底本では「とっぜん」]おっしゃいますね。だって、まだ話を中途まで聞いただけで、この女がどうしてまたあんなだいそれたまねをしやがったか、それさえわからねえんじゃござんせんか」
「血のめぐりのおそいやつだな。ほれた絵かきの男が、最後に残った左手のたいせつもたいせつな親指と人さし指をまたもや見せしめに切りとられたんで、このご新造さんそれをかわいそうに思いつめた結果、夢癆病《むろうびょう》に取りつかれて、ご自身は知らずにあんなまねをしたんだよ。それが夢癆病の気味のわるいとこだが、正気じゃだれだってもそんなことは考えることさえもできねえのに、夢まぼろしの中で考えると、他人の指を切りとってくりゃ、ほれた男のだいなしになった手の指が、満足に直ると思われたんで、ふらふらとあんなふうに、ぶきみなまねをしちまったんだ。さっきのあの足のある幽霊みていな歩き方を見てもわかるが、それよりも大きな証拠は、今このご新造さん、おれの一喝《いっかつ》で夢からさめたとき、自身でもまたやったかとおっかながって、おぞ毛[#「おぞ毛」はママ]をふるっていたじゃねえか」
「なるほどね。そういわれると、ふにおちねえでもねえんだが、それにしてもあの怪力はどうしたんですい。こんな優女に、あんな怪力の出たのが不思議じゃござんせんか」
「それが夢の中の一念だよ。きつねが乗りうつったようなものだからな、自身じゃ知らねえ力がわくんだよ。ついでだから、このご新造さんが夢の中を歩いていても、あのとおり江戸の地勢に詳しかった手品の種もあかしてやるが――な、ご新造さん、あなたは今のその眠白のお囲い者になるまえに、江戸節か、鳥追い節を流して江戸の町を歌い歩いたおかたじゃなかったのかい」
「ま! 恐れ入ってござります。恥ずかしい流し稼業《かぎょう》でございましたゆえ、そればっかりはお隠しだてしてでございましたが、どうしてまた昔の素姓までがおわかりでございましたか」
「むっつり右門は伊達《だて》にそんなあだ名をもらっているんじゃござんせんよ。ほかでもねえ、その眼のついたのは、あなたの右手先に見える三味線《しゃみせん》のばちだこからさ。どうだい、伝六。わかったら、そろそろあばたの敬公に人ごこちをつけてやろうじゃねえか」
「まあお待ちなせえよ、お待ちなせえよ。人ごこちをつけてやるはいいが、だいいち野郎がどこにいるかもまだわからねえじゃござんせんか」
「うるせえな。右門のにらんだまなこに、はずれたためしはただの一度だってもねえじゃねえか。ちっちゃくなってついてきなよ」
 ずばりというと、それなる江戸節上がりの女を引き連れながら、舟に命じてふたたびこぎつかせたところは、仏画師眠白の白壁屋敷でありました。それも、岸へ上がるとただちにあの松の木の枝の下へゆうぜんとして歩みよったと見えましたが、奥儀をきわめた武道鍛練の秘技こそは、世にもおそるべきものというべきです。
「えッ!」
 鋭い気合いとともに、ぱッと土をけると、右門の五体はふんわり宙に浮いて、五尺の上もある土べいの上に軽々とのっかりました。
 かくして、容易に右門が内側から門を開きましたので、伝六は女を引き連れながら、ただちにそのあとにつづきました。はいってみると、これがどうしてよくもこれだけためあげたと思われるほどな一倍の広大きわまりない大邸宅で、ことに目をひいたものは、家棟《やむね》にすぐとつづいた二戸前の土蔵でありました。
 右門はそれを見ると、ふふんというように微笑を漏らしていましたが、女の手引きがありましたものでしたから、ただちに主人眠白の居室に押し入りました。と同時に、眠白もむくりと夜具の中から起き上がりながら、もう幾筋も大しわが寄っているくせに、てかてかといやにあぶらぎっている女好きらしい下品な顔をふり向けながら、ぎょッとなって、右門主従を見つめていましたが、それと気がついたものか、とたんでありました。やにわとまくらもとのわきざしを、がらにもなく取りよせましたものでしたから、当然のごとく名人の口にカラカラという大笑がわき上がると、いとも胸のすく小気味のいい啖呵《たんか》が、ずばりときられました。
「ふざけたまねはよしねえな。敬四郎たあ、ちっと品が違うぜ。むっつり右門とあだ名のおれを知らねえのかい」
 と――いきなりわきざしを片手にしながら、ばたばたと眠白が逃げ出しましたので、右門は莞爾《かんじ》とうち笑っていましたが、音をあげたのは伝六でした。
「野郎人を食ったまねしやがったな! 待てッ、待てッ」
 うなりながら、ここを必死と追いかけていったようでしたが、まもなくおおぎょうに叫ぶ声がありました。
「だんなだんな! 追い詰めましたよ! 追い詰めましたよ! この土蔵の中へ追いつめましたから、早く来て草香流をかしてくださいな」
 だが、右門はいたって悠揚《ゆうよう》としたものでした。にやにやとうち笑《え》みながら、片手をふところにして、のっそりとあとからはいっていったようでしたが、しかし一歩それなる土蔵へはいると同時に、ややぎょっとなりました。もう燃えたれかかったろうそくの鬼気あたりに迫るようなぶきみに薄暗いあかりの下に、右手のない一個の死体が、からだじゅうを高手小手にいましめられながら、やせ細った芋虫のようになって、ころがされてあったからです。そして、その死骸《しがい》のそばに、不憫《ふびん》というか、笑止というか、それとも憫然《びんぜん》のいたりというか、同じく高手小手にくくしあげられて、げっそり落ちくぼんだ目ばかりピカピカ光らせていた者は、だれでもない、あのあばたの敬四郎でした。
 右門はその死体を見ると、片手の切りとられているという一事から、すぐとそれが弟子《でし》の五雲であることを察しましたので、がぜん鋭い叱声《しっせい》があげられました。
「バカ者めがッ。まだ五雲を生かしておいたら、ずいぶんと慈悲をたれてもやろうかと思うていたが、この血迷ったしうちはなんのざまだッ。それも、見りゃどうやら食い物をとりあげて、干し殺しにさせやがったじゃねえかッ。うぬのようなちょぼくれおやじを、色餓鬼というんだ。さ! 神妙になわをうけろッ」
 しかし、眠白はいらざるまねをするやつでした。右門のその叱声《しっせい》を耳にすると、不意にぎらりとわきざしを抜き放ちながら、とらば一突きにとばかり近より迫った相手は、なわめの恥をうけている敬四郎ののど輪です。だから、敬四郎が血のけを失いながら、すっかり青ざめてしまったことはいうまでもないことでしたが、それとともに三たび音をあげた者は伝六で、こやつ日ごろは敬四郎をどぶねずみにまでもこきおろしていながら、いざとなるとやはり右門のうれしい配下です。憎みは憎み、愛は愛、人の危急を見ては捨ておけぬ江戸まえの気魄《きはく》を小者は小者並みに持っていたものでしたから、けたたましく怒号いたしました。
「やい、野郎ッ、なんてまねしやがるんだッ。引けッ、引けッ。そのなまくら刀を引かねえかッ。ね、だんな! なんとか法をつけておくんなせよ! 早くどうにか、おまじないをしてやってくだせえよ!」
 いうと、おろおろしながら右門に迫りました。それをききながら、捕物名人は、うれしい気性の手下だなというように微笑を含みふくみ眠白のほうをながめていましたが、例のすっと溜飲《りゅういん》が下がるような啖呵《たんか》が、おもむろに放たれました。
「古風なまねあよしねえな。そんな大時代な人質攻めは、当節奥山の三文しばいでだってもはやらねえぜ。あっさり手を引かねえと、いまにけがするよ」
 いいつつ腰のものの小柄《こづか》に、そっと片手がかけられたと見えると、目にも止まらぬ名人の名人わざでした。
「ざまあみろ! いううちに、けがをしたじゃねえか」
 いったときは、名人の小柄が、ぷっつり眠白の右手の甲にささって、ぽろりわきざしが手のうちから床にすべったところを、近よりながら例の草香流で、すでにぎゅっと片手捕えにねじあげていたあとでした。のみならず、捕物名人はしずかに伝六をかえりみるといっていたので――。
「きさまにゃ、どうして眠白が敬四郎どのをさらってきたかわかるまいから、ふにおちるように締めあげてみなよ」
 命令があったものでしたから、伝六はにわかに強くなると、ぎゅうぎゅうとくくしあげながら責めたてました。
「なんだって、こんな手数をかけやがったんだ。さあ、どろを吐け! さっさと吐いちまえ!」
 かくなるうえは、老痴漢とてももう施すべきすべがなかったものとみえまして、なにゆえ敬四郎をさらいとったか、恐れ入って実を吐きました。
「年がいもないあさはかなまねをいたしまして、面目しだいもござりませぬ。おおかたのことは、もうあれなるおなごめからお聞き及びのことでござりましょうから、改めて申しませぬが、あやつめが気味のわるい罪を犯して帰りましたゆえ、さぞご番所でもお騒ぎだろうと存じまして、こっそり様子を探りに参りましたら、こちらの敬四郎様とかおっしゃるだんなが、お手当にお出ましなさると知りましたので、あのおなごめが下手人とわかって、もし召しとらわれましたならば、てまえの隠しておいた五雲殺しの罪も自然わかるだろうとあさはかに考えまして、おとといの夜日本橋にてお手向かいだてをいたしましたのでござります。と申したら、絵かきふぜいががらにない腕だてじゃとおぼしめしますでござりましょうが、若いころ、いささかばかり剣術のまねごとをいたしましたので、はからずもそれが役に立ちましたのでござります。それに、こう申しましたら、こちらのだんなさまはお腹だちでござりましょうが、ご番所にお勤めのかたにしてはちっとお情けないお腕まえのように存じましたので、てまえごとき非力者にもたわいなくお眠らせすることができましたのでござります」
 敬四郎がその軽侮きわまりない眠白のことばにことごとくまっかになったのはいうまでもないことでしたが、伝六というやつは実に喜ぶべき天真らんまんなあいきょう者でした。きくと同時に、意地わるく敬四郎の顔をしげしげと見ながめながら、いたって大きな声でいいました。
「ね、ちょっと、敬四郎のだんな、今の眠白のせりふをお聞きなさいましたかい。こちらのだんなは、ご番所のかたにしては、ちっとお情けないお腕まえだといいましたぜ。ね、だんな、とっくりお聞きなさいましたでございましょうね」
 これで胸がすっとしたというように、あけすけといやがらせをいったものでしたから、右門はくすくす笑っていましたが、伝六を顧みるといいました。
「かわいそうだが、あっちの女も伝馬町へいっしょに引いていけよ。病気が直るまでじゃ。物騒で、うっかり放し飼いはできねえからな。――眠白もまた覚悟をしろよ。ともかくも、人間ひとりをなぶりごろしにしたんだからな。それから、召し使いに忘れずいっておきなよ。かわいそうな五雲のあとの始末を、ねんごろに営んでつかわせとな。では、伝六、そろそろ参ろうかな」
 命じておいて、敬四郎のかたわらに歩みよりながら、ぷつりそのいましめを切り解くと、あの秀麗な面に、ほのぼのとした微笑をうかべながら、いかにも右門らしい皮肉をずばりとひとこと浴びせかけました。
「げっそりおやせなすったようだが、どうやらこれでまた命がつながりましたから、たんと娑婆《しゃば》の風でもお吸いなさいましよ」
 そして、そのひとことの皮肉で、いっさいの憎みが洗い流されでもしたかのように、さっさと伝六のあとを追いました。

底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2000年1月21日公開
2005年7月6日修正
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