「岡本かの子」の記事一覧

鮨—– 岡本かの子
 東京の下町と山の手の境い目といったような、ひどく坂や崖《がけ》の多い街がある。  表通りの繁華から…
蝙蝠—— 岡本かの子
 それはまだ、東京の町々に井戸のある時分のことであつた。  これらの井戸は多摩川から上水を木樋でひい…
渾沌未分—– 岡本かの子
  小初は、跳《は》ね込《こ》み台の櫓《やぐら》の上板に立ち上った。腕《うで》を額に翳《かざ》して…
朧 —–岡本かの子
 早春を脱け切らない寒さが、思ひの外にまだ肩や肘を掠める。しかし、宵の小座敷で燈に向つてゐると、夜…
老主の一時期—– 岡本かの子
 「お旦那《だんな》の眼の色が、このごろめつきり鈍つて来たぞ。」  店の小僧や番頭が、主人宗右衛門の…
老妓抄—– 岡本かの子
 平出園子というのが老妓の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のように当人の感じになずまないところが…
恋愛といふもの—– 岡本かの子
 恋愛は詩、ロマンチツクな詩、しかも決して非現実的な詩ではないのであります。恋愛にも種々あります、…
明暗—– 岡本かの子
 智子が、盲目の青年北田三木雄に嫁いだことは、親戚や友人たちを驚かした。 「ああいう能力に自信のある…
娘—– 岡本かの子
 パンを焼く匂いで室子《むろこ》は眼が醒めた。室子はそれほど一晩のうちに空腹になっていた。  腹部の…
宝永噴火—– 岡本かの子
 今の世の中に、こういうことに異様な心響を覚え、飽かずその意識の何物たるかに探り入り、呆然自失のよ…
母子叙情—– 岡本かの子
 かの女は、一足さきに玄関まえの庭に出て、主人逸作の出て来るのを待ち受けていた。  夕食ごろから静ま…
母と娘 —–岡本かの子
 ロンドンの北郊ハムステット丘の公園の中に小綺麗な別荘風の家が立ち並んで居る。それ等の家の内で No.1…
風と裾 ―何人か良案はないか?——-岡本かの子
 春の雷が鳴つてから俄に暖気を増し、さくら一盛り迎へ送りして、今や風光る清明の季に入らうとしてゐる…
富士 —–岡本かの子
 人間も四つ五つのこどもの時分には草木のたたずまいを眺めて、あれがおのれに盾突くものと思い、小さい…
病房にたわむ花—– 岡本かの子
 春は私がともすれば神経衰弱になる季節であります。何となくいらいらと落付《おちつ》かなかったり、黒…
扉の彼方へ——- 岡本かの子
 結婚式の夜、茶の間で良人《おっと》は私が堅くなってやっと焙《い》れてあげた番茶をおいしそうに一口…
晩春—– 岡本かの子
 鈴子は、ひとり、帳場に坐って、ぼんやり表通りを眺めていた。晩春の午後の温かさが、まるで湯の中にで…
伯林の落葉—– 岡本かの子
 彼が公園内に一歩をいれた時、彼はまだ正気だった。  伯林にちらほら街路樹の菩提樹の葉が散り初めたの…
伯林の降誕祭—– 岡本かの子
  独逸でのクリスマスを思い出します。  雪が絶間もなく、チラチラチラチラと降って居るのが、ベルリン…
売春婦リゼット—– 岡本かの子
 売春婦のリゼットは新手《あらて》を考えた。彼女はベッドから起き上《あが》りざま大声でわめいた。 「…