佐々木味津三

右門捕物帖 幽霊水 ——佐々木味津三

     

 その二十三番てがらです。
 時は真夏。それもお盆のまえです。なにしろ暑い。旧暦だからちょうど土用さなかです。だから、なおさら暑い。
「べらぼうめ、心がけが違うんだ、心がけがな。おいらは日ごろ善根を施してあるんで、ちゃあんとこういうとき、暑くねえようにお天道さまが特別にかばってくださるんだ。というものの――」
 いばってみたが、伝六とて暑いのに変わりはないのです。しかし、もうお盆はあと二日《ふつか》ののちに迫っていたので、おりからちょうど非番だったのをさいわい、のこぎり、かんな、のみ、かなづちなぞ大工の七つ道具を、ちんちんと昼日の照りつける庭先に持ち出しながら、しきりと今日さまにおせじを使って仕事にかかりました。というと、いつのまにか伝六が棟梁《とうりょう》にでも商売替えをしたように思えるが、不思議なことに三年一日のごとく依然として岡《おか》っ引《ぴ》きなのですから、世の中にこのくらい出世のおそい男もまれです。だが、出世はおそくとも、なくて七徳、あって四十八徳、何のとりえもないように思えるこの伝六に、たった一つほめていいとりえがあるのですから、世の中はさらに不思議でした。おしゃべりに似合わず、いたって人情もろいというのがすなわちそれです。この暑いさなかに、ものものしい七つ道具を持ち出して、カンカンゴシゴシと、必死に大工のまねを始めたというのも、実をいうと名誉の最期をとげたあのかわいくて小さかった善光寺|辰《たつ》の新盆《にいぼん》が迫ってきたので、お手製の精霊《しょうりょう》だなをこしらえようというのでした。
「おこるなよ。なにもおめえが小さかったんで、からかうつもりでこんなちっちぇえ精霊だなをこしらえるんじゃねえんだが、しろうと大工の悲しさに、道具がいうことをきかねえんだ。気は心といってな、それもこれもみな兄貴のこのおれが、いまだにおめえのことを忘れかねるからのことなんだ。――だが、それにしても、この精霊だなはちっと小さすぎるかな」
 骨組みだけできたのを見ると、なるほど少しちいさい。どうひいきめに見ても、たなの大きさは四寸四角ぐらいしかないのです。
「かまわねえや。どうせおめえとおれとは水入らずの仲なんだからな。さだめし窮屈だろうが、がまんしねえよ。お盆がすぎりゃまた極楽さけえって、はすのうてなでぜいたくができるんだからな。――ほうれみろ、こう見えてもなかなか器用じゃねえか。この麻幹馬《おがらうま》だっても、でき合いじゃ売ってねえんだぞ。特別おめえはちっちぇえから、馬も乗りここちがいいように、かげんしてちっちゃくこしれえてやるんだ。持つべきものは兄貴なり、あした来がけに地獄のそばも通ることだろうから、おえんま様にちょっくらことづてしてきなよ。しゃばには伝六っていういい兄貴があるから、お客にいってめえりますとな。いい兄貴というところを、特別にでけえ声でいってきなよ――」
「もしえ……」
「…………※[#疑問符感嘆符、1-8-77]」
「あの、もしえ。だんな」
「ゲエッ。ちくしょうッ。おどすじゃねえか! わ、わりゃ、だれだ! だれだ!」
 精霊だなをこしらえながら、いいこころもちになってあの世の辰《たつ》と話をしているさいちゅう、どこから忍び込んで、いつのまに庭先までもはいってきたのか、不意にしょんぼりと目の前に立ちふさがりながら、いきなり「もしえ」と、あの世の人のような力のない声で呼びかけたので、愛すべきわが伝六はおもわずぎょッとなりながら、鳥はだたちました。いや、不意だったのにおどろいたばかりではない。影ばかりの人のようにしょんぼりとしていたその姿に、おどろいたばかりでもない。力のないその声にぎょッとなったばかりでもない。いかにも、その男が小さいのです。さながら善光寺辰の再来ではないかと思えるほどに小さいのです。――伝六は、背に水をでも浴びせかけられたようにぞっとなりながら、ふるえ声できめつけました。
「ま、まさかにおめえは、辰じゃあるめえな。た、辰ならまだ出てくるにゃちっとはええぞ。――ど、どこのどいつだ。な、なに用があって来たんだ」
「…………」
「返事をしろ。な、なにを気味わるく黙ってるんだ。むしのすかねえ野郎だな。返事をしろ。な、なんとかものをいってみろ」
「…………」
「耳ゃねえのか。気、気味のわりい野郎だな。なんだって人の顔をやけにまじまじと見つめていやがるんだ。今、もしえといったじゃねえか。声の穴が通ってるんだろ、返事をしろ。どこから来たんだ。な、なんの用があって来やがったんだ」
 たたみかけていったのを、不思議な男は一言も答えずにじいっと伝六の顔を長いこと見守っていましたが、とつぜん奇妙なことをずばりといいました。
「だんなは、江戸っ子でござんしょうね」
「なんだと!」
「だんなは江戸っ子かどうかとおききしているんでござんす」
「べらぼうめ。気をつけろ。余人は知らず、江戸っ子の中の江戸っ子のこの伝六様をつかまえて、だんなは江戸っ子でござんしょうかねとはなにごとだ。いま八百八町にかくれのねえ右門のだんなの一の子分といや、ああ、あの江戸っ子かと、名まえをいわなくともわかっているくれえのものなんだ。おれが江戸っ子でなかったら、ど、どう、どうしよってんだい。ええ、おい。ちっちぇえの!」
「あいすみませぬ。ただいま、ぽんぽんと景気よくおっしゃった啖呵《たんか》だけでも江戸っ子に相違ござりますまい。なら一つ――」
「なら一つがどうしたってえいうんだい。江戸っ子なら、べっぴんでも世話するっていうのかい」
「冗、冗談じゃござんせぬ。そんな浮いた話で来たんじゃねえんです。右門のだんなの一の子分の伝六様は江戸っ子だってことをあっしも聞いちゃいたんですが、ほんとうにだんなが江戸っ子だったら、あっしの話を聞いただけでもきっとむかっ腹をおたてになるんだろうと思って、じつあこうしておねげえに参ったんでござんす」
「こいつあおもしれえ。おめえ、がらはこまっけえが、なかなか気のきいたことをぬかすやつだな。なんだか知らねえが、その言いぐさが気に入った。頼みとありゃ、いかにもむかっ腹をたててやろうじゃねえか。事としだいによっちゃ、今からたててもかまわねえぜ」
「いえ、けっこうでござんす。けっこうでござんす。話を申し上げねえうちにぽんぽんとやられちゃ、ちぢみ上がっちまいますから、どうかしまいまでお聞きくだせえまし。じつあ、余のことじゃねえんですが、だんなはいま奥山に若衆|歌舞伎《かぶき》の小屋を掛けている大坂下りの嵐三左衛門《あらしさんざえもん》っていう役者のうわさをご存じですかい」
「べらぼうめ、知らねえでどうするかい。それがどうしたというんだい」
「じゃ、詳しく申し上げる必要もござんすまいが、あいかわらずあの気味のわるい水騒動が、今も毎晩毎晩絶えねえんです。だから――」
「ちょっと待ちねえ、待ちねえ。嵐三左衛門とか八左衛門というやつあ、いってえ何をしょうべえにしている野郎なんでえ」
「へ……?」
「今おめえがいったその奥山の若衆歌舞伎とかに出ている上方役者とかいう野郎は、何をしょうべえにしているんだい」
「役者だから、役者を商売にしているんでござんす」
「決まってらあ。役者はわかっているが、何をしょうべえにしているかといってきいているんだよ」
「こいつあおどろきましたな。じゃ、だんなはあの気味のわるい騒動のうわさも何もご存じないんですね」
「あたりめえだよ。かりにもご番所勤めをしている者が、知らねえといったんじゃ、お上の威光のしめしがつかねえから、大きに知っているような顔をしたまでなんだ。けれども、君子女人を語らず、町方役人どじょうを食せずと申してな、どじょうにかぎらず、町方役人となれば、そのほうたち下々の者へのしめしのためにも、知っておいてわるいことと、知らないほうがかえって役目の誉れになることがあるんだ。だから、おれが奥山くんだりの河原乞食《かわらこじき》のうわさを知らなくたって、何も恥にゃならねえんだろう。違うか。どうじゃ」
「恐れ入ました。いちいちごもっともさまでごぜえます。いえ、なに、ご存じないとなりゃ、なにもあっしだって口おしみするわけじゃねえんだから詳しく申しますがね、じつあ、こうなんですよ。ただいま申しました上方役者の嵐三左衛門っていうのがね、若衆歌舞伎の一座を引きつれて、はるばるとこの江戸へ下り、十日ほどまえから奥山に小屋掛けして、お盆を当て込んでのきわもの興行を始めたんでござんす。ところが、だんな、世の中にゃ、まったく気味のわるいことがあるもんじゃござんせんか。その嵐三左衛門が寝泊まりしている宿屋でね、毎晩水の幽霊が出るんですよ。水の幽霊がね」
「おどすねえ。お盆が近いからといって、人をからかっちゃいけねえよ。なんでえ、なんでえ、その水の幽霊ってえのは、いってえどんなしろものなんでえ。やっぱり、ヒュウドロドロと鳴り物がはいって、目も口も足もねえのっぺらぼうの水坊主でもが出てくるのかい」
「そうじゃねえんです。そんななまやさしい幽霊水じゃねえんですよ。朝起きてみるてえと、その三左衛門の泊まっているへやじゅうが、あっちにぽたり、こっちにぽたりと――、いいえ、ぽたりどころの騒ぎじゃねえんです。からかみから、びょうぶから、着て寝ている夜具ふとんまでがぐっしょりと水びたしになっているというんですよ。それがひと晩やふた晩じゃねえんで、毎晩知らぬまに、出どころたれどころのわからねえ幽霊水にぐっしょりとぬれているんでね。とうとう気味がわるくなって、四日めに宿屋を替えたんですよ。するてえと、だんな――」
「また出たか」
「出た段じゃねえんです。泊まり替えたその宿屋でもまた、朝になってみるてえと、衣桁《いこう》にかけておいた着物までが、ぐっしょりと水びたしになってね、おまけにまだぽたぽたとしずくがたれていたっていうんですよ。だから、すっかりおじけをふるって、その日のうちにすぐまた三度めの宿を替えたら、ところがやっぱり幽霊水があとをつけてくるというんです。しかも、おまえさん、いいえ、伝六だんな、それからっていうものは、いくら宿を取り替えても、必ず朝になるてえとぐっしょり何もかもぬれているんでね。だから、とうとう――」
「よし、わかった。べらぼうめ。ほかならぬこの伝六様がお住まいあそばす江戸のまんなかに、そんなバカなことがあってたまるけえ。おおかた、河童《かっぱ》の野郎か雷さまの落とし子でもが、そんないたずらするにちげえねえんだ。さあ来い。野郎ッ。どうするか覚えてろッ」
「いえ、もし、ちょっとちょっと、血相変えてどこへいらっしゃるんです。まだあるんですよ。まだこれから肝心な話がのこっているんです」
「なんでえ、べらぼうめ。じゃ、おめえはおれに、その幽霊水の正体を見届けてくれろと頼みに来たんじゃねえのかい」
「来たんです。来たんだからこそ、このあとを聞いておくんなさいましというんです。だからね、嵐の三左衛門もとうとう考えちまったというんですよ。こいつあただごとじゃねえ、どいつかきっと意趣遺恨があって、そんなまねするんだろうとね、いろいろ考えて、あれかこれかと疑わしい者に見当つけていったところ、同じその奥山で小屋を並べながら、やっぱり若衆歌舞伎のふたをあけている、江戸屋江戸五郎っていう役者があるんですよ。名まえのとおり三代まえからのちゃきちゃきの江戸っ子なんですが、疑ってみるてえと、どうもこれが怪しいとこういうんです。というのは、どうしたことか、この江戸屋江戸五郎のほうが最初から人気負けしておりましてね、芸だってもそうたいして違っちゃいねえし、なにをいうにもおひざもとっ子なんだから、人気負けなんぞするはずはねえと思うのに、三左衛門の大坂下りっていうのが珍しいのか、ふたをあけてみたらからきし江戸屋のほうに入りがねえっていうんです。だから、三左衛門がいうのには、きっとその江戸五郎が人気負けした意趣晴らしに、毎晩宿へ忍び込んで、あんなけちをつけてまわっているにちげえねえ、とこういうんですよ。でなきゃあ、行く先泊まり替えた先にまで水が降るってはずアねえんだからね、江戸五郎自身がしねえにしても、だれか忍術でも使う手下をそそのかして、あんな気味のわるいまねをさせるんだ、とこういうんです。むろんのことに、そいつあ疑いだけのことなんで、現の証拠を突きとめたわけじゃねえんだが、てっきりもう江戸屋のしわざにちげえねえと、嵐三左衛門が会う人、出会う人に吹聴《ふいちょう》したからたまらねえんです。江戸屋江戸五郎もなさけねえ了見になったもんだ。てめえの芸のまずいのはたなにあげておいて、人気の出ねえ意趣晴らしに、水いたずらをするたアなにごとだ。江戸役者のつらよごすにもほどがあらあと、まあこういうわけでね、ひいきのお客までが、すっかりあいそをつかして人気はますますおちる、それにひきかえ嵐三左衛門のほうは、幽霊水のうわさと評判がますます人気をあおりたててね、知らぬ旅先へ興行に来て、あんまりうますぎるところから、意趣を含まれるほどの役者なら、さだめしじょうずだろうと、人気が人気を呼んで、毎日毎日大入り繁盛しているというんです。――ねえ、だんな! むかっ腹をたてておくんなさいというのは、ここのところなんです。ねえだんな!」
「…………」
「え! 伝六だんな! ねえ、だんな! だんなは腹がたちゃしませんかい。おたげえ江戸っ子なら、だれだってもきっとあっしゃ腹がたつと思うんだ。考えてみてもごらんなさいまし。江戸屋の江戸五郎がほんとうにやったという、現の証拠を突きとめてのうえで、かれこれと三左衛門が人に吹聴するならもっとも至極な話なんだが、ねこがやったか、きつねがいたずらしたかもまるきし見当がつかねえうちに、罪を人に着せて、それでもって人気をあおるなんて、どう考えてもあっしゃ上方|贅六《ぜいろく》のそのきっぷが気に入らねえんです。また、江戸屋の親方にしたっても、生まれおちるからの江戸っ子なら、芸ごとのうえで人気負けしたのを根に持って、人の寝込みに水をぶっかけてまわるなんて、そんなけちなまねゃしねえと思うんだ。べつに、なにもあっしゃ江戸屋の親類でも回し者でもねえんですが、あかの他人だっても同じ江戸っ子なら、贅六ふぜいにおひざもとっ子が、ほんとうにやったかどうかわかりもしねえことをかれこれいわれて、いいようにひねられていると聞いちゃ黙っていられねえんです。こうしてわざわざおねげえに来たのも、つまりはそれでござんす。だんなも江戸っ子なら、きっとお腹がたつだろうと思いましてね。たてば、ほかならぬ右門のだんなの一の子分の伝六親方のことだから、ぱんぱんと啖呵《たんか》をおきりなすって、朝めしまえにだれがまことの下手人だか、幽霊水の正体つきとめてくださるだろうと思って、暑いさなかもいとわず、わざわざこうしておねげえに来たんでござんす。ねえ、だんな! 同じおひざもとっ子一統の顔にかかわるんだ。ひとはだぬいでおくんなせえまし! ねえ、伝六だんな! いけませんか、ねえ、伝六親分!」
「…………」
 ぐいぐいと油をそそぎかけられて、一の子分の伝六親分、すっかりいい心持ちそうに黙り込みながら、必死と首をひねりにひねりだしました。まことに無理がない。伝えたところが事実とするなら、だいいち正体のわからぬその幽霊水からしてが、はなはだぶきみ至極なのです。しかも、ぶきみなうえに、事はふたりの役者のうえにからまっているのです。はたして、江戸屋江戸五郎がやったかどうか?――三左衛門が世間に吹聴しているごとく、人気をさらわれた腹いせに、事実江戸屋がかかる水いたずらをやったものなら、事はさしたる問題でないが、実証もつかまず、その現場も押えずに、単なる疑いのみから、不用意にこれを下手人のごとく吹聴しているとするならば、江戸っ子中の江戸っ子をもって任ずる伝六親方が、とうていこれを許せるはずはないのです。ましてや、一の子分の伝六親方のこと、大いに油をそそぎかけたばかりか、だんながご出馬しないことにはといわぬばかりに持ちかけたので、わが愛すべき親方は、ことごとくいいこころ持ちになりながら、おつに気どってすっかり考え込みました。
「まて、まて、せくでない、せくでない、せいては事をしそんじる。とかく、こういうときは、あれだ、あれだ、右門のだんなをまねるわけじゃねえが、あごをなでると奇妙に知恵がわくものなんだ。大船に乗った気でいろ。いまにぱんぱんと眼《がん》をつけてやるからな――」
 名人のいないのをいいことに、しきりと大きく構えながらあごをなでなで首をひねっているさいちゅう。
「ウフフ……」
 不意にそこのそでがきの向こうから聞こえてきたのは、いかにもおかしくてたまらないといったような笑い声でした。

     

「なんでえ。何がおかしいんだ。顔も見せずに、いきなり笑うとは何がなんでえ。出ろ出ろ。どこのどいつだ」
 いいこころ持ちに納まっていたやさきでしたから、不意を打たれてぎょッとしながらききとがめようとしたのを、
「そう気どるなよ、親方。どうだな、だいぶごぎげんの体だが、ぱんぱんと眼《がん》がついたかな」
 笑いわらいのっそりとそでがきの陰から姿を現わしたのは、だれでもない捕物《とりもの》名人のわがむっつり右門です。しかも、その姿のさわやかさ! ――昼湯にでもいってひと汗流してきたばかりらしく、青ざおとした月代《さかやき》に、ふた筋三筋散りかかるほつれ毛を風になぶらせながら、夏なおりりしくすがすがしい姿をにこやかにぬっと現わしたので、すっかりめんくらったのは伝六親方でした。
「ちえッ、人のわるい。なんですかよ。だんなならだんなとおっしゃりゃいいんだ。隠れておって意地わるくウフフとやるこたアねえでしょ。あっしが気どろうと納まろうと、大きなお世話です。はばかりながら――」
「人並みにおれにだってもあごがあるというのかい。あるにはあっても、どうやら、一山百文のあごのようだが、どうだな、安物でも、なでりゃ眼がつくかね」
「ちぇッ、顔を見せたとなるともうそれだ。口のわるいってたらありゃしねえや。じゃ、なんですかい、何もかもその陰で立ち聞きしたんですかい」
「さよう。あんまりおめえがいい心持ちそうに気どっていたのでな、なにごとかと思って、幽霊水の話も、江戸屋の江戸五郎とかの話もみんな聞いたのよ、気に入らないかね」
「またそれだ。なにもいちいちとそんなに陰にこもった言い方でひねらなくたっていいでしょ。いくら主従の間がらにしたって、人の話を立ち聞きするっていう法はねえんです。これが男どうしの公話だったからいいようなものの、もしもかわいい女の子とふたりで、いっしょに逃げましょう、ああ逃げようぜと道行き話でもしていたのだったら、どうするんですかい」
「ウフフフ、ぬかしたな。べつにどうもしねえのよ。おめえみたいな男とでも道行きする珍だねがあるのかなと思って、びっくりするだけのことさ。ときに、どうだね、たいそうもなく江戸っ子がっていたようだが、肝心の幽霊水とかの眼はもうおつきかい」
「はばかりさま、自慢じゃねえが、まだちっともつかねえんですよ。だから、今そのあごをね――」
「なんでえ、つがもねえ、知恵の出ねえようなあごなら、なにも気どるこたアねえじゃねえか。さいわいここにかんながあるようだから、削っちまいなよ。ほんとうにしようがねえな。どきな、どきな。どうやら、夏向きで涼しい幽霊のようだから、ちょっくら生きのいいお手本を見せてやろう。――いいかい、眼をつけるっていうなアこうするんだ。よく見ておきな」
 いいつつ、霊験あらたかなあのあごをそろりそろりとなでながら、小さいからだをいよいよちぢめて立ちすくんでいる若者のほうを上から下までじろじろと見ながめていましたが、まことに恐ろしいともあざやかともいいようのない右門流でした。
「きさま、うそをついてるなッ」
「そ、そ、そんな、うそなんかつくような男じゃねえんです。何もかも実のことを申し上げたばかりなんでござんす」
「控えろ、伝六親方の安でき目玉なら知らねえが、このおれの目の玉はちっとばかり品が違うんだぜ。かれこれいうなら、その証拠あげてやらあ。そりゃなんだ。その右にはいている雪駄《せった》の鼻緒の三味線糸《しゃみせんいと》はなんのまじないだ」
 ずばりといいながら指さしたのは、古い三味線糸で、切れたのをお手製にまにあわせておいたらしい雪駄のその鼻緒です。同時に、小さな男があっというようにうろたえながら、あわてて隠そうとしたがもうおそい。
「だめだよ、だめだよ。おれの目がにらんだんだ。江戸っ子なら江戸っ子のようにしたほうがよかろうぜ」
 にんめり微笑すると、静かに名人がずぼしをさしました。
「なかなか凝ってらあね。三味線の古糸で雪駄の鼻緒をすげるなんて、色修業でもした粋人でなくちゃできねえ隠し芸だよ。さっき、そこのそでがきの陰で聞いていたら、おめえは江戸屋江戸五郎の回し者でもねえ、親類でもねえとりっぱな口をきいたようだが、その三味線糸のあんべえじゃ、おそらく江戸五郎一座の浄瑠璃《じょうるり》語《かた》りか、下座でも勤めている芸人だろう。でなきゃ、おめえの色女かなんかが、一座のはやし方をでも勤めているはずだが、どうだ、違うか。正直なことをいわなきゃ、幽霊水の詮議《せんぎ》もこっちの気の入れ方が違うというもんだぜ」
「恐れ入りました。お目の鋭いのにはおっかねえくらいです。べつに隠すつもりではなかったんですが、ついその――いいえ、ほかのことは、幽霊水の話も、嵐三左衛門が江戸五郎親方のことを下手人のようにいっていろいろ吹聴していることも、みんなほんとうですが、縁もゆかりもねえといったのはうそでござんす。いかにも、お隠しだてしておりました。じつは――」
「一座の者か」
「いいえ、わっちゃ座方の者でも親類でもねえんですが、妹めが、その、なんでござんす、ずっとまえから江戸五郎親方に、その――」
「かわいがられているとでもいうのかい」
「へえい。まあ、ひと口にいや囲われ者になっているんでござんす。だから――」
「なるほど、ちっと眼が狂ったようだが、じゃなにかい、鼻緒のその正体は、妹がなにか三味線いじりをしているんだな」
「へえい、ほんの少しばかり、糸の音の好きなおかたなら、墨田舎二三春《すみだやふみはる》っていや、あああれかとごひいきにしてくださるけちなやつでござんす。だから、人気|稼業《かぎょう》の名にかかわっちゃと、妹の素姓の出ねえようにお隠しだてしていたんでござんす」
「ほほう、なるほどな。そうか、二三春がそちの妹か。たしか、二三春といや、のど自慢顔自慢の東節《あずまぶし》語りと聞いているが、それにしちゃ兄貴のおめえさんは、ちっとこくが足りねえな。じゃ、その妹に頼まれて、ほれただんなの江戸屋江戸五郎がほんとうの下手人かどうか、幽霊水の正体を突き止めてもらうようにと、駆け込み訴訟に来たんだな」
「いいえ、そうじゃねえんです。あっしが自身に思いたって、お詮議《せんぎ》をおねげえに来たんでござんす。と申すと物好きのようにお思いでござんしょうが、めかけ奉公のような囲われ者でも、妹にとっちゃほれてほれぬいた江戸屋でござんす。それゆえ、だんなの江戸五郎が人気負けしたうえに、ほんとうの下手人かどうかわかりもしねえものを三左衛門からかれこれいわれて、みじめなめに突き落とされているのを見ちゃ、いかな妹も立つ瀬がねえとみえましてな、毎日|日《ひ》にち、泣きの涙で暮らしているんで、そこは血を分けたきょうだい、からだは細っかくとも、たったひとりの妹が悲しんでいるのを見ちゃ、あっしだってもじっとしていられませんので、こっそりとこうして伝六親方のところにお力借ろうと飛び込んできたんでござんす。もうほかに何も隠していることはござんせぬ。どうか、おねげえでございますから、だれがいったいほんとうの下手人だか、幽霊水の正体ご詮議くだせえまし。このとおり、ちっちぇえからだを二つに折っての頼みでござんす、頼みでござんす……」
「いかさまな。夏場に外出はあんまりぞっとしねえが、正体のわからねえ幽霊水なんて、存外とおつな詮議かもしれねえや。じゃ、あにい! 伝六親方!」
「…………」
「へへえ。ちっとまた荒れもようだな。何が気に入らねえんだ。おれが横から飛び込んであごの講釈したのが気に入らねえのかい」
「バカにしなさんな。むっつり右門はあごのだんな、伝六だんなはおしゃべりだんなと、近ごろ軽口歌がはやっているくれえのものです。そのあっしが、だんなのお株を奪って、あごに物をいわせるようになりゃ、だんなのしょうべえは干上がっちまうじゃござんせんか。そんなことに腹たてているんじゃねえんだ。あっしの気に入らねえのは、このちっちぇえやつなんですよ。べらぼうめ、そんなべっぴんの妹がいるのに、なぜまた出しおしみして、おめえなんぞが、まごまごとこくのねえつら、さげてきたんだい。二三春とかが自身このおれに頼みに来たら、おれのあごだって油が乗ってくるんだ。油が乗りゃ、おのずと気もへえって眼もつくじゃねえか。これからもあるこったから気をつけろ」
「暑っくるしいやつだな。四の五のいっている暇があったら、はええところ長いのを持ってきな」
「え……?」
「のぼせるな、大小をはよう持参せい」
 お組屋敷へ飛ばしておくと、名人は静かに小さい男を顧みてきき尋ねました。
「嵐三左衛門とかいう上方役者は、今どこに泊まっているんだ」
「ゆうべはたしか浜町|河岸《がし》の栗木屋《くりきや》っていう水茶屋に宿をとっていたはずでござんす」
「じゃ、幽霊水はゆうべも出たんだな」
「出たとのうわさを聞いたればこそ、こうしてお詮議のおねげえに参ったんでござんす」
「おまえのうちはどこじゃ」
「駒形河岸《こまがたがし》の妹のところにいるんでござんす」
「じゃ、道のついでだ、栗木屋のほうを洗って眼がついたら、吉左右《きっそう》しらせに寄ってやるから、帰って待っていな」
 えいほうと、伝六ともども御用|駕籠《かご》をそろえながら飛ばしていったのは、浜町河岸のその栗木屋です。――さすがのおひざもと大江戸も、真夏の酷暑に物みなすべてが焼けついて、かげろう燃える町中は、行き来の人も跡を断ち、水い、水い、と細く呼ぶ水売りの声のみがわずかに涼味をそそるばかりでした。
「ほほう、いかさまゆうべも水騒動があったとみえて、だいぶ暇人がたかっているな」
 ひょいと駕籠の中からからだを泳がしてのぞいてみると、河岸寄りのその栗木屋の前一帯は、ご苦労さまにも暑いさなかを、物見高い見物人が押しかけて、通行もできないほどの黒だかりです。それもまた無理からぬことにちがいない。一|顰《ぴん》一|笑《しょう》、少し大きなくしゃみをしても、とかく人気を呼びたがる役者にからまったできごとなのです。しかも、その役者が毎晩毎晩気味の悪い幽霊水に襲われるというのです。あまつさえ、それが実証あってのことであるかどうかは二の次として、同じ役者どうしの意趣遺恨に根を張ったできごとと吹聴《ふいちょう》されているだけに、わけても江戸娘たちの好奇心をあおったものか、恥ずかしげに面をかくしながら、あちらにこちらにのぞき見している姿が見えました。したがって、またわが伝六のことごとく活気づいたのはいうまでもない。
「どきな、どきな、だんながおいでだよ。おらが自慢のむっつり右門のだんながお出ましなんだ。あけな、あけな、女の子は近寄ってもさしつかえねえが、ろくでもねえ野郎ども雁首《がんくび》を引っこめな」
 肩をふりふり通っていったあとから、名人は秀麗かぎりない面に、ほのかな笑《え》みをたたえながら、静かに通っていくと、案内も請わずずかずかとはいっていって、ずばりと宿の者にいいました。
「この巻き羽織見たら八丁堀《はっちょうぼり》衆ってことがわかるはずだ。嵐三左衛門の寝泊まりしていた座敷へ案内せい」
 小女に導かれながらどんどんはいっていって、ひょいとその座敷の中を見ると、いかさまそこにある品々は一つ残らず、いまだにかわききらぬ水びたしになっているのです。しかも、へやにはまゆげの跡の青いくにゃくにゃとした若い男が汗みどろになって、せっせと荷造りを急いでいるさいちゅうでした。
「あっ、あの――」
 不意の訪れにどぎまぎしながら、言いよどんだのを、いつものあのぎろりと光る鋭いまなこです。じいっと上から下へ見ながめていましたが、静かにさえた名人のことばが飛んでいきました。
「弟子《でし》だな」
「へえい、あいすみませぬ」
「なにもあやまることはない。師匠は、三左衛門は小屋のほうか」
「へえい、朝の四ツから幕があきますんで、もうとうに楽屋入りしたんでござります」
「荷造りしているところをみると、今晩もまたどこかへ宿替えしようというんだな」
「へえい、こう毎晩毎晩じゃ、命がちぢまるさかい、今夜からお師匠はんもわてたちといっしょに楽屋で寝よういいなはるよって、荷ごしらえしているのでござります」
「というと、宿を取って寝るのは、いつも三左衛門ひとりきりか」
「へえい、そうでござります」
「なら、ゆうべのもよう、おまえではよくわからぬな」
「いいえ、わてはいっしょに泊まらいでも、お師匠はんから聞いたり、宿の衆からも聞いたりしておりますさかい、よう知ってまんね。まるでな、ねこほどの足音もさせいでな、朝になってみると知らぬまにこのとおり水びたしになっていますのや。な、ほら、たたんでおいたお召し物までが、このとおりぬれてまっしゃろ」
「ほほう、いかにもな。すると、なんじゃな、いつ忍び込んで、いつこんないたずらをするのか、今まで一度も下手人の姿は見たことがないというのじゃな」
「へえい、姿はおろか、影も見たことがないよって、よけい気味がわるいとお師匠はんもおっしゃってでござります」
「なら、ちと不審じゃな。姿も顔も見せぬ者が、なぜまた江戸屋江戸五郎のしわざとわかるのじゃ」
「そ、それはあんた、江戸五郎はんが水芸を売り物にして盆興行のふたをあけていやはりますさかい、だれかて疑いのわくがあたりまえやおまへんか」
「なるほど、水芸とな。どんな水芸じゃ」
「立ちまわりしていなはるさいちゅうに、足の先から水が吹いたり、刀の先からしずくが散ったりしますさかい、だれかて江戸五郎はんの水忍術、疑うはあたりまえでござります」
「ほほうのう、水忍術[#「水忍術」は底本では「水忍衛」]を使うとは、ちと容易ならんことになってまいったな。よしよし、久方ぶりじゃ、知恵袋にかびがはえぬよう、虫干しさせてやろうよ」
 いいながら、そろりそろりとあごのあたりをなでなで、巨細《こさい》にへやのうちを調べだしました。見ると、ふすま、障子はいうまでもないこと、壁からびょうぶまでがことごとく同じ幽霊水に襲われているのです。さすがに障子だけはもうかわいていたが、ふすまもからかみも、下半分は一面にしみが残って、じっとりとまだ湿ったままでした。しかも、その水しみが、あたかも今いった水芸でぽたりぽたりしずくをたらしたようなしみばかりなのです。当然のごとく、名人の目はさえ渡りました。天井から雨だれのようにでもたれおちた形跡があれば格別だが、申し合わせたように下半分へ、それもあきらかにへやの中からふりかけたらしい痕跡《こんせき》があるところを見ると、嵐三左衛門ならずとも、その下手人としての疑いを水芸達者の江戸五郎にかけたくなるのは当然なことだったからです。しかし、それにしても、ひと晩やふた晩ならともかく、十日のうえも寝ているへやの中へ忍びこまれて、しかもこれだけの水いたずらされながら、まるで知らないというのは、いかにも不思議といわざるをえない。
「ね……?」
「…………」
「箱根から東へはお化けも河童《かっぱ》も出ねえってことに相場が決まってるんだが、なにしろお盆がちけえんだからね。怨霊《おんりょう》のやつめ、三途《さんず》の川で見当まちげえやがって、お門違いのおひざもとへ迷ってきやがったかもしれませんぜ。ええ、そうですよ。そうですとも! たしかに、こりゃだれかの怨霊のしわざにちげえねえんですよ。そうでなくちゃ、だれにこんな気味のわるいまねができるもんですか」
「…………」
「ええ、そうですよ。そうですとも! いくら江戸屋の江戸五郎が水芸達者のけれん師であったにしても、舞台と地とでは場所が違うんだからね。伊賀《いが》甲賀の忍術までも使えるはずがねえんだ。ええ、そうですとも! それにちげえねえんだ。ひょっとすると、こりゃ三左衛門の肩にでもくっついてきた上方|怨霊《おんりょう》にちげえねえんですぜ」
 そろそろと伝六がお株をはじめてさえずりだしたのを、名人はあごをなでなでしきりとあちらこちら見捜していましたが、と――そのときはしなくも目についたものは、へやのすみに置かれてある二枚折りびょうぶの裏側のすそ下のほうに、ぷつりと浅く刺さっている平打ちのなまめかしい銀かんざしです。同時に、きらりその目が鋭く光りました。のっそり近づいて、抜きとりながら手にとりあげてみると、二筋三筋長い髪の毛が巻きついているのです。しかも、平打ちのその銀かんざしの飾り腹に紋があるのです。まさしく、だきみょうがの透かし彫りが見えるのです。――名人のことばは、当然のごとく伝法にさえ渡りました。
「弟子《でし》のあにい! おい、こら、弟子のおにいはん!」
「へ?」
「嵐三左衛門の紋はどんなやつじゃ」
「このとおり羽織にもございますが、うちの師匠はかたばみでござんす」
「江戸五郎のはどんな紋じゃ」
「江戸屋はんのはたしか――なんだっしゃったろな。ええと……?」
「だきみょうがか!」
「そうでござんす。そうでござんす。たしかにそのだきみょうがでございました」
 聞くや、名人はとつぜんかんからと笑いだすと、吐き出すようにいいました。
「暑いさなかを人騒がせするのにもほどがあらあ、おれが出かけるにもあたるめえ。のう、江戸のあにい、伝六親方、おめえだいぶべっぴんにご執心のようだったから、ひとっ走り駒形河岸へいって、気に入るように締めあげてきなよ」
「え……?」
「えじゃないよ、とんだ食わせ者にもほどがあらあ。幽霊水の下手人は、墨田舎二三春《すみだやふみはる》と事が決まったよ。おそらく、さっき駆け込み訴訟したちっこい野郎もぐるになって、何かひと狂言うったにちげえねえんだから、いっしょにぱんぱんと啖呵《たんか》をきってしょっぴいてきな」
「ちぇッ。だから、いわねえこっちゃねえんだ。たまにゃあごにも甘い物を食べさせておやんなさいよ。墨田舎の二三春が下手人とはなんですかよ。水芸達者の江戸屋江戸五郎に疑いがかかるというならまだ理屈にかなった話だが、三味線《しゃみせん》ひくのと忍術使うのとはわけが違うんだ。どこにあるんです、現の証拠は、どこにあるんです」
「この品さ。よく目をあけてごらんなよ」
「それがなんです。珍しくもねえ銀の平打ちかんざしじゃねえんですか。そんなもの、墨田舎の二三春でなくたって、いくらでもさしている女はありますよ」
「わからねえやつだな。紋だよ、紋だよ。そのどんぐりまなこをよくあけて、このだきみょうがの透かし紋をとっくり見なよ。江戸屋江戸五郎の紋だといっているじゃねえか。おれも二つしか耳はねえが、この江戸で女のかんざしをさしている男があるという話はまだ聞かねえよ。きのどくながら、やっぱりかんざしは女の持ち物とするなら、ほれた男の江戸屋の紋をかんざしにまで刻んでいるあだものは、まず十中八、九、二三春にちげえあるめえとホシをつけたって、しかたのねえことじゃねえかよ。はええところいってきな」
「へへえね。そういう理屈のものですかね」
「何を感心しているんだい。この暑気だ、まごまごしてりゃ腐っちまうじゃねえか。おおかた、二三春のやつめ、ほれた男の江戸五郎が、嵐の三左衛門に人気をさらわれちまったんで、それがくやしさに水まきして歩いているにちげえねえんだ。三味線ひくやつだって、忍びの得手《えて》がねえとはかぎらねえよ。夜忍びするは男と決まったもんじゃねえからな」
「ちげえねえ。当節は江戸で、女の色忍びがはやるっていうからね、べらぼうめ、べっぴんのくせに、ふざけたまねしやがって、どうするか覚えてろ。江戸っ子のつらよごすにもほどがあるじゃねえか。じゃ、なんですかい、兄貴だとかいったあのさっきのこくのねえ野郎も、いっしょにしょっぴいてくるんですかい」
「あたりめえよ。おれゃ八丁堀でひと涼みしているから、あっちへつれてきな」
 がってんとばかり伝六は宙を飛んで、その場に駒形河岸を目ざしました。

     

 待つこと半刻《はんとき》――。
 気楽な八丁堀のひとり住まいのお組屋敷で、すだれごしに流れはいる涼風をいっぱいにあびながら、例の右手をあごのあたりに散歩させつつ、ごろり横になってうつらうつらとしていると、
「だんな! だんな! いけねえ! いけねえ! もようが変わったんだ。もようが変わったんだ。ホシの様子が変わったんですよ」
 脳天のあたりからがんがんと声を出しながら、目色を変えて駆け帰ってきたのは、二三春をあげにいったあいきょう者です。
「やかましいな。どうしたんだい」
「これがやかましくいわずにおられますかい。べっぴんがね、二三春のやつがね――」
「逐電《ちくでん》したか!」
「したんだ、したんだ。ちっと遠すぎるところへ逃げたんですよ。冥土《めいど》へ飛んじまったんですよ」
「へへえね。罪を恥じて、首でもくくったのかい」
「ところが、おおちがいなんだ。殺されたんですよ。殺されたんですよ。どいつかに匕首《あいくち》でね、ぐさりとやられているんですよ」
「えッ――」
 おもわず名人もぎょッとしながら、がばとはねおきました。あっさりかたがつくかと思われたのに、がぜん事件は急転直下したからです。しかも、殺されているというのだ。下手人とにらんだ二三春がみずから死んだのではなくて、何者にか殺されているというのです。
「したくしろッ」
 さっそうとして、蝋色鞘《ろいろざや》をにぎりとると、飛ばしに飛ばせて早駕籠《はやかご》を乗りつけたところは、いうまでもなく駒形河岸の二三春の住まいでした。同時に、そのけはいを知って、おろおろしながら飛び出してきたのは、さっきのあの小さい男です。
「とんでもねえことになったんです。八丁堀へお伺いしたるすにやられたとみえて、けえってみると、むごいめに会っていたんです。たったひとりの妹なんだ、早いところお調べくだせえまし、いいえ、早いところ下手人をおつきとめくださいまし」
 すがりつかんばかりにしていったのを、名人は黙々としながらずいと奥へ通ると、まずなによりもというように、その現場へ押し入りました。とともに、さすがの名人もおもわず目をおおいました。凄惨《せいさん》というか、惨虐というか、畳一、二畳ほどは一面の血の海で、その血に染まっている相手がうら若い美貌《びぼう》のあだものだけに、むごたらしさもまた一倍だったからです。
 傷は、背中をぐさりとやられた突き傷が一カ所、凶器は匕首、手慣れの三味《しゃみ》にひと語りかたっているところをでも不意にうしろから襲われたらしく、二三春は撥《ばち》もろともに太棹《ふとざお》をしっかりとかかえたまま、前のめりにのめっているのでした。
「ね、どう見たってもよう替わりなんだ。殺されるって法はねえんです。このべっぴんが幽霊水の下手人っていうだんなの眼《がん》に不足をいうんじゃねえが、その下手人が殺されているっていうのは、いってえどうしたわけなんです。だれが見たって、こりゃ、いい心持ちで三味をひきひきうなっているところを、ぐさりとうしろからやられたものにちげえねえんだからね。現の証拠にゃ、うしろにその匕首がころがっているから、なにより確かなんだ」
「…………」
「ね、だんな、どうですかね。殺されるって法はねえんですよ。ええ、そうですとも! おまけに、くやしいほどのべっぴんなんだからね。どう考えたって、この世の中にべっぴんがただ殺されるって法はねえんですよ、どうですね。またあっしがかれこれしゃべっちゃうるせえですかね」
 しかし、名人はおしのように黙り込んだままでした。黙々としてこごみながら、じいっと双の目を光らして二三春の髪の道具を見調べました。くし、こうがい、共に栗木屋の座敷で見つけたあのかんざし同様、だきみょうがの紋が彫りきざんであるのです。しかし、かんざしはない。同じ紋どころの他の品が、くし、こうがい共にそろっているのに、かんざしばかりないところを見ると、先ほどびょうぶの裏すそから見つけ出したあのかんざしが、二三春の持ち物であることは確かです。確かとしたなら、二三春に対する幽霊水の下手人としての疑いは、ますます深まるばかりでした。だのに、その二三春がいまや容易ならんことにも人手にかかっているのです。――当然のごとくに、三つの疑惑がわき上がりました。
 幽霊水のほんとうの下手人はほかにあるのではないかという疑いがその一つ。
 その者が罪を二三春に着せるために、かんざしを盗み取って、びょうぶの裏に刺してきたのではないかという疑いがその二つ。
 それがあばかれそうになったので、罪をおおいかくさんために二三春を殺したのではないかという疑惑がその三つ。
「ちとこれはふた知恵三知恵、大出しにしなくちゃなるまいかな」
 つぶやきながら、しきりとあごをなでなで、しきりとあたりを見調べていたかと思われましたが、せつな!
「なんでえ! なんでえ! おどすにもほどがあらあ。ウッフフ、アッハハ。だから、べっぴんというやつあ、魔がさしていけねえんだ。のう、伝あにい!」
 とつぜん、名人が何を発見したか、爆発するように笑いだしたので、肝をつぶしたのは伝あにいです。
「びっくりするじゃありませんか。ど、ど、どうしたんです。また何か怨霊《おんりょう》でもが出ましたかい」
「出たとも、出たとも。すんでのところ、むっつりの右門も大恥かくところだったよ。こりゃなんだぜ、人手にかかったんじゃねえ、まさに二三春自身が自分で命をちぢめたんだぜ」
「冗、冗、冗談も休みやすみおっしゃいませよ。猿《えて》の手にしたっても、てめえの背中へドスを突き刺すような器用なまねはできねえんだ。ましてや、こんなかわいいべっぴんの手が、背中のまんなかに回るほど長かったら、首もろくろっ首のはずですよ」
「ところが、ご自身でお死にあそばしたんだから、なんともしようがねえじゃねえか。まあ、そのうしろの柱に結びつけてある品物をとっくり見ろよ」
 指さしたのは、二三春の死骸《しがい》のちょうどまうしろになっている柱の下のほうに、しっかり結わいつけてあるその名もなまめかしい江戸紫のしごきです。
「はあてね。七つ屋へこかしこんでも一両がところは物をいいそうな上等のちりめんだが、いってえこんなところに結わいつけて、なんのまじないですかね」
「それが手品の種よ。なんのまじないだか、種あかししてみたかったら、そこのしごきのひとねじねじれているところへ、おっこちているドスをさしてみな」
「はあてね、――よよっ。こりゃ妙な仕掛けだ。ぴったり、ドスがはまりますぜ」
「それがわかりゃ、死人に口はなくとも手品の種はとけるはずだよ。まず、われ思うにだ、どうして死なねばならなくなったかは二の次として、なかなか二三春べっぴんゆかしいじゃねえか。さすがは糸の音締めで名をとった江戸女だよ。しょせん死なねばならぬものなら、日ごろ自慢の渋いのどで、この世のなごりに思いのこもったゆかしい一節をでも語りながら、心の清く澄んだところで、身ぎれいに果てようと、われとわがうしろ背をその柱に結わいつけた匕首《あいくち》にぶすりとやったやつが、がっくり前へ三味線をかかえて身はのめる、その拍子にドスが抜けて下におちる、魂は飛んで極楽へといった寸法だと思うが、むっつり右門の眼は狂ったかね」
「ちげえねえ。暑気に会っても、知恵にかびのはえねえのは、さすがにおらがだんなだ。そういや、二三春の両手の手首に、麻なわででもくくったらしいくくりあとのあるのも不思議じゃござんせんかい」
「それよ。さすがにおめえも一の子分だけあって、あごの油の切れねえのは豪勢だ。なぞを解くすべてのかぎは、まさにその手首に見えるくくりあとだよ。こうなりゃ、もうおれの眼はすごいんだ。これだけのべっぴんが、ただ死ぬはずはねえ。何かいわくがあって江戸紫の命を断ったにちげえねえから、家捜しやってみな」
「ちくしょうッ、なんとも気に入ったことをおっしゃいましたね。こうなりゃおれの眼はすごいんだとは、またいかにもうれしくなるせりふじゃござんせんか。べらぼうめ。おいらの眼だっても、こうなりゃなかなかにすごくなるんだ。ほんとに、どうするか覚えてろ」
 捜しているうちに、はしなくも見つけ出したのは、そこの縁起だなの上になにごとか秘密を包みながら、子細ありげに置かれてあった変なものです。まことに変なものという以外いいようのないほども変なものです。
「ざまあみろ。ざまあみろ! あるんですよ。あるんですよ! ここに変なものがあるんですよ。あッ、いけねえ。だんな、だんな。血だ、血だ。血がしみ出ている紙包みですぜ」
「なに!」
 近よってのぞいてみると、いかさま、ふところ紙の一束の外にまで、べっとりと黒ずんだ血がにじみ出た、いぶかしい小さな包みがあるのです。しかも、それが不思議なものの前に、なぞのごとく置かれてあるのでした。江戸絵なのです。それもただの江戸絵ではない。若衆歌舞伎十二枚のうち、江戸屋江戸五郎|胡蝶《こちょう》物狂いの図と、彫り書きの見える一枚刷りの大にしき絵の前に、供え物のごとくに置かれてあるのです。
「あけてみろ」
 命令とともに、伝六がおそるおそるあけてみるやいなや、名人もろとも、あッと声をたてました。血のにじみ出ていたのも道理、中から出たのはまさしく人のなま指なのです。それも小指なのだ。あきらかに歯で食い切った男の小指なのです。
「なぞはこれだな。みせい、みせい」
 ぶきみもかまわずに取りあげて見調べていましたが、とたんに名人のさえまさった声が放たれました。
「まさしく、役者の指だ。つめの間をみろ。おしろいがしみ込んでいるじゃねえか。江戸五郎の一枚絵にこれを供えてあるたア、二三春も存外の知恵巧者だぜ。行く先ゃ奥山だ。奴凧《やっこだこ》のようになってついてきな」
 紙ごと小指を懐中すると、ひた急ぎに急いだ先は、真夏の真昼の焼きつける暑さもなんのそのと、今が人の盛りの奥山の、見せ物小屋が軒を並べたその一郭です。しかも、ずかずかとはいっていったところは、水芸若衆歌舞伎と大のぼりの見える江戸屋江戸五郎の小屋でした。
「ちょっと、ちょっと。こんな人けもねえような小屋に、なんの用があるんです。鬼娘じゃあるめえし、食い切った小指の詮議《せんぎ》なら、江戸五郎は見当ちげえじゃござんせんかい。いかに二三春がとち狂ったにしても、ほれてほれてほれぬいた男の小指を食いちぎるはずあねえですぜ」
「うるせえや。死人に口がありゃ、こんな苦労はしねえんだ。黙ってついてきな」
 どんどんはいっていくと、ちょうど幕のあいていたのをさいわい、土間の片すみからその鋭いまなこを送って、おりから水芸所作事に踊り舞っている江戸五郎の両手の先をじっと見調べました。しかし、あるのです。右にひるがえし、左に返す両手には、いずれも五本の指が満足にあるのです。
 と見るや、名人はどんどんまた引っ返していって、大坂下り若衆歌舞伎と大のぼりの上がった嵐三左衛門の小屋の中へ、かまわずに押し入りました。ここはまえと違って、いかさま、江戸のお盆人気をひとりで占めているらしく、わんさわんさの大入り繁盛です。しかも、舞台にきらびやかな大身の槍《やり》を擬しながら、槍六法を踏んでいたのは、まぎれもない座頭《ざがしら》嵐三左衛門でした。
「へへえね。ちっとのっぺりして間のびがしているが、嵐の三公なかなかいい男じゃござんせんかい。ちくしょうめ、おれに断わりもなく、江戸の娘っ子がうだるほど来ていやあがらあ。いささかくやしいね」
 十八番を始めた伝六にはおかまいもなく、名人はずかずかとその人込みを押し分けて舞台近くに進んでいくと、指やいかにと目を光らせました。と同時に、鋭く射たものは、三左衛門の左手先に巻いてある白い布で、まさしくけがをしている証拠にちがいない。知るや、名人のさえまさった声が、うしろにまごまごとしているあいきょう者のところに飛んでいきました。
「十手だッ、十手だッ、十手の用意をしろッ、ほんとうに大汗かかしやがった。二三春べっぴんがあらましのことでも書き置きに残して死んだら、暑いさなかをこんな苦労せずにすんだんだ。江戸女はとかく渋すぎて手数がかかるよ。用意ができたらついてきな」
 ひらり舞台におどり上がると、大喝《だいかつ》一声!
「この狂言差し止めたッ。嵐三左衛門! 神妙にせいッ」
 不意をうたれて、当の三左衛門はいうまでもないこと、土間いっぱいの見物たちがわッともみ声あげながら騒ぎたったのを、
「八丁堀の右門が不審のかどあって差し止めたのだッ。騒ぐなッ。騒ぐなッ」
 制しつつ、つかつかと三左衛門の身辺に歩みよると、いとも胸のすく伝法なあの啖呵《たんか》がずばりと見舞いました。
「江戸っ子は諸事あっさりしているんだ。このおひざもとで、上方流儀のねちっこいまねははやらねえぜ。のう、三的!」
「不意に、な、な、なんでおまっしゃろな」
「その、なんでおまっしゃろなというせりふがねちっこいんだ。二三春は、ゆかしい死にざまだったよ」
「えッ……!」
「しばいがかったみえをきるなッ。おめえの手の指は、まさかに六本じゃあるめえ。ほうら、みやげだよ。この食いちぎられた小指を、その左手の布を巻いた下にあるあき家へもっていったら、四本の指がねずみ鳴きして喜ぶはずだ。もうこのうえむだなせりふはいう必要もあるめえ。あっさりするんだ、あっさりとな。江戸のごひいき筋は、かば焼きをおあがりあそばすにも油をぬくぞ」
「…………」
「なんでえ。まだ恐れ入らねえとありゃ、――むっつり右門の奥の手出そうか! 草香流は暑くなるとききがいいんだ。手間とらしゃ、ぼきりとお見舞いするぜ。幽霊水の下手人もおおかたうぬ自身だろう。どうだッ。まさかに眼が狂っちゃいめえがなッ」
「お、恐れ入りました。それまでおにらみがおつきでは、もう隠しだていたしませぬ。いかにも、水いたずらはてまえのしわざにござります」
「油っこいまねするにもほどがあらあ。なんでまた、てめえでてめえの座敷に水まきしたんだ。涼み水なら、まきどころが違うようだぜ」
「ごもっともさまでござります。なにを隠そう、それもこれも――」
「人気をあおる手品の種かッ」
「へえい。つい、その、いいえ、何を申しますにも江戸下りははじめてでござりますゆえ、知らぬ土地ではごひいきさまへ評判とるのも並みたいていなてだてではいくまいと存じまして、ついその水いたずらをしたのでござります。ああして、だれがいたずらするかわからないようにこっそり水をまき、幽霊水の評判がたったところで、わるいことと知りながら、江戸屋はんにぬれぎぬ着せたうえ人気をひとり占めにしようと計ったのがさいわいと申しますか、うまくあたったのでござります。それゆえ、内心ほくほくしておりましたところ、昨晩――」
「二三春が様子探りにでも忍んでいったと申すかッ」
「へえい。かしこいおなごはんでござります。てまえのしわざとにらんだものか、夜中近いころ、へやの外までこっそり参りましたところを、ついてまえが見つけ出し、さかねじ食わせて言いとがめておりますうちに――」
「よし、わかった。聞くもけがらわしいや。江戸の女のべっぴんぶりに目がくらんで、手ごめにでもしたというのだろう。どうだ、違うかッ」
「なんとも、面目ござりませぬ。かえって水いたずらの罪を二三春さんとやらにぬりつけ、ないしょにしてやるからとおどしつけ、ついその、なにしたのでござります。重々面目ござりませぬ」
「あたりめえだ。人のお囲い者を手ごめにした野郎に、面目やお題目があってたまるけえ。食いちぎられた小指は、そのときの手ごめ代かッ」
「恐れ入ります。なにを申すも人気|稼業《かぎょう》の芸人でござりますゆえ。穏便なお計らいくださりますればしあわせにござります」
「控えろッ、むしのいいにもほどがあらあ。江戸の女は、お囲い者でも操がいのちのうれしい心意気を持っているんだッ。さればこそ、江戸五郎に面目ねえと、恨みの小指を一枚刷り絵に供えておいて、ゆかしい死に方までしているんだッ。そのうえ、あくどい水いたずらまでもやった者を、どこの江戸っ子がかんべんできるけえ。よくみろいッ。みなさまも鳴りを静めて聞いているじゃねえかッ。一、二年伝馬町の牢屋敷《ろうやしき》で涼みをさせてやらあ。――伝六ッ、伝六ッ、いいぐあいにつじ番所の連中が来たようだ。こののっぺりした三的を渡してやんな。おひざもとを騒がせた幽霊水の下手人だと申してな。札でも押っ立てながら、江戸じゅうを引きまわすようにいってやんな。そうすりゃ、ぬれぎぬ着せられた江戸屋江戸五郎も、あすからどっと人気が盛り返そうよ」
「ちげえねえ。ざまあみろいだ。やけにまたきょうは涼しいね」
 わッというようにはやしたてた土間いっぱいの見物の中を、ゆうゆうと押し分けながら肩を並べて外へ出ると、やはり伝六は伝六です。にたりとしながら、なぞをかけました。
「だが、しかし――」
「だが、しかしがなんだよ」
「いいえね、表へ出ると急に暑くなったというんですよ。だからね、どうでござんすかね。なにも陰にこもるわけじゃねえが、そもそもこのあな(事件)はあっしのところへころがり込んできたんだ、といったようなわけだからね、てがらのおすそ分けに、さいわい両国までは遠くねえし、屋形船かなんかを浮かべて、ぱいいち涼み酒とはどんなものかね。油をぬいた江戸っ子好みのかば焼きかなんぞを用いてね。どうですね、いけませんかね」
「生臭食ったら辰《たつ》が泣くよ。だいいち、さっきの精霊《しょうりょう》だながまだでき上がっていねえじゃねえか。早くこしらえておいてやらねえと、あしたの晩やって来ても、寝るところがねえぜ」
「ちげえねえ、ちげえねえ。なるほど、それにちげえねえや。とんだ忘れ山のほととぎすだ。辰め、まごまごしやがって、上方へでも迷って出りゃたいへんだからね。おうい、かごや。きょうはおいらが身ぜにをきって乗るんだ。ぱんぱんと八丁堀まで雲に乗って飛んでいきな――」
 二つの駕籠《かご》を追いかけて、江戸屋江戸五郎の小屋から、景気よく客寄せのはやし太鼓が、風に送られながら伝わりました。

底本:「右門捕物帖(三)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2000年4月8日公開
2005年9月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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