佐々木味津三

右門捕物帖 なぞの八卦見 —–佐々木味津三

     

 今回はその第六番てがらです。
 事件の端を発しましたのは、前回のにせ金事件がめでたく大団円となりましてから約半月ほどたってからのことでしたが、半月のちといえばもちろんもう月は変わって、文月《ふみづき》七月です。ご承知のごとく、昔は太陰暦でございますから、現今とはちょうどひと月おくれで、だから七月といえば、まさに炎熱のまっさいちゅうです。それがまたどうしたことか目もあてられない酷暑つづきで、そのときのお奉行所《ぶぎょうしょ》お日誌によると、この年炎暑きびしく、相撲《すもう》取り的にて三人蒸し死んだるものある由、と書かれてありますから、それだけでもどのくらいの暑さだったかが想像がつくことと思いますが、わがむっつり右門とて生身の人間である以上、暑いときはやっぱり人並みに暑いんだから、西日がやっとかげっていくらか涼風の出かかったお組屋敷のぬれ縁ぎわに大あぐらをかきながら、しきりとうちわを使っていると、大いそぎで今お湯をすましたばっかりといったかっこうで、せかせかと裏庭口から姿を見せたものは、例のおしゃべり屋伝六でありました。それというのは、いつまでたっても変人の右門が、もう少しこのほうだけは人並みすぎるほうがいいと思われるに、いっこう、女げをよせつけようとしないものですから、右門のこととなるとむやみと世話をしたがる伝六が、このごろずっとお通いで、朝晩のお勝手を取りしきっているからのことですが、だからわが家のごとく無遠慮に上がってくると、いっぱしの板番になったような顔つきで、ざっくばらんに始めました。
「米びつがけさでからだから、清水屋《しみずや》の小僧が来たらおいいなせえよっていっといたはずですが、まさかお忘れじゃねえでしょうね」
 すると、右門という男は、どうもどこまで変わり者だか、すましていったものです。
「ねぼけんない。おらそんなこたあ知らねえよ」
「えッ。ねぼけんないっですって……? あきれちまうな。だんなのおなかにへえる品物ですぜ」
「でも、きさま、おれがきのうこの暑っくるしいのに河岸《かし》の物ばかりでも気がきかねえから、たまにゃ冷ややっこでも食わせろといったら、ご亭主っていうもな、お勝手のことなんぞへ口出すもんじゃねえっていったじゃねえか」
 ほんとうにきのうそんなことをいったものか、めったにしっぽを巻いたことのない伝六も一本参ったとみえて、頭をかきながら苦笑いをしていましたが、するとちょうどそのときでありました。不意に、するすると忍び込みでもするかのように表玄関の格子戸《こうしど》があいたんで――。
「おやッ、変なあけ方をしやあがるな。いかにむてっぽうな野郎でも、まさか右門のだんなのところへ、こそどろにへえろうなんてんじゃあるめえね」
 夕暮れどきではあり、いかにもそのあけ方が少しおかしかったものでしたから、いぶかって伝六が出ていったようでしたが、まもなく引っ返してくると、いつもの口調でやや不平がましく、不意に変なことをがみがみといったものでした。
「ねえ、だんな、あっしゃこれでも、だんなのためにゃ命までもと打ち込んでいるつもりなんですが、まさか急にだんなは、あっしにみずくさくなったわけじゃござんすまいね」
「やぶからぼうに、おかしなことをからまってくるが、いったいどうしたのかい。米俵でも玄関にころがっていたのかい」
「しらきりなさんな。だんながその気なら、あっしもその気で考え直しますが、そもそもいってえ、いつのまに、あんな女の子を手なずけなすったんですかい」
「え……? 女の子?」
「え、があきれまさあ。いくらだんなが変わり者だからって、あれじゃまだせいぜい九つか十ぐれえにしかならねえんじゃねえですか。それとも、今からあんなちっちぇい娘を予約でもしておくんでげすかい」
「変なことばっかりいうが、そんな小娘でもたずねてきたのかい」
「来ただけじゃねえんだから、あっしゃみずくせいっていってるんですよ。ね、せっかくあっしがああやってわざわざお出迎いにいってやったのに、ちくしょうめ、おかしなまねをしやがって、あっしの顔みるてえと、じゃまなやつが出やがったなんていうようなつらしながら、赤くなってまた逃げてきましたぜ」
「ほんとうなら、少し変だな」
「だからこそ、いつあんな小娘を手なずけたんですかって、きいてるんじゃござんせんか。もうあんな色っぽい手管おぼえやがって、それとも、だんながあっしの顔みたら逃げてかえれとでも悪知恵つけておいたんですかい」
 相手はなにしろまだ九つか十ぐらいの小娘なんでしたから、たとえどんなに色っぽくまっかな顔になって逃げかえったにしても、それをただちに右門とおかしな仲ででもあるかのように思う伝六もちっと酔狂がすぎますが、しかしその報告がもし事実としたなら、相手が小娘だけに、右門も少しいぶかしく思ったので、もう一度たずねてくるかと心待ちに待ちました。
 しかるに、この奇怪なる来訪者は、右門の予期を裏切って、いぶかしきなぞの雲に包まれたまま翌日となりました。翌日もむろん前日にまさる炎暑でしたが、勤番は半日交替で午前中にひけるはずでしたから、伝六の怪しげなる腕まえによって調理された朝食を喫すると、あまりぞっとしない顔つきで、むっつりとしながら出仕いたしました。例のようにすぐと訴訟箱をひっかきまわしてみたが、いっこう目ぼしい事件もございませんので、屈託げにあごのひげをまさぐっていると、かれこれもうひけどきに近いお昼ごろのことです。伝六があたふたと駆けつけていったもので――。
「ねえ、だんな。ちっとどうもおかしいじゃござんせんか。ゆんべ八丁堀のほうにやって来たあのちっこい小娘が、まただんなを名ざしてたずねてきましたぜ」
 名ざしといったものでしたから、ますますいぶかしさをおぼえまして、すぐと右門が立とうとすると、しかし伝六が押えていいました。
「まちなせえよ、まちなせえよ。そんなに目色をお変えなすったってだめですよ。ね、小娘のくせに、いよいよもって、どうもふざけたまねしゃがるじゃござんせんか。今はらちがねえにしても、五、六年たちゃそろそろ年がものをいうからね。だんなに気があるならあると、すなおにいやいいのに、あっしの顔みたら、またまっかになって、いちもくさんに逃げてきましたぜ」
 と――、聞き終わるやいなや、むっつり右門がどうしたことか莞爾《かんじ》とばかり微笑を見せていましたが、まもなく例のごとくにかれ一流の意表をつく命令が、疾風迅雷的にその口から放たれました。
「な、伝六! きさま清水屋にお糸っていう小娘のあること知っているな」
「え? 知ってますよ。知ってますが、清水屋っていや米屋じゃござんせんか。お米ならもうとうにゆんべまにあいましたぜ」
「米に用があるんじゃねえんだ。娘のお糸に用があるから、ひとっ走りいって、ちょっくら借りてこい!」
「あきれちまうな。そんな小娘ばっかり集めなすって、鬼ごっこでもする気ですかい」
 少しも右門のやることに予測がつかなかったものでしたから、正直一点の伝六が首をひねったのは当然なことでしたが、しかるに本人の右門のほうはいよいよいでていよいよ不審だったのです。ひと足先にお組屋敷へかえって、ゆうゆうと寝そべっていましたが、伝六が汗をふきふき米屋の小娘を伴ってきたのを見ると、急に目を細めながらいいました。
「ね、お糸坊。おまえこないだっから、おじさんが好きだといったな」
「ええ、大すきよ。絵双紙でみた名古屋|山三《さんざ》そっくりなんだもの――」
 この少しこまっちゃくれた下町娘は、もうよほど右門とはなじみとおぼしく、いささかもはにかみを見せないですぐと答えましたものでしたから、右門がいよいよ伝六の目を丸くするようなことを平然としていいました。
「じゃ、きょう一日おじさんの子どもにならんかい」
「いちんちだけなの……?」
「ああ。だけど、おまえがもっと幾日もなりたいというなら、してあげてもいいよ」
「じゃ、なりましょう! なりましょう!」
 すばらしく勇敢に、すぐと答えましたものでしたから、伝六がとちめんぼうのような顔つきをしていると、反対に右門はにやにやとやっていましたが、まもなくそこに碁盤をさげ出しながら、すましきっていいました。
「じゃ、さっそく、これからおはじきを始めるからね」
 そういうと、ほんとうにお糸坊を相手にしながら、もうぱちぱちとおはじきをやりだしたもので、しかもなにがそんなにおもしろいものか、あきもせずに夕がた近くまで同じことを繰り返し繰り返しやっていたものでしたから、伝六がとうとうお株を始めました。
「らちもねえことするにもほどがごわさあ。くそおもしろくもない、あっしゃもうけえりますよ」
「そうかい。けえりたきゃけえってもいいが、でも、すぐとまた来なくちゃならんぜ」
 それを意味ありげに引き止めながら、しぎりと右門はお糸を相手に興がっていましたが、やがてまもなくのことです。そろそろたそがれが近づきかかったのをみると、突然お糸をこかげに招いて、耳へ口をよせながら、なにやらこまごまと秘策をさずけました。
「まあ、そう。ええ、わかりました、わかりました。おもしろいのね」
 すぐと了解がついたものか、きゃっきゃっといって、お糸坊は丸くなりながら表へ駆けだしたようでしたが、四半ときばかりもたつと、これは意外! ふるえながら青ざめている同じくらいのいじらしい小娘をもうひとりそのうしろに伴って、てがらをほこり顔に、にこにこしながらかえってまいりましたものでしたから、ひと目見るやいなや、あッとばかり伝六が目をさらにしてしまいました。
「ね、だんな! ね、だんな! こ、こりゃ、ゆうべときょう、だんなをたずねてきたあの小娘じゃござんせんか」
 すると、右門が涼しい顔をしていったものです。
「そうさ。まさに判然とあの小娘だよ。どうだい、おまえの胸も、ちっとはすっとしたろう」
「しました、しました。富士の風穴へでもへえったようですよ。さすがはだんなだけあって、やることにそつがねえや。なるほどな。じゃ、なんですね、きのうからのこの小娘のそぶりをお聞きなすって、ひと事件《あな》あるなっとおにらみなすったんですね」
「あたりめえよ。わざわざ右門を目ざしてたずねてきたのもおかしいが、二度もたずねて二度とも帰ってしまったなあ、恥ずかしいよりもよくよくでかい事件なんで、訴えることがおっかねえんだなとにらみがついたから、きょうもてっきりまたたずねてくると思って、子どもは子どもどうしに、お糸坊をちょっとえさに使ったんだ。――な。嬢や、さ、いってみな。このとおり、もうおじさんがついているからにゃ、鬼の首だって取ってあげるから、隠さずにいってみなよ」
 いうと、いたいけなその小娘は、案の定よくよく思いあまっていたこととみえて、右門のそのたのもしい一言に、ほろりと一つたまりかねたようなしずくを見せていましたが、やがてぽつりぽつりと、事のあらましを訴えました。
 それによると、このいじらしい小娘の父親は、もと中国筋のさる藩中で、ささいなことから君侯の怒りにふれて浪々の身となり、もう半年ほどまえから深川|八幡《はちまん》裏に継母と三人暮らしのわび住まいをしていたのだそうですが、十日ほど以前のある晩、父親が突然不思議な死に方をしたというのです。なんでも、日ごろからたいへんな迷信家で、ことごとにご幣をかつぎ、浪々の身となって深川に住むようになったことも、男は占い者のことばのうちに、辰巳《たつみ》の方角へ住まいをしたらふたたび運が開けるだろうという注意があったためからのことだったそうでしたが、しかるに殿の勘気はいっこうにゆるまず、さらに開運のきざしをすら見せなかったので、新たに八幡宮へ三七二十一日のご立願《りゅうがん》を掛けようとお参りにやって行くと、はからずもその境内にいぶかしきひとりの占い者が居合わせて、それなる少女の父親が通りかかったのを認むるや、頼みもしないのに、突然おかしなことをいったというのでありました。それがいわゆる八卦見《はっけみ》占い者の常套《じょうとう》手段といえば手段ですが、とにかくその前を通りかかると、突然、あなたには死相が浮かんでいるというようなことをいったのだそうで、そうでなくとも平生が迷信深い浪人者でしたから、すっかりそのひとことにはまってしまい、こわごわ卦《け》をたててもらうと、それなる八卦見がまたなんによってそんな奇怪きわまる判定をしたものか、断ずるごとくに、こよいの丑満《うしみつ》どきに死ぬだろうということを言いきったというのです。だから、浪人者のびっくりぎょうてんしたのはむろんのことで、今はもう八幡宮へご立願どころではなくなったものでしたから、うろたえて浪宅に帰りつき、厳重に戸締まりを施しながら、家人の者をすら遠ざけて奥の一間に立ちこもっていたのだそうでしたが、しかるに、浪人者の態度は大いに奇怪至極でありました。夜半すぎまではいっこう何も変った点は見せなかったそうでしたのに、売卜者《ばいぼくしゃ》のいったかっきり丑満どきがやって来ると、実もって奇怪なことには、急に気違いのごとくに狂いだし、なにやら声高にわめきながら、やにわに往来へ駆けだしたんだそうで、のみならず、そのままやみの中をいっさんに永代橋に向かって駆けつけていくと、あれよあれよと追いすがった妻女の手をふりのけながら、いきなり身をおどらして、橋の欄干ぎわからざんぶとばかり大川に身を投じ、それなりどこへ流されてしまったか、死体もわからない不審な自殺を遂げてしまったということでありました。で、小娘の訴え嘆願していうのには、いかにもその死に方がいぶかしすぎるから、右門の知恵と力によって、その不審な父親の死のなぞを解いてほしいとこういうのでした。
 事実としたら、なるほどその死に方は、少しばかり奇怪です。いかに浪人者が昔からの迷信家であったにしても、このご時世にそんな死に方は、めったにはあるべきことがらではないんですから、即座に小娘の哀願を引きうけて、よしとばかりに、右門一流の疾風迅雷的な行動が、その場からすぐと開始されそうに思われましたが、しかるに、かれは一部始終を小娘から聞いてしまうと、不意に意外なことをぽつりと尋ねました。
「そなたのおとうさんは、ご藩にいられたおり、どんなお役がらでござったな」
「殿さまのお手紙とかを書くお役目にござりました」
「ほほうのう。ご祐筆《ゆうひつ》でござったのじゃな。では、剣術なぞのご修業は自然うとかったでござろうな」
 すると、小娘が年に似合わない利発者か、ぱっと面を赤く染めて、いうのを恥辱とでも思うように、あわてながら目を伏せたので、右門はひとりうなずき、ひとり胸のうちに答えながら、鋭い視線を放って、しばらくじろじろと小娘のからだを上から下へ見ながめていましたが、突然、さらに奇妙なことをぽつりと尋ねました。
「そなた、ご飯たきをしたことがあるかな」
「ござります……」
「そうか。では、どうじゃ。今晩からしばらく、おじさんのうちのままたきなぞをてつだってみないか」
 と、――、小娘がまた意外でした。右門のそのいたわるような一言をきくと、急に面を喜びの色にみなぎらせながら、どうしたことか、ぽろぽろと突然あふれるほどにもうれし涙を流したもので――。のみならず、もうかいがいしく立ち上がりざま、すぐとお勝手へおり立って、まだおそらく十か十一くらいの年歯《としは》だろうと思われるのに、手おけを片手にしながら、さっさと井戸ばたへ出ていったものでしたから、鼻をつままれて少しくぼんやりとしてしまったものは、いつもながらの伝六だったのです。
「だんなのするこったから何かいわくがござんしょうが、まさかこれっぽちの暑さで、脳のぐあいをそこねたんじゃござんすまいね」
 いったかいわないかのときでありました。しかるように鋭いことばが、不意に右門の口から発せられました。
「あいかわらずのひょうきん者だな。さ! 深川だ、深川だ! 深川へいって、あの小娘のおふくろを洗ってくるんだ!」
「えッ、おふくろ……? だって、小娘はまさに判然と、おやじの死に方がおかしいから、そいつを洗ってくれろといいましたぜ。だんなの耳は、どこへついているんでござんすかい」
「あほうだな。おれの耳は横へついているかもしれねえが、目は天竺《てんじく》までもあいていらあ。てめえにゃあの子の首筋と手のなま傷がみえなかったか!」
「え……? なま傷……? なるほどね。そういわれりゃ、三ところばかりみみずばれがあったようでござんしたが、ではなんですかい。そのみみずばれは、おふくろがこしらえたものとでもおっしゃるんですかい」
「あたりめえよ。あの小娘のおれに訴えてえものは、おやじのこともことだが、ほんとうはあのみみずばれのことがおもにちげえねえんだ。けれども、さすがは武士の血を引いて年より利発者なんだから、おふくろの折檻《せっかん》やそんなことは、家名の恥になると思って、このおれにさえいわねえんだよ。だから、見ねえな、おれが察して、当分ままたきのおてつだいでもするかといったら、あのとおり、ぽろぽろとうれし泣きをやったじゃねえか。きっと、おふくろに何か家へ帰りたくねえようないわくがあるにちげえねえから、ひとっ走り行ってかぎ出してこい」
「なるほどね。いわれてみりゃ、大きにくせえや、じゃ、もうこっちのお糸坊のほうはご用ずみでしょうから、道のついでに帰してもようがすね」
「ああ、いいよ。途中であめん棒でも買ってやってな――ほら、二朱銀だ」
「ありがてえッ。残りは寝酒と駕籠《かご》代にでもしろってなぞですね。では、ひとっ走り行ってめえりますから、手ぐすね引いて待っていなせえよ」
 伝法に言いすてると、米屋のお糸を促して、景気よく飛び出したものでしたから、ここにいたってむっつり右門の別あつらえな明知と才腕は、配下伝六の骨身をおしまざる活躍とあいまって、いよいよその第六番てがらの端緒につくこととなり、今は伝六が深川からの報告を待つばかりとあいなりました。

     

 しかし、待つ間とてもあだに時をすごすべき右門とは右門が違いましたから、その間にもと思って、かれ一流の鋭利なる観察眼を用意しながら、聞きえられるだけのことを少女について尋ねました。しかるに、少女はその名を静と呼ばれているということと、疑問のおふくろをのぞいてはひとりの身よりも肉身もないということのみは包まずに答えましたが、右門のききたい肝心の継母に関しては、一言もことばを触れなかったのです。どれほどかまをかけてみても、利発そのもののような愛くるしいまなざしを伏せるだけで、ほとんどその片鱗《へんりん》をさえ伝えようとしなかったものでしたから、いよいよ右門が疑いの雲を深めているとき、通しの早駕籠《はやかご》かなんかで勢いよく駆け帰ってきたものは、深川へ行った伝六でありました。
「さ、だんな、お出ましだ。ほし! ほし! 大ぼしですぜ」
 的中したことを喜ぶあまり、おかまいもなくすぐにぶちまけようとしたものでしたから、右門は少女のいじらしい心根をおしはかって、とっさに目まぜでしかっておくと、別間に伝六をいざないながら、その報告を聞きました。
 それによると、お静への打擲《ちょうちゃく》折檻《せっかん》はむろんのことににらんだとおりで、今までも近所かいわいに評判なほどでしたが、ことに浪人者の不審なる入水《じゅすい》以後は、どうしたことか毎夜五つから四つまでの時刻にいっそう折檻の度が強まって、ひいひいと痛苦に泣き叫ぶお静の悲鳴が近所にもしばしば聞こえたということでありました。それから、つけたりに、それなる問題の継母が、お静とは姉妹ぐらいにしか見られないまだ二十五、六の若新造で、すばらしくいろっぽい容色の持ち主であるということ、および夫のいぶかしき入水以来どうしたことかめきめき金回りがよくなったということの、思い設けぬ材料が二つも報告されたものでしたから、右門のまなこはぎらぎらと予定のごとくに輝きを帯び、その口からは憤るがごとき、つぶやきが鋭く放たれました。
「ちくしょうめ。八丁堀にゃめくらしかいねえと思ってやがるな」
 だから、ただちになんらかの疾風迅雷的な行動がその場にも開始されるだろうと思われましたが、しかるに右門の伝六へ与えた命令は、またちょっとばかり奇妙だったのです。
「じゃ、あした久しぶりに、浅草へでもべっぴんの顔見に出かけるかな」
 それも不意にべっぴんといったから、伝六が例のようにすぐとお引ぎずりを始めたのは当然なことで――。
「なんだか少しまた薄っ気味がわるくなりましたね。一つなぞが解けたかと思や、また妙ななぞをおかけになりますが、まさかあっしをからかっているんじゃござんすまいね」
 しかし、右門は答えずにぷいと表へ出ていくと、行きつけの権十郎床で、何を考え出したものか、しきりと念入りに月代《さかやき》を当たらせました。のみならず、そのあくる朝が来ると、珍しく鏡に向かって、と見つ、こう見つしながら、鬢《びん》のほつれを入念に直したもので、まもなく髪から顔の手入れがひと渡り済んでしまうと、少し荒めと思われるはでな結城縮《ゆうきちぢみ》を素膚へ涼しげにひっかけながら、茶無地の渋い博多《はかた》を伊達《だて》に結んで、蝋色《ろいろ》の鞘《さや》の細いやつをややおとしめにたばさみながら、りゅうとしたいでたちで、さっとばかりに立ち上がりました。同じ美男は美男でも、ぐにゃぐにゃとした当節の銀座っぺいとはできが違いますので、こうなるとまったくその男ぶりのすごいこと、すごいこと――だから、年百年じゅう見なれている伝六すらが、とうとうぽうっとなってしまったのです。
「ああ、つまらねえ、どうしておれゃ女に生まれてこなかったろうな。こんないい男を前にして、野郎に生まれたばっかりの因果には、どうにも手の出しようがねえじゃねえか――」
 まことにこれは伝六の嘆声がもっともですが、しかし右門はそれほどもあざやかな美男ぶりであるにもかかわらず、べつにみずからはそれを鼻にかけようともしないで、おこったごとくにむっつりとおし黙りながら、さっさと表へ出ていきました。むろん、出ればすぐと駕籠《かご》で、しかも目ざしたところはほんとうに浅草だったのです。
 けれども、浅草を目ざしたことは目ざしましたが、右門の駕籠からおりたったところは、山の見せ物小屋とは反対に、雷門のまんまえでありました。それも、お参りをしようとするのではなくて、この暑いのにごった返している仲みせ通りの人込みをしきりとぶらぶらしながら、二度も三度も同じところを行ったり来たりやりだしたものでしたから、こういうときのむっつり右門がしばしば人の意表を突くような行動を取ることはよく知っていても、あんまり変なことをしすぎるために少々うだってしまったものか、伝六がとうとうお株の気短を小出しにさせて、ちえッと舌鼓を打ちながら、そのそでを引きました。
「あきれちまうな。きんのうやきょうお江戸の土を踏んだ人間じゃあるめえし、観音さまはいつ来たってこのとおりの人込みですぜ。薄みっともない、ぼんやりと口をあけて、なにがいったいそんなに珍しいんですかい。あっしゃもうほんとうにおこりますぜ」
 しかるに、右門はいっこうに馬耳東風と聞き流しながら、しきりとなにか物色顔で同じところを行ったり来たりしていましたが、そのときはからずも人込みの中から、まだ二十《はたち》ぐらいのみずみずとしたあだっぽい女の姿をみとめると、不意に鋭い口調で、ささやくように伝六へ命じました。
「ずいぶん待たしやがった。さ、伝六! どうやらむくどりが一匹かかりそうだから、あの女から目を放すなよ」
「えッ、女……? どこです? どこです?」
「あそこを行くじゃねえか。ほら、みなよ。黒っぽい明石《あかし》の着付けで、素足に日傘《ひがさ》をもったくし巻きのすばらしいあだ者が、向こうへ行くじゃねえか」
「な、な、なるほどね。どうやら堅気の女じゃねえ様子だが、あいつに目を放さなかったら、暑気当たりの薬にでもなるんですかい」
「よくも口のへらないやつだな。ひょうきん口をたたいている場合じゃねえんだよ。ずいぶん暑い思いをさせやがったが、あのあだ者が、今うわさに高いくし巻きお由にちげえねえんだ」
「えッ、くし巻きお由……? くし巻きお由っていや、きんのうもご番所でやつのうわさが出ましたっけが、この節浅草を荒らしまわる女すりじゃござんせんかい」
「だろうとにらんだればこそ、目を放さずにいろといってるんだ」
「でも、深川のまま母は、あいつじゃござんせんぜ」
「うるせえや、見てろといったら見ていろい!」
 はげしくしかりつけましたものでしたから、無我夢中ながら伝六も必死に目を放さないでいると、くし巻きお由と目ききされたそれなる疑問のあだ者は、どうしたことか、手にちゃんと日傘をもっているくせに、それをすぼめたままで、ごった返している人込みの間を右に左に縫いながら、仲みせを奥へ小急ぎに行ったようでしたが、と、ちょうど仁王門《におうもん》の手前――その手前までさしかかったところで、はしなくも向こうから日本橋あたりのお店者《たなもの》らしい若い男が、お参りをすまして帰ってきたのに行き合わせると、うしろに慧眼《けいがん》はやぶさのごときわがむっつり右門が控えているとも知らずに、女はまずにっとばかりそれなる男に向かって、ひと目千両の媚《こび》をつくってみせました。と、お店者のたちまちぐんにゃりとなってしまったのはもちろんのことで――、ありがてえッ、気があるな、というようにとろんとなったところへ女はふうわり軽く近づくと、涼しい声でこんなふうにいったものでした。
「ご信心ですことね」
 しかし、いったそのとたんです。果然、疑問のあだ者は、右門の目ききしたとおり、いま江戸で売り出しのくし巻きお由であったとみえて、そのわざの早いこと、早いこと!――目にも止まらぬすばしっこさで、しなやかに美しい指先がぽんとお店者の胸をたたいたとみるまに、早くも懐中のぽってりと小判をのんでいるらしい一物はするり女の手先にすられて、音もなく左手のすぼめて持っている日傘の中にすべりおちました。
「ちくしょうッ。器用なまねをしやがるね」
 だから、むろん伝六は御用にすることとばっかり思い込んで、勢い込みながら身を浮かそうとすると、しかるに右門は、意外な行動を突如としてまた取り出したのです。とっさに目顔で伝六を制しておいて、にやにや笑いながら女のあとを追っていったようでしたが、人込みのとだえた観音裏までつけていくと、ぽんと軽く女の背中をたたきながら、さわやかにいったもので――。
「ちょいと、お由さん! 妙なところでお目にかかったもんですな」
「えッ!」
 不意に自分の名を呼んで、しかもそこにりゅうとしたいい男の若い侍がなれなれしげに立っていたものでしたから、くし巻きお由の目をぱちくりとさせたのはいうまでもないことでしたが、右門はそのおどろきを見流しながら、莞爾《かんじ》とばかりにうち笑《え》むと、いっそうのさわやかさでいったものでした。
「おうわさじゃ聞いていましたが、あんなに器用な腕まえたあ思いませんでしたよ」
「えッ……まあ、突然――突然なんのことでございますかね」
「いいえ、なにね、今そこの日|傘《がさ》の中にちょいとこかし込んだしろもののことですがね」
「えッ!」
 ぎくりとなって、やや青ざめながらおもわずあとずさったのを、右門は心持ちよさそうに見ながめながら、くすりと一つえくぼをみせると、おちつきはらっていったもので――。
「まあ、あたしの顔をよくごらんなさいましよ」
 すると、くし巻きお由は、と見つ、こう見つ、右門のからだを上から下へ見ながめていましたが、さすがは彼女もそれと江戸に名を売ったかせぎ人だけのことはあってか、青ざめた顔に引きつったような笑いをむりに浮かべると、伝法な口調で悪びれずにいいました。
「――そうでござんしたか。男も参るほどの殿御ぶりと、かねがねおうわさに聞いちゃいましたが、じゃむっつり右門のだんなでござんしたね。そうとは知らず、お出回り先を汚して、お目こぼしをといいたいが、あたしも新まいながらくし巻きお由でござんす。だんなのようないい男のお手にかかるならせめても女|冥利《みょうり》でござんすから、さ、ご随意におなわをかけなさいましな」
 だから、じゃ、といって、すぐにも伝六へなわさばきを命じでもするだろうと思われたのに、意外なことに、むっつり右門はさらに莞爾《かんじ》とうち笑《え》むと、涼しげにいったものです。
「ところが、どうして、筋書きがそう定石どおりにいかねえんだから、人見知りはしておきたいものだね。実あ、お由さんの今のあの器用な腕まえをちょっとばかり見込んで、特にお頼みしてえことがあるんだがね」
「えッ……。だんながあたしに……?」
「さよう。そのために、この暑いさなかをわざわざ八丁堀から出張ったんですがね」
「まあ、近ごろうれしいことをおっしゃいますわね。そう聞いちゃ、あたしもくし巻きお由ですもの、その意気とやらに感じまして、どんなお仕事かひとつお頼まれしてみましょうかね」
「さすがは名をとった人だけあって、わかりがはええや。実は、今のあの器用なまねを逆にやってみせてもれえてえんだがね」
「え? 逆……? 逆というと」
「知れたことじゃござんせんか。ふところに品物をねじ込むんですよ、今のは器用にすり取ったようだがね。逆といや、つまり、あれをあべこべに、ふところへ品物をねじ込むんでさあ。むろんのこと、相手には気のつかないようにね」
「ああ、そんなことなら……」
 お茶の子さいさいですよといわないばかりに、ちょっとお由は考えていましたが、そこにおしゃべり屋伝六がいよいよいでていよいよ奇怪な右門のしぐさに、目をさらにしながらぼんやりとつっ立っていた姿をみると、不意ににっこりと笑いながら近よっていったもので――。
「ね、こちらのだんな。そら、そこのえり首に、大きな毛虫がはってますよ」
「えッ、毛、毛虫? 毛虫……?」
 不意でしたから、悲鳴をあげて伝六が飛び上がったのを、お由は目もとであだっぽく笑いながら制すると、静かにまたいいました。
「いいえ、えりじゃない、ふところですよ」
 と――、なんたる早わざなりしか、さらにうろたえて伝六が懐中に手を入れてみると、今までたしかに日傘の中に忍ばされていたと思われたあのお店者《たなもの》からすり取った紙入れが、もういつのまにか位置を換えて伝六の懐中にねじ込まれていたものでしたから、伝六も二度びっくりしましたが、期したることながら右門の舌を巻いたのも当然で、ついおもわず賛嘆の声を発しました。
「名人わざだ、名人わざだ。さすがは見込んでお頼みに来ただけのものがありますね――じゃ、今の調子で、この品物をねじ込んでもらいますかな」
 そして、いうと、出がけにでもちゃんともう用意してきたものか、ふところから取り出したものは、厳封をした十四、五本ばかりの書面でありました。
「あら! 少しこれじゃ役割がひどうござんすのね。あたしを使って、箱入り娘にでもつけぶみをさせるんでござんすか」
 だから、お由はすぐとそう取って、あたしだってもめったにひけを取らないあだ者ですよ、というように、ちょっと目もとをいろめきたたせましたが、しかるに右門がまずあれに一本と命じた相手は、いうがごとくどこかの箱入り娘ででもあろうと思いのほかに、これはまたなんたる意外ぞや、そこに店を張っていたじじむさい天神ひげの八卦見《はっけみ》だったのです。しかも、右門がお由に例の神わざを命じた相手の八卦見は、そこに居合わしたひとりばかりではないので、あちらこちらと捜しながら境内《けいだい》に居合わした全部で七人の八卦見たちに、一本ずつおまじないを施さしておくと、駕籠《かご》を命じてお由をも従えながら飛ぶように駆けつけさせたところは、神田明神の境内でありました。そこで同じように売卜者《ばいぼくしゃ》を見つけて、また三本ばかりふところにおまじないを施させておくと、さらに駆けつけさせたところは問題の深川|八幡《はちまん》で、その境内に居合わしたふたりの風体よろしくない八卦見たちにも同様に目まぜでお由に命じ、例の一本ずつをふところへ敏捷《びんしょう》にねじこませておくと、右門はさっさと駕籠《かご》を八丁堀へ帰させて、家へ上がるやお由の目をそばだてたのもかまわずに、さっとばかり胸をくつろげながら、わだかまりなくいったものでした。
「おう、暑い! 見る者はあっしとこの伝六ばかりだから、ご遠慮なくお由さんも薄着におなんなせえな」
 おなんなせえなといったって、なにをいうにも若い男をふたりも目の前にしてのことなんだから、冗談にもそんなだいそれた薄着なんぞになれるものではないのだが、蒸し返すような炎熱はがまんにもしんぼうができなかったとみえて、それにその筋のおだんな衆がちゃんとそばについていて、いいというお許しが出たものだから、ついお由も心がゆるんだものか、水色麻の長じゅばんをなまめかしくちらちらさせると、くつろげるともなく胸のあたりを少しばかりくつろげました。――むろん、雪のはだえは瑠璃色《るりいろ》にしっとり湿気を含んで、二九まさるはたちばかりの今ぞ色濃き春のこころは、それゆえにひとしおあだめかしい髪のくし巻き姿とともにいちだんのふぜいを添えて、魂までもあの世の遠くへ抜け出ていきそうななまめかしさでしたが、しかし相手は折り紙つきのむっつり右門でしたから、ちらりとそれを横目に見流しただけで、至極さばさばとした顔をしながらくるり伝六のほうへ向き返ると、くすくす笑いわらい、いたってあっさりといいました。
「おどろいたかい」
「ちえッ。あんまり人をいじくりなさんな。あっしゃもう無我夢中で少し腹がたっているんですよ」
「じゃ、お由さん、まだ二、三本手紙が残っているようだから、このかわいそうな気短者に、おまじないの種をみせてやっておくんなさいな」
 応じて、お由が残った中から一本をとって伝六のほうへ投げやったものでしたから、取る手おそしと封を切りながら、目を吸いよせられて読み下したようでしたが、同時におもわず伝六はあッと叫びました。――書中には次のごとき文書がかきしたためてあったからです。


――いつぞやは深川八幡境内にてご難役お頼み申し深謝このところにそうろう。おかげにて、あれなる浪人者は望みどおりの結果とあいなりそうらえば、それにつき改めてお礼の品なぞさし上げたくそうろうあいだ、こよい五つ半までに日本橋たもとへお越しくだされたく、右要用まで。いつぞやお頼みの者より。

 ――これではいかに伝六がうっそりといえども、はっきりと右門のいぶかしかった今までの行動が読めたものでしたから、額をたたかんばかりにしていいました。
「なるほどな。さすがだんなのやることだけあって、芸がこまかいや。じゃ、なんですね、このおまじないをおとりに使って、まずあのときの八卦見の野郎をおびき出そうというんですね」
「あたりめえよ。人相とか年かっこうでもわかっていりゃ、こんなまわりくどい捨て石なんか打たなくたっていいんだが、ただ深川の八幡にいた八卦見といっただけじゃ、どうせあいつらは渡り者なんだもの、どれがどいつだかわからんじゃねえか。だから、きょうだけの捨て石じゃ獲物がかからねえかもしれないよ。江戸にいる八卦見の数は、あれっぽちじゃねえんだからな」
「その心配ならだいじょうぶ。おらがだんなのやるこっちゃござんせんか。いますよ、いますよ。きっとあの十二匹のうちにいますぜ。それに、渡り者といったって、あいつらにもなわ張りはあるんだからね。思うに、あっしゃ深川の境内に今もまだいるんじゃねえかという気がするんですがね」
「そうばかり問屋でも卸すめえさ。――だからねえ、お由さん、あんたも今の話で、あっしどもがなにしているか、もうおおかためぼしがついたでしょうが、場合によっちゃ、まだ二、三日あんたの例の早わざをお借りしてえんだからね。当分おてつだいをしてはくださるまいかね。ごらんのようなひとり者で、家の人数といっちゃあ、そこのお勝手にいるお静坊とあっしきりなんだから、寝言をいおうと、さかしまにはい出そうと、ご随意なんだがね。――もっとも、あっしが生身のひとり者なんだから信用がおけねえっていうんなら、そいつあまた格別ですが」
「いいえ、もうだんななら――、だんなのようなおかたのそばでしたら――」
 こっちが押しかけてもといわんばかりに、すぐとお由が引き取って、すりなぞ手内職にやっている素姓の者とは見えないような、娘々したはにかみを見せたものでしたから、腕のほうはどじのくせにそのほうばかりはまたやけに気の回る伝六が、たちまちそばから茶々を入れました。
「ちえッ。いい男にゃなりてえもんだな。女のほうから、このとおり、もうたかってくるんだからね」
 それにはちょっと右門も顔を赤らめたようでしたが、宵《よい》の五つ半といえばまだだいぶ間がありましたから、名人閑日月のたとえどおりごろりと横になると、ここちよげに午睡の快をむさぼりだしました。

     

 かくて、日は愛宕《あたご》の西に去って、暮るれば大江戸は宵の五つ――。五つといえば、昔ながらに江戸の町はちょうど夕涼みのさかりです。虫かごにはまだ少し早いが、そのかわり軒端《のきば》の先には涼しい回りとうろうがつるされて、いずこの縁台も今を繁盛に浮き世話のさいちゅうでした。だから、右門も涼みがてらにゆかたがけかなんかで出かけそうに思われましたが、しかし出てきた姿を見ると、昼のままの長いやつをおとし差しです。したがって、伝六がもも引きたびに十手を内ふところに忍ばしているのは当然なことですが、でもまだ月の初めでしたから、空は星あかりばかりで、そのためよくよく近よって見ないことには、かれらが八丁堀の者であることを見きわめることは、ちょっと困難なよいやみでした。
 さればこそ、そのよいやみをさいわいに、大身の若殿が供をつれて夕涼み、といったように見せかけながら、指定しておいた日本橋の橋たもとにたどりつくと、はたして、むくどりや来たるとばかり、目を八方に配りながら、ぶらぶらとその辺を逍遙《しょうよう》しておりました。
 と――。けがの功名なことには、伝六の予言がみごとに的中いたしました。総髪の毛束を風に吹かせて、人捜し顔に向こうからやって来た人影があったものでしたから、ひとみをこらしてよく人体を見定めると、まさに昼間深川の境内で最後におまじないをやっておいたそのひとりです。
「ね、だんな、どうですい。あっしの鉄砲玉だって、たまにゃ的に当たりやしょう」
 とんだところで伝六はすっかり鼻を高くしてしまいましたが、しかしそのときはもう右門が近よって、しらばくれながらかま[#「かま」に傍点]をかけていたときで――。
「おう、来てくだすったか。ご苦労だな」
「あっ――、暗くてよくわかりませんが、さきほど書面をくださっただんなですね。うちにけえってみると、いつもらったものか、ふところにあいつがへえっていたもんだから、あっしもびっくりしちゃいましてね」
「そうかい。とんだおつなまねしてすまなかったが、知ってのとおり、ちと内密に頼んだ仕事だったものだから、人に見とがめられちゃあとぐされが恐ろしいと思ってな、ちょっとばかり隠し芸をしたまでさ」
「ええ、そうでがしょう。大きにそうでがしょう。あのときもそういうお話でしたからね。ところで、ご書面によるとうまくいったとありますが、あの浪人者はほんとうにあれで死にましたかい」
「死んだからこそ、こうやってお礼に来たんだ。ときに、あのときゃいくら礼金をやるって約束をしたっけな」
「三両――たしかに三両っておっしゃいましたよ。だから、あっしゃ欲にかまけて、いまに来るか、いまに来るかと思いながら、はやりもしないのにあの八幡の境内で、きょうが日までだんなのおたよりを待っていたんですぜ」
「そうか、きのどくでしたな。じゃ、とりあえずその三両を先にやっておこうから、手を出しなよ」
「ありがてえなあ。久しぶりで小判の顔が拝まれますかね――」
 出したところをむんずと見舞ったものは、おなじみのむっつり右門が十八番中の一つなる草香流やわらの逆腕の一手です。
「いてえ! な、な、なにするんでえ!」
 いったが、もうこれはどう考えてみても少しおそいので――。
「バカ野郎! 調子につられて、つべこべとどろ吐きやがって――おれをだれと思ってるんだ。八丁堀のむっつり右門といや名ぐれえは聞いているだろうから、じたばたせずについてこい!」
 人だかりがしてはと思いましたものでしたから、逆腕を取ったままでもよりの自身番へしょっぴいていくと、すぐに吟味へかけました。もう半ば以上はかまにかかってどろを吐いていたから、ただちに八卦見も全部の白状に及んだので、それによると、浪人者にいった死相うんぬんのことは、むろん人から頼まれてやったことでしたが、しかるにその依頼者なる者がちょっと意表をついて、たしかに六十ばかりの身分ありげなお侍だったというのです。六十のおやじならば、いかにくらがりだったにしても、まだ三十まえのむっつり右門と見まちがうのは少しおかしいわけですが、しかし八卦見がいうのには、その見まちがいは三両に目がくらんだからのことで、あのときの頼み手は正真正銘たしかに六十ばかりの身分ありげなお侍だったといったものでしたから、右門は意外な面持ちで、ややしばらく考えておりました。
 しかし、考えていたのはほんのしばしで、伝六を顧みると、不意にいったものです。
「きさま、きのう深川のまま母を洗ってきたとき、このごろじゅう毎晩五つから四つの間に、折檻《せっかん》の悲鳴が聞こえるといったっけな」
「へえい、たしかに申しやしたよ」
「それなら、身分ありげな六十のおやじっていうのも、いっこうに不思議はねえや。じゃ、五つから四つといや、ちょうど今がその時刻だから、大急ぎに深川へ駕籠《かご》だ、駕籠だ!」
 いうと、八卦見の始末は自身番に頼んでおいて、すぐに飛びつけさせたところは、いうまでもなく八幡裏の路地奥にあるお静が継母のわび住まいです。しかし、家の中へははいらずに、足音を忍ばしながら裏口へ回ると、ちょうどそこに障子の破れめがあったものでしたから、息をころして中の様子を伺いました。
 と――、問題の継母は、こんな時刻になってなんの必要があるものか、伝六の報告したとおりな色香ざかりのみずみずしい上半身をあらわにむき出して、しきりにせっせとお化粧のさいちゅうでしたから、右門はずぼしが的中したとでも言いたげに、にたりとほくそえみをのこすと、伝六を伴ってぬき足に引き返しながら、ぴたりとこごむように身を潜めさせたところは、それなる家に通ずる細路地の入り口のくらがりでありました。いうまでもなく、これは何者か待ち人のあることを物語っていた行動でしたから、伝六も察して息を潜めていると、ややあって、ちゃらりちゃらりと雪駄《せった》の音も忍びやかに、その細路地めがけてやって来た者は、いかにも身分ありげな黒ずぎん姿の大小にはかましたる一人です。
 とみるや、右門はぱっとばかり行く手をさえぎりながらいったもので――。
「ご老体! 八丁堀の近藤右門でござる。お待ち受けしてござりました」
 しかるに、いささか意外でありました。相手はその一言を耳へ入れると、ぎょっとしたようにあとずさりしながら、やにわにくびすを返すと、ばたばたともと来たほうへ逃げ去ろうとしたものでしたから、右門はものをもいわずに伝六の内ふところに手を入れて、瞬間の早さに朱ぶさの十手をぬきとったと見えましたが、えッとばかりに気合いもろとも小|柄《づか》代わりに投げつけた手の内は堤流の手裏剣で、ねらいはあやまたずにひゅうッと飛んで、朱ぶさの十手は逃げ行くそのうしろからまともに相手の右足をしたたか打ったものでしたから、たわいもなく黒ずきんは大道にのめってしまったのです。それを悠揚《ゆうよう》として近づぎながら、えり首つかんでぐいと起こすと、右門は静かにいいました。
「お身分もあろうと存じ、手荒なことはさし控えようと思うたが、痛いめにお会われなすったのはそなたの不心得からでござる。右門少しばかり不審のかどあってじきじきにお調べしたいことがござるから、お同道くだされい」
 しかるに、右門の同道を求めたところは、もよりの自身番でもなく、吟味にはいたって縁の遠い永代橋の橋の上でしたから、まことに意外の中の意外というべきでありました。しかも、さらに意外なことは、橋のまんなかまで相手をしょっぴいていくと、いきなりその弱腰をけりながら、まっさかさまに大川めがけ、欄干から水中に突きおとしたもので――、だから、悲鳴に近い声をあげて伝六が叫んだのはあたりまえです。
「だんな、だんな、冗談じゃござんせんぜ! 見りゃ身分のありそうなかたのようだが、万が一のことがありゃ、だんなもあっしも切腹ものですぜ」
 すると、右門が莞爾《かんじ》としながらいいました。
「そう安っぽい腹がいくつもあってたまるかい。むっつり右門といわれるおれがにらんでからのことじゃねえか。いまにみろよ、あいつがすばらしい河童《かっぱ》ぶりをみせて、たちまちどっちかの岸に泳ぎつくから――」
 と、案の定そのことばのとおりで、水源《みなもと》には夕だちつづきでもあることか、いつもより水勢のました大川の流れをものともせずに、しゅっしゅっと抜き手をきりながら向こう岸に泳ぎつこうとしたものでしたから、ひと足先に走りついて土手に上がるのを待ちながら、その手をぐいともう草香流で逆にねじあげると、右門がおちつきはらっていいました。
「ご老体に似合わず、たいした河童ぶりでござりましたな。それを見たいばっかりに変なまねもしたんだが、みんなこりゃ右門流の吟味方法だからあしからず――では、あすまた伝馬町の上がり屋敷のほうへお届けいたしまして、おっつけ鈴ガ森か小塚《こづか》ッ原《ぱら》にでも参るようになりましょうから、それまでご窮屈でござんしょうが、あそこの自身番でごゆっくり蚊にでも食われなせえよ」
 いいながら、道のついでに見つかった自身番へこかし込んでおくと、疾風のごとくただちに駆けもどったところは、若新造がもろはだぬぎで人待ち顔にお化粧をやっていた路地奥のあの一軒でありました。行ったかと思うと、もうずいと中へはいったので、それからずばりと鋭い声で、胸をえぐるがごとくいったものです。
「浪人者にしても、ともかく侍の妻じゃねえか。ふざけた年寄りを相手に不義いたずらをやりくさって、八丁堀に右門のいることを知らねえか――さ、伝六! じたばたしたら少々ぐらいの痛いめはかまわねえから、もがかねえようにくくしあげろ!」
 命ずると、あんどんをさしあげて、あそこここと家の内の間取りぐあいをしきりに見まわしていましたが、そのときふと右門の鋭く目を光らした個所は、ほかならぬお台所のいぶせき浪宅には広すぎる土間のまんなかに設けられた新しいかまどです。それが新しすぎて不審なところへ、ひとりやふたりのお炊事をするささやかなるべき浪人者のあと家内たちのかまどにしては、少し造りが豪気に大きすぎたものでしたから、鋭く目を光らしながら近づいて、巨細《こさい》にあたりを調べあげると、はからずも右門の胸により以上の不審を打たれたものは、それなるかまどの上の天井ぎわに見える車井戸の井戸車でありました。
「ふふん、このかまどの下は井戸だな」
 慧眼《けいがん》はやぶさのごとき眼力で早くも推定がついたものでしたから、こころみにそこをたたいてみると、果然聞こえるものは、ぼうんぼうんという、まだ埋められてない古井戸の音響です。と同時でありました。
「伝六! 町内の鳶頭《とびがしら》をたたきおこして、わけえ者を五、六人借りてこい」
 もうこうなると、伝六がまた早いこと早いこと、たちまちいなせな鳶の若い衆を七、八人ばかり引き連れて、どやどやと駆けもどってきたものでしたから、右門は確信をもって命令を発しました。
「ご苦労だが、このかまどの下の古井戸の中に、人間の死体が浮いているはずだから、堀りあげてくれ!」
「そりゃ聞き捨てがなんねえや。そら、野郎ども、手を借しなッ」
 言いざまに頭《かしら》がまずまっさきにもろはだぬぎになりましたから、勇みと侠気《きょうき》と伝法はおよそ江戸鳶の誇りです。くりからもんもんの勇ましいところが、四半ときばかり力を合わせたとみるまに、案の定、かまどの下にはぽっかりとぶきみをたたえた古井戸の大きな口があいたものでしたから、それからあとはつねに不死身の頭の役で――、ひんやりと夏なお冷たき怪みたっぷりの古井戸へ、するするとなわを伝わりながら降りていったと思われましたが、同時に水の音があったと思うと、地の底で陰にこもる叫び声が聞こえました。
「だんなだんな、おめがねどおりだ。氷のように冷えきった裸んぼうの仏ですぜ」
 時をまたずに引き揚げてみると、それこそは実に小娘お静の父親なるあの浪人者のいたましき死骸《しがい》だったのです。しかも、うしろ袈裟《けさ》に刀傷を二|太刀《たち》も見舞われて、――そして、その刀傷でもわかるように、くくされている不貞な妻女についてどろを吐かせてみると、下手人はいうまでもなく、すでに自身番預けの身となった身分ありげのあれなる老人の侍でありました。その老人の侍こそは、また身分ありげの侍とにらんだとおり、中国|出石藩《いずしはん》の老職で、だからお静の父なる浪人者の藩名もそれでわかったわけですが、同時にその藩を追われた真実の原因も、実はそれなる老職がまえからくだんの妻女に年がいもなく懸想していたためで、まずその目的を果たすためには浪人させる必要があるというところから、君侯に讒《ざん》を構えてまんまと江戸に追いたて、しこうしてのちに権力と金力をもってあさはかな淫奔《いんぽん》の妻女をたらしこみ、ようやくにして不義の目的を達するにいたりましたから、ここに当然起こったのは夫なる浪人者の始末で、さいわいかれが生まれおちるからの迷信家だったのを利用して、あの八卦見が三両で利欲にはまり、けしからぬ死相うんぬんの当たらぬ八卦をたてたのです。だから、浪人者がうろたえて一室に閉じこもったのを見すまして、しめし合わせた老職が袈裟掛《けさが》けの二太刀で無残にもこれを追い傷にしとめ、また元来が藩の祐筆《ゆうひつ》であまり刀法には通じていなかったものでしたから、手もなくしてやられたその死骸《しがい》をば、今われらのむっつり右門が胸のすくような眼力であばいたとおり、家の内の井戸中へ投げ込んでおいて、その上には急ごしらえのかまどをしつらえ、そして不義のざれごとに目のくらんだ六十侍が、運よくも――あるいは運わるくも水泳の達人でしたから、妻女とぐるのひとしばいをかいて、小娘のお静が訴え出たように、浪人者の発狂投身と見せかけながら永代橋上よりおどり込み、むろん自身はこっそりとそのまま泳ぎ帰って、さもそれを入水《じゅすい》行くえ不明なるがごとくに、妻女の口から近所かいわいに言い触れさせたのでありました。右門がそのときみずから右門流の吟味方法と称しながら、その六十侍を永代橋からけおとしたゆえんのものは、早くもそれとにらんだので、老職自身に世のつねのような痛み吟味をかけて自白させるかわりに、ちょっとばかりあざやかな右門特有のからめ手の吟味戦法を小出しにしたまでのことでしたが、さればこそ、あのときの達者すぎる河童ぶりに、もはや疑いもなく下手人とにらみがついたものでしたから、あんなふうに追っつけ鈴ガ森か小塚ッ原へ送られるだろうなぞと気味のわるいことをいったので、そして宵の五つから四つまでに毎夜のごとき小娘お静の悲鳴があったというそのいきさつは、ほかでもなく、身分がらをはばかったあれなる老職が、そのおりにこっそりと忍んでくるので、用もない用を言いつけて、夜中表へ使いに追いだすための打擲《ちょうちゃく》折檻《せっかん》なのでありました。だから、もうこうなれば、いかに不貞の妻女といえどもただ恐れ入るよりほかはないので、今にして八丁堀にわがむっつり右門のあったことを知ったもののごとくに、青ざめていったことでした。
「だんながいられるとは知らずに、とんだだいそれたことをいたしました……」
 と、右門の鋭い声が間もおかないで、がんと一つ見舞いました。
「バカ者! おそいや!」
 まったく、これはどう考えたっておそすぎますが、そこへちょうど、町方見まわりの者たちが変をきいて駆けつけたものでしたから、右門はあとの始末を託しておくと、例のおとし差しで足を早めたのは、わが八丁堀の住まいです。いうまでもなく、まだそこには処分すべきいたいけな小娘お静と、すりながらちょっと戯れてもみたいようなあだ者くし巻きお由が残っていたものでしたから、帰りつくとまずお静にいいました。
「おそくまで待たして、さぞかし眠かったろう。でものう、お静坊、おまえのかたきは、このおじさんがいま討ってきてあげたぞ」
「えッ……では、あのやっぱり、もしやおじいさんのお侍……」
 つい喜びに心のうちもいおうとしたのを、右門は押えて、いいました。
「いわぬほうがいい。そのあとは、みんないわぬほうがいい。いうと、おまえの人がらのゆかしさに傷がつくまいものでもないからな。のう、お静坊、さすがそなたは武士の娘だけあって、子どもながらあっぱれな者じゃな。ちゃんと心には気がついていても、そういう疑いはちゃんともっていても、家名の恥になると思って、このおじさんにさえほんとうのことはいわなかったからな。それも、憎いまま母なのにな――だから、みい。おじさんのこの目のうちをよくみい。おじさんはおまえのいじらしい心根に、このとおり泣けているんだぜ……」
 いうと同時でした。右門の栃《とち》のような涙に合わせて、小娘お静は、うれしかったか、感激したか、わっとばかりにそこへ泣き伏しました。それをいしくもいじらしげな面持ちでしばらく右門は見守っていましたが、はっとしたように気がつくと、振り向いて、くし巻きお由のほうへいったものです。
「そうそう、たいへんな人のいらっしゃいましたことを忘れていましたな。さっき出がけには、まだ二、三日お頼みしなくちゃなるまいかとも思ったものだから、寝言でもさかだちでもご随意のように願っておきましてたっけが、お聞きのとおりの仕儀でござんすからな。あんたのようなべっぴんになにかと長居されりゃ、いろいろと世間のバカがつまらぬうわさをたてやがるから、早いとこ引き取ってもらいますかね」
「まあ! じゃ、だんなはほんとうに、あたしをご用弁にする気じゃござんせんでしたか!」
 やや意外のごとき面持ちでしたが、右門はみずからもそれをいうのが涼しいといったような口調で、莞爾《かんじ》とばかりうち笑《え》むと、人の性の善をつきえぐるがごとくに柔らかにお由にいいました。
「人間は意気のもんです。あっしの心意気に少しでも見どころがあったら、八丁堀に右門のような者もいたことの記念に、もうつまらない小かせぎは、これっきりおやめなせえな。みりゃ、どこへ突き出したって玉の輿《こし》に乗られるご器量じゃござんせんか。だから、あすにでも堅気におなんなすってね、いい赤ちゃんでもお産みなせえよ。おたよりをくださいましたら、またそのとき産着《うぶぎ》の一枚も贈りましょうわい」
 そして、みずから立ち上がりながら、玄関の格子戸《こうしど》をあけてやったものでしたから、なにとてくし巻きお由ばかりが鬼の心をもっていられましょうぞ! ――今ぞ真実心から人の性の善にかえり、悔悟の自責にこらえかねたものか、たもとですすり泣きの涙をおしかくしながら、黙々と重い足どりで表のやみに消えていきました。
 そのうしろ姿を右門は会心の面持ちで見送りながら、ふとまた気がついたようにお静のほうを顧みると、やさしくいいました。
「そうそう、まだたいへんなことを一つ忘れていたっけよ。松平伊豆守様がまえからお小間使いをひとりお捜しだったからな。お静坊はあしたにもおじさんが伴って、お屋敷へつれていってあげようよ。おまえならば、おじさんが親代わりになってもいいからね」
 いうと、そして右門はそっと近よって、感激のためにかいよいよそこに泣きよじっているお静のふっさりとしたうしろ髪を、黙ってやさしくなでさすりました。

底本:「右門捕物帖(一)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tat_suki
校正:湯地光弘
1999年7月25日公開
2005年6月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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