蒲原有明

鴎外を語る—– 蒲原有明

鴎外を語るといつても、個人的接触のごとき事実は殆ど無く、これを回想してみるよすがもない。をかしなことである。錯戻であらう。さうも思はれるぐらゐ、自分ながら信じられぬことである。
 それにはちがひないが、鴎外としいへば、その影は、これまでとてもいつぞわたくしから離れ去つたといふ期間はなかつた。それはむしろ離れしめなかつたといつて好い。頭のどこかに鴎外の言葉が聞える。聞く。その聞いたことを、わたくしがまた語るのである。
 わたくしの頭脳のなかに、或る方式で一のコスモスが成立し、そのなかに一社会が存在し、そのまた社会の一単位としてわたくしといふものが存在してゐた。さういふ機構を通して、鴎外の精神はわたくしの生活のなかに微細な点にわたつて影響を及ぼすやうに見えた。
 それは大鴎外にぢか[#「ぢか」に傍点]なものではなかつたらう。勿論それは消極的な鴎外の行状であつた。第一には節制であり中庸である。自己の反省のうちにある家庭的な掟である。たとへば石鹸は価を問はず良質なものを使用すべし。身体は常に清潔を保てよ。銭湯になど行かずとも、毎日身体の上下の払拭を怠らぬこと。縁に出て、洗面器を置いて、薬鑵の湯を注げば足りること。洗面器で腰湯を使つても穢ないとも思はぬ。そこに良質の舶来の石鹸が大に効用を発揮する。人手が省かれる。極端な例ではあるが、これが借家住ひで独身生活をしてゐたころの鴎外の日常行事で、その手順が細やかに説かれてある。わたくしにもその精神がいつしか感染して、時節柄多分に洩れず、同居生活の窮屈さを味はされてゐたをりのことであるが、毎朝洗面の後、鴎外の故智に做つて、身体の上下を摩擦し払拭した。入浴もままならぬ日に当つて、それから生ずる意外な好結果に対し、わたくしは歓喜をおぼえざるをえなかつた。
 鴎外はまた石鹸と同様、煙草でも贅沢品を取寄せてゐた。マニラを称してハ※[#濁点付き片仮名ワ、1-7-82]ナを忘れてゐる社会に皮肉を飛ばす。生理に適ひ健康を促進するかどうかは知らぬが、これも代用品を嫌つた一つの証拠である。
 身綺麗にすること、品位を保つこと、粗雑な間に合せの物で、心身を摩り減らし荒らさぬこと、要約すればそんな概念がかれの行状から引き出される。これを拡大すれば鴎外の文章の上に内面から浸み出す徳の膏となり光となる。
 それから第二には非常にファナチックな行為を嫌つたこと。この語はもともと宗旨の熱狂に由来するものである。鴎外はその対境を表象するに或る創作の上では不動の目を以てした。狂信はどうにもかれの性根にあはない。まだしも過激思想の方が表面現実に即してゐただけに興味を牽いたであらう。このことは宗派といはず藝術といはず、超自然の信念を排して現実を択ばしめた大きな理由である。ただ科学だけが別扱ひにされてゐた。かれは医学に志し、外遊せしめられて衛生学を専攻してきた。立身のはじめから軍務に服する人であつた。顕微鏡や試験管がラボラトリイを科学づくめの施設で武装してゐた。それでは科学のどこを抑へて信頼してゐたか。科学には進歩性がある。かれはそれを認めて心を安めてゐる。果してといつて好いくらゐ、明らかに進化論に帽を脱ぐかれであつた。啓蒙時代のこの力強い思想は恐らくかれの一生涯を養つてゐたのだらうが、かれは不幸にしてゲェテのやうに生物学上の発明をせずに世を終らねばならない。鴎荘の歎きがここにある。

 鴎外はファナチックを排斥したけれども、かれの内心にはロマンチックの夢想なら全くないでもなかつた。ともすると妖気をそそる薫香がそこから発散する。時とすると観想の極限に臨んで幽妙な世界の雰囲気を感じさせることがある。かれは理智に頼る探求検索の手を緩めずに、あまり放埓に亘らざる範囲において、ロマンチック思想にも触れてゆかうとする用意をもつてゐたかのやうに見える。ファナチックを嫌つたのは知性の喪失を嫌つたのである。狂熱の行動の跡を尋ねて推理を逞しうする、それはかれの快心とするところ、頑固な妄信そのものをかれは創作の題目として択び、そこに筆を駆つて厳密な描写を試みるに吝かなるものではない。そればかりではなく、かれは作物の全体にいかなる場合にもカズイスチカの技術を忘れてはゐない。
 謂はば猟奇の精神が鴎外の生涯を一貫してゐる。わたくしは好奇心が創作の動機を為すことの多きを信ずるものであるが、考へてみると、さういふ物見高さが一方には読者に或る親しみの念を起させ、他方には作物に絶えざる新鮮味を供与する。そのためか、新作に筆を下すにあたつて、意識して自己踏襲を避けた良心的態度が見られる。それだけの心くばりをして物を書いたといふことを、わたくしはまこと珍らしいと思つてゐる。世上にさうざらにあることだらうか。藝術的良心――潔癖――と一片の辞令のもとに冷やかに云つてしまひたくないのである。若しもこの好奇心がかれに欠如してゐたものとすれば、かれの文学は殆ど全体が堅ぐるしい仕組や文句にはばまれて、読むに堪えぬまでになつてゐたかも知れない。
 一体創作といふものは、鴎外にかぎらず、さうした関係にあるべき宿命をもつてゐるとさへ云つて好い。その事は翻訳においてもまた目だつてあらはれてゐる。たとへばポオを訳したのもそのため、即ち珍奇と推理とに興味を懸けてゐたがためであらう。極めて初期のものに、ホフマンであつたか、餝師の犯罪を書いたものがある。ポオといひ、ホフマンといひ、そこには知的犯人の心理の追求が一篇の首尾を構成してゐる。鴎外がこの心理の追求に共感したことは争へない。結局このことが鴎外の創作の内奥の機縁となつて、それあるがために、かれをしてその文学に一字一句をもゆるがせにせざらしめ、それによつて制作の価値を高からしめた原因の一つであらう。制作の機微はこんな卑近なところに窺はれるものである。
 そこでわたくしには疑問が起る。鴎外が犯罪小説に訳筆を揮ひながら、なぜノヴァリスやフウケエを訳さなかつたか。この両者の代表作は世に喧伝してゐる。鴎外がそれを知つてゐて採らなかつたのは、畢竟ロマンチック思想の横溢を恐れたからであらう。わざわざ訳してみても、それによつて語るべき自己を見出しがたいと思つてゐたにはちがひなからう。併しながら犯罪小説に心理の探求が興を索くものとすれば、一見放肆なロマンチック作品のなかにも、人間の格別な心理が探求検討されて然るべきやうに考へられる。人間離れのしたところにまた大いに人間的欲望の根源をつきとめることが出来る。欲望に絡んだ人生の恐怖もある。それらの心理を科学的に処理する場合に科学的精神が一層はつきりするやうに思はれるからである。ポオにはむしろさういふ側の作物に優れたものがある。鴎外は何故かその方へ食指を動かさなかつた。
 鴎外はその創作、史伝、翻訳を通じて到処に自己を語つてゐる。紛れもなくさうなつてゐる。わたくしはそれを確実に観て取る。かれは全生涯を通じて自己を語つてゐたのである。沈黙もまたかれの内奥によくひびく言葉であつた。さうしてみればかれの全作品は鴎外を識るべき鍵である。それだけにかれを識ることは容易に達せられさうもない。綜合が必要だからである。そこでは複雑な計量と微妙な比率が研究者を絶えず悩まさずには措かない。

 わたくしはここで、気をぬくために、しばらく鴎外の写真をながめよう。それはよく書物の口絵に使はれる晩年の撮影である。側面の半身像で、縞物の和服すがたがいかにも垢ぬけがして、それを無造作に著けてはゐるが、日常の身綺麗さが想ひやられる。その頬に多年苦難を凌いできたやつれは見えるが少しく神経質な眼の光といひ、克己と決意を示す唇の圧力といひ、一癖も二癖もあるべきやうな面持。わたくしは今その小照を眼前に置いてゐるのではないが、その顔面の表情の意気の強さは脳裏に焼きついてゐる。それを更に全体として見直してみれば、そこに鴎外の真実の面影が自然に浮び出る。模糊としてゐるが瞑想する鴎外である。深みも高みもそこにある。
 類推はわたくしをしてボオドレエルに趣かしめる。得意の十四行詩で詩人好みの生物が瞑想に耽つてゐる。詩人は歌ふ。あの砂漠に瞑想してゐる大スフインクスの謎をおもはせると。そしてなほつづける。幽玄を夢見る三昧からふと目を醒ます。ただならぬけはひに※[#「目+爭」、第3水準1-88-85]く瞳から播き散らすのは炎と燃える金粉である。これがボオドレエルのいみじくも称へた魔物である。鴎外のなかにも実は守り神のデエモンは住んでゐたのである。それが取りも直さず謎である。四方上下からその秘密を見究めようとする人々はいつもこの謎に遭つて退治られる。併しデエモンがゐるといふことは大切な手がかりであらう。
 鴎外は終生鬼神を語らぬ文人の一人であつた。自意識の強さがそれを許さなかつた。それでこそ鴎外は孤高のすがたで自立してゐるのである。転身転位といふやうな飛躍は遂にかれの生涯に現れる機会をもたなかつた。それでもし飛躍を欲するならばその機は幾度かかれに迫つてきつつあつたと云つても好い。かれが洩らした感想のなかで、長篇の力作を『灰燼』において実現しようとしたが、その志は山蹈みの麓で挫折したと云つてゐる。転身の機はかれの一生の最後のこの時にあつた。この時かれの取つた態度は創作をやめて、改めて史伝の筆を執ると云ふに過ぎない。左に向いてゐた頭を右に向けかへただけのことである。史伝といふも創作をひき継いだものである。かれの自我は胡桃の核のやうに堅かつた。デエモンも手の下しやうがなかつたのであらう。

 林達夫さんは曾てかう云つたことがある。「最も老成した知識的青年(『青年』の主人公。)を書いた枯れた[#「枯れた」に傍点]鴎外の作品がいちばん新鮮で水々しく、且ついちばんモダーン[#「モダーン」に傍点]なのは非常に興味ある事実のやうに思ふ。当時時流に取り残された最も年寄じみた作家とされてゐた彼が、僕らから見ると最も若く最も現在性に富んでゐるのだ。永遠の若さ[#「永遠の若さ」に傍点]とでも云つたものが彼の作品にある。向後の鴎外研究はこの若さの秘密をさぐることをその課題の一つとしなければならぬ。」
 林さんはかう云つてゐられる。確にさうである。かれは過去を過去としてのみ語つてゐるのではなく、つねに現実性につなぐることを忘れてはゐない。かれの文章にはいつもモダーンな清新さが浮彫りされてゐる。そして時代色の苔に浸されぬ皮膚の瑞々しさがある。文章の内容と形式の上の渾融一致、謎はそのなかにあつて媚態をさへ呈す。何たる若さ。さういふ文章の創始者としてのかれは、いやが上にも讃歎せらるべきであらう。既に制作の完成を告げた以上、その古びぬ秘密は形式に重きをおいて観察されるのが当然であらう。
『青年』には林さんの云つたやうに、ひとわたり感情教育[#「感情教育」に傍点]を修了して、これから人生の荒波に立向はんとする態度が見える。然るに鴎外が中途で筆を折つた『灰燼』では知識的青年の更に特異な生ひ立が描かれてゐる。自意識が強くて、「他人が何物かを肯定してゐるのを見る度に迷つてゐるなと思ふ。気の毒な奴だなと思ふ。馬鹿だなと思ふ。さういふ風に、肯定即迷妄と観じて、世間の人が皆馬鹿に見えだしてから、節蔵の言語や動作は、前より一層恭しく、優しくなつた[#「優しくなつた」は底本では「優くしなつた」]。」かういふ人物が描かれてゆくのである。わたくしはそこにも鴎外の一面が織りまぜられてゐると信ぜざるを得ない。あの節制と抑圧とを唱道した裏づけとして、鴎外は創作の場に於てすら、その主人公を描きつつ、逆に自らを鞭うつてゐるのではなからうか。そこには或はまた手なづけ難いデエモンがゐるのではあるまいか。『灰燼』の主人公はどういふ発展を遂ぐるであらう。明日の姿[#「明日の姿」に傍点]が思ひやられる。この小説は惜しくも未完成ではあるが、その大構想の第一齣は終つてゐるやうに思ふ。ほぼ前途の想像がつくからである。
 鴎外の謎はいつかは解けるであらう。
(藝林間歩 第二十一号 昭和二十三年四月)

底本:「蒲原有明論考」松村緑、明治書院
   1965(昭和40)年3月5日初版発行
初出:「藝林間歩 第二十一号」
   1948(昭和23)年4月
入力:広橋はやみ
校正:小林繁雄
2010年12月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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